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第二章「勇気ある者は……」
10、黒き破滅の花
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「脱獄なんて……本気なの、シア?」
驚きの表情を浮かべるセドリックに、守護剣を差し出しながら私は強く頷きかける。
「もちろん本気よ。これは『天啓』なんだわ。
ようやく私は今、自分がこの剣に選ばれた理由が分かった。
セドリック、あなたにも昔話したでしょう? 私の前にこの剣の使い手だった者の運命を――」
セドリックは少し遠い目をして、重い表情で頷いた。
「ああ、印象深い話だったから憶えているよ。ただ一人、バーン家の敵側に回り、アスティー王国と最後の王とともに滅んだ女剣士の話だよね」
「ええ、裏切り者を許さないバーン家は、当然ながら彼女を全力で追い詰めた――
しかし一族最強の剣の使い手である彼女は、逆に多くの者を返り打ちにして、血を分けた親兄弟までをもこの剣の血のりに変えた」
「……」
「果たして剣が運命を呼んだのか、運命が剣を呼んだのか分からないけど、私はきっと一族と敵対する定めだったからこそ、この剣に受け入れられたんだわ。
さっきも言ったけど、私はあの二人が上に立つ王国には死んでも仕える気はない。
たとえあなたがどう選択しても、私は家族と袂を分かち、デリアンとエルメティアの敵側に回るわ!」
「……そんな……シア……!?」
「だけどあなたに私と運命を共にしてくれと頼むことはしないわ。
両親の会話を漏れ聞いたところによると、シュトラス王国のギディオン王は、アスティリア王国に孫であるあなたの身柄引き渡し要求をしているそうよ」
「祖父が?」
内乱中に亡くなった前王妃であるセドリックの母親は、強国シュトラスの「三つの宝石」と呼ばれる美貌を誇る三人の王女の一人。
シュトラス王国のギディオン王は二番目の娘をこのアスティリア王国、三番目の娘をレイクッド大公国に嫁がせることで、婚姻によって近隣三国の友好関係を築いていた。
二年半前この国で反乱が起こった際もギディオン王は鎮圧のために、娘婿のエリオット3世を資金や兵力で強力に支援したのだ。
「私は政治のことはよく分からないけど、内乱後、つねに三国間は緊張状態で、このままいくと近く戦争が起こるのではないかという噂されている。
父もあなたが殺された時点で、ギディオン王がそれを口実に開戦することを懸念していた」
セドリックは大きく息を飲み、瞳を揺らして疑問を口にする。
「その各国間が緊張している状態で、なぜ叔父はエティーにイヴァンではなくデリアンを結婚相手に選ぶことを許したのだろう?」
レイクッド大公の嫡男であるイヴァンは、ギディオン王の孫の一人でもある。
私も幼い頃にルーン城へ遊びに来ていたイヴァンとは何度か遊んだことがある仲だ。
「さあね。同族嫌悪なのか、エルメティアは我がままで癇癪持ちのイヴァンを子供の頃から毛嫌いしていたもの」
「そんな……もう婚約発表は明後日だ……!?
一昨日顔を出した時にエティーが楽しそうに、四日後に催される自分の誕生パーティーの席で、デリアンとの婚約を正式に発表する予定だと言っていた……。
イヴァンは当然呼ばれているだろうし、婚約の知らせはすぐにギディオン王やレイクッド大公の耳にも届くだろう」
セドリックの台詞で、私は二、三週間前に受け取ったエルメティアの誕生記念パーティーの招待状の存在を思い出した。
それでデリアンは私との婚約を焦って解消したのかと、今更ながら舌打ちして考えていると、私の心を読んだようにセドリックがつけ足す。
「当初エティーは、その誕生パーティーの席でデリアンに君への婚約解消を告げさせたあと、自分との婚約を発表をするという劇的な流れにしたかったらしい。
デリアンに断固として断られたと笑って言っていたよ」
デリアンはバーン家との関係悪化を避けて、私を晒し者にすることを回避したのだろう。
「いかにも悪趣味なエルメティアらしいわね」
「……そうだね……」
いったん言葉を受けたあと、セドリックは話題を戻す。
「でも、そうか……シアのおかげで、やっと僕がいまだに殺されていない理由が分かった。
祖父は抜け目のない人だ。僕の身柄を要求するなら当然それに伴って、暗殺や処刑をしないように叔父に釘を刺しているはずだ」
「いずれにしても、脱獄するよりこの牢屋にいたほうが、あなたは長生きできる可能性が高いわ。
私にしても純粋に友人としてあなたを逃がしてあげたいというより、現在の王権にとって最大の『火種』であるあなたを解き放ち、デリアンやエルメティアの立場を脅かしたい気持ちのほうが強いし――」
「ずいぶん……率直にものを言うんだね」
先月エルメティアに先んじて、獄中で19歳の誕生日を迎えていたセドリック相手には、よけい皮肉がきいて聞こえただろう。
「たった一人の親友のあなたに嘘偽りや隠しごとなんてしないわ。
――だから自分で考えて、選んで、セドリック。
私と来るか、ここに止まるか――」
「――!?」
まっすぐセドリックを見据えて返事を待ちながらも、私は心の中で憎き二人に語りかける。
デリアン――あなたは庭で私のことを『悩みの種でしかない存在』と話していたけど、これまでの悩みといえばせいぜい、エルメティアとの婚約にケチがつくのと、バーン家との関係が悪化する程度のことだったでしょう?。
だけど、これから私は生涯をかけてあなたを『破滅させる存在』となり、深い悩みの種として死ぬまで苦しめてあげる。
エルメティア――あなたはたしか私のことを『そんな惨めな姿を晒して生き延びるぐらいなら死んだほうがマシだわ』とあざ笑ってくれたわよね?
だからそのお礼返しに、これから私は『死んだほうがマシなぐらい』の惨めさと生き地獄をあなたに提供すべく、最大限度の努力を重ねてみせるわ。
暗い決意を浮かべて笑う私の顔をセドリックが絶句して見返し、お互いの顔をしばし無言で見詰めあっていたとき――
ズシン、ズシン、と通路側から近づく重たい足音が聞こえてきた。
驚きの表情を浮かべるセドリックに、守護剣を差し出しながら私は強く頷きかける。
「もちろん本気よ。これは『天啓』なんだわ。
ようやく私は今、自分がこの剣に選ばれた理由が分かった。
セドリック、あなたにも昔話したでしょう? 私の前にこの剣の使い手だった者の運命を――」
セドリックは少し遠い目をして、重い表情で頷いた。
「ああ、印象深い話だったから憶えているよ。ただ一人、バーン家の敵側に回り、アスティー王国と最後の王とともに滅んだ女剣士の話だよね」
「ええ、裏切り者を許さないバーン家は、当然ながら彼女を全力で追い詰めた――
しかし一族最強の剣の使い手である彼女は、逆に多くの者を返り打ちにして、血を分けた親兄弟までをもこの剣の血のりに変えた」
「……」
「果たして剣が運命を呼んだのか、運命が剣を呼んだのか分からないけど、私はきっと一族と敵対する定めだったからこそ、この剣に受け入れられたんだわ。
さっきも言ったけど、私はあの二人が上に立つ王国には死んでも仕える気はない。
たとえあなたがどう選択しても、私は家族と袂を分かち、デリアンとエルメティアの敵側に回るわ!」
「……そんな……シア……!?」
「だけどあなたに私と運命を共にしてくれと頼むことはしないわ。
両親の会話を漏れ聞いたところによると、シュトラス王国のギディオン王は、アスティリア王国に孫であるあなたの身柄引き渡し要求をしているそうよ」
「祖父が?」
内乱中に亡くなった前王妃であるセドリックの母親は、強国シュトラスの「三つの宝石」と呼ばれる美貌を誇る三人の王女の一人。
シュトラス王国のギディオン王は二番目の娘をこのアスティリア王国、三番目の娘をレイクッド大公国に嫁がせることで、婚姻によって近隣三国の友好関係を築いていた。
二年半前この国で反乱が起こった際もギディオン王は鎮圧のために、娘婿のエリオット3世を資金や兵力で強力に支援したのだ。
「私は政治のことはよく分からないけど、内乱後、つねに三国間は緊張状態で、このままいくと近く戦争が起こるのではないかという噂されている。
父もあなたが殺された時点で、ギディオン王がそれを口実に開戦することを懸念していた」
セドリックは大きく息を飲み、瞳を揺らして疑問を口にする。
「その各国間が緊張している状態で、なぜ叔父はエティーにイヴァンではなくデリアンを結婚相手に選ぶことを許したのだろう?」
レイクッド大公の嫡男であるイヴァンは、ギディオン王の孫の一人でもある。
私も幼い頃にルーン城へ遊びに来ていたイヴァンとは何度か遊んだことがある仲だ。
「さあね。同族嫌悪なのか、エルメティアは我がままで癇癪持ちのイヴァンを子供の頃から毛嫌いしていたもの」
「そんな……もう婚約発表は明後日だ……!?
一昨日顔を出した時にエティーが楽しそうに、四日後に催される自分の誕生パーティーの席で、デリアンとの婚約を正式に発表する予定だと言っていた……。
イヴァンは当然呼ばれているだろうし、婚約の知らせはすぐにギディオン王やレイクッド大公の耳にも届くだろう」
セドリックの台詞で、私は二、三週間前に受け取ったエルメティアの誕生記念パーティーの招待状の存在を思い出した。
それでデリアンは私との婚約を焦って解消したのかと、今更ながら舌打ちして考えていると、私の心を読んだようにセドリックがつけ足す。
「当初エティーは、その誕生パーティーの席でデリアンに君への婚約解消を告げさせたあと、自分との婚約を発表をするという劇的な流れにしたかったらしい。
デリアンに断固として断られたと笑って言っていたよ」
デリアンはバーン家との関係悪化を避けて、私を晒し者にすることを回避したのだろう。
「いかにも悪趣味なエルメティアらしいわね」
「……そうだね……」
いったん言葉を受けたあと、セドリックは話題を戻す。
「でも、そうか……シアのおかげで、やっと僕がいまだに殺されていない理由が分かった。
祖父は抜け目のない人だ。僕の身柄を要求するなら当然それに伴って、暗殺や処刑をしないように叔父に釘を刺しているはずだ」
「いずれにしても、脱獄するよりこの牢屋にいたほうが、あなたは長生きできる可能性が高いわ。
私にしても純粋に友人としてあなたを逃がしてあげたいというより、現在の王権にとって最大の『火種』であるあなたを解き放ち、デリアンやエルメティアの立場を脅かしたい気持ちのほうが強いし――」
「ずいぶん……率直にものを言うんだね」
先月エルメティアに先んじて、獄中で19歳の誕生日を迎えていたセドリック相手には、よけい皮肉がきいて聞こえただろう。
「たった一人の親友のあなたに嘘偽りや隠しごとなんてしないわ。
――だから自分で考えて、選んで、セドリック。
私と来るか、ここに止まるか――」
「――!?」
まっすぐセドリックを見据えて返事を待ちながらも、私は心の中で憎き二人に語りかける。
デリアン――あなたは庭で私のことを『悩みの種でしかない存在』と話していたけど、これまでの悩みといえばせいぜい、エルメティアとの婚約にケチがつくのと、バーン家との関係が悪化する程度のことだったでしょう?。
だけど、これから私は生涯をかけてあなたを『破滅させる存在』となり、深い悩みの種として死ぬまで苦しめてあげる。
エルメティア――あなたはたしか私のことを『そんな惨めな姿を晒して生き延びるぐらいなら死んだほうがマシだわ』とあざ笑ってくれたわよね?
だからそのお礼返しに、これから私は『死んだほうがマシなぐらい』の惨めさと生き地獄をあなたに提供すべく、最大限度の努力を重ねてみせるわ。
暗い決意を浮かべて笑う私の顔をセドリックが絶句して見返し、お互いの顔をしばし無言で見詰めあっていたとき――
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