【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

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第二章「勇気ある者は……」

3、目覚めた瞬間

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 昼間なのにやけに暗くぼやけた視界に、絶叫する私を運ぶ、カエインの白皙はくせきの顔と金色に輝く双眸が映る――
 錯乱状態の私は上空を飛んでいるのも無視して、発作的に、ガッ、と両手でカエインの首を掴むと、枯れかけた喉から声を絞りだす。

「……なぜ、私に……あんな惨い会話を……?」

 臓腑からこみ上げてくるような怒りをこめて、渾身の力で爪を食い込ませて首を絞め上げる。
 しかし指を噛んでいた時と同じく、カエインは一切痛みの反応は示さず、逆に顔に喜色を浮かべた。

「お前が死んだところであの男には、何のあてつけにならないことを教えてやりたかったのだ」

 ――つまりデリアンの本心を知らなかったのは私だけで、エルメティア姫だけではなくカエインすらも知っていたのだ。
 いかに私がデリアンにとってどうでもいい、無用な存在であるか。

 心を引き裂かれる思いで涙を吹きこぼし、血を吐くように叫ぶ。

「……あんな真実など……知りたくなかった……!! 
 あなたを……憎むわ……カエイン・ネイル!!」

「嬉しいね。何とも思われていないよりは、憎まれているほうがよほどいい」

「――!?」

 そのカエインの台詞は、瞬時に私の胸に深く突き刺さるものだった――
 衝撃で絶句した私は放心状態で窓から塔の上の部屋へと戻され、ベッドの上に投げ落とされて転がりながら考える。

 まさに私はデリアンに『何とも思われていない』のだと――

 デリアンに言わせれば、思いこみの激しい重たい女が、頼みもしないことを勝手にしてきただけのことかもしれないが――

 これまでの私はただ一心に、デリアンに愛されることだけを望み、考え、ひたすら努力して生きてきたのだ。

 いったいそれのどこが悪かったというのだろう!?

 奥歯を強く噛み締めて考えながら、はらわたが煮えくり返るような怒りが沸いてくる。

 今までの私は、いつだってデリアンのことを一番に考え、好かれるよう、嫌われないように努めてきた!
 私達の関係が良好だったのだって、全部、私が我慢してきたからだ。

 重荷だった?
 私が一度だって、あなたに我ままや不満を言ったことがある?

 つねに剣の次であることを受け入れ、もっと会いたくても、あなたの邪魔をしないように我慢してきたわ。

 幼い頃から仲が良かった唯一私の親友と呼べるセドリックとだって、年頃になってからはあなたに誤解されないように距離を置いてきた。

 いつでもあなたの気持ちを考え、否定するようなことも言わなかった。
 あなたを称賛し、肯定し……自分の意見を飲み込んできたのよ?

 王位争いが起こった時も、カスター公は意識不明で、王弟派についたのがあなたの判断だと知っていた私は、本当は前王とセドリックを選ばなかったことが不満だった。
 我がバーン家が古くからの盟友である、あなたのソリス家に合わせることが分かっていたからこそ!

『騎士の魂と誇りである自分の剣も呼べぬ者に戦場に立つ資格はないわ!』

 自分の意見を押し殺し口をつぐむだけではなく、母にそう言われた時も、私は悔しいと思うどころか卑怯にも、自らセドリックに剣を向けないで済むことに心からほっとしたのだ。

 家族に不甲斐なく思われても、エルメティア姫に見下されても。
 あなた以外には別に誰にどう思われようと構わなかった。

 あなたに嫌われたくなくて、これまでずっと自分を「殺し」続けてきたのよ!

 それなのにただ見つめているだけでも疎ましかった?
 早めにそう言ってくれたらこの瞳すら潰してみせたものを!

 そうすれば、あなたとエルメティア姫が一緒にいる姿を見なくて済んだ。
 今日だけじゃない。
 この半年間、寄り添う二人を見るたびにすぐさま飛び出して行って、泣き叫んであなたを問い詰めたくてたまらなかった。

 それをしなかったのは、残されたあなたの「愛」を失いたくなかったから。
 なんとかもう一度、あなたの心を、取り戻したかった。
 エルメティア姫に夢中でも、必ず私への想いも残っているはずだと信じていたから。
 愚かにも、私が死のうとしたのを止めたのも「愛」ゆえだと思っていたわ!!

『いっそのこと死んでくれたほうがすっきりするほどだ』

 だけど結局、そんなものは存在しなかった……。

 親友を見捨て、自分を殺し。

 私は一度も有ったことがなかったものに縋り、初めから持ってもいないものを必死で守ろうとしていたのだ。
 そう考えると、無性に自分の間抜けさがおかしくなって、激しく笑い出さずにはいられなかった。

「あははははははははははっ……!!」

 うつ伏せになってシーツを掻き毟り、狂ったように声をあげて笑っていると――不意にベッドが沈みこみ、すぐ斜め上からカエインの声がした。

「とうとう気が触れたのか、シア?」

 いっそ気が狂って何も分からなくなってしまえたらどんなに幸福か!

「……違うわ――ようやく目が覚めたのよ……」

 涙と涎をシーツでぬぐい、顔を横向けにして答えると、肩へとすっと手が置かれ、

「……そうか、それは良かった」

 勝手に言葉の意味を解釈したらしいカエインが、顔を下げて近づけてきた。
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