【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

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番外〜前世編〜「東へと続く道」

4、黄金の騎士

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「リオか?」

 深みのある低い声が私の名を呼ぶ。
 太陽よりもまばゆい黄金色の髪と、きりりとした眉と口元をした精悍な顔、真夏の空のような力強い青の瞳。
 私が長年恋い慕ってきたデニスが漆黒の巨馬で駆け寄り、高みから私を見下ろしてきた。

「あなたの為に逃げようとしていたユーリを捕まえておいたわ」

「そうか、さすがリオだ」

 あえて戦場で目立つ黄金の鎧に身を包んでいるデニスは、ユーリに冷たい一瞥をくれてから私に微笑みかける。
 こんな場面なのに、久しぶりのデニスとの対面と褒め言葉に思わず胸が熱くなった。

「レダも一緒にいるの?」

「いや、レダはずっと後方だ。王女自ら大軍を率いて派手にアスティー城へ入ると張り切っている。俺は万が一にも鼠を逃がさないように、先行部隊としてやってきた」

 鼠とはユーリの事だろう。
 王自ら先行部隊を務めるとは、随分ユーリを目の敵にしたものだ。
 とにかく大軍ならレダが来るまでまだ時間がかかるだろう。
 幸いもう西の空は朱色に染まっており、暗くなってからの行軍は速度が出ない。

「リオのおかげで早々に目的も果たせたし、今夜はここに野営して、レダが追いつくのを待とう。久しぶりにお前と二人でじっくり話しをしたいしな」

 デニスの言葉に私も頷く。

「私もあなたとずっと会いたかった」

 ――と、私達がやり取りしている間、ユーリは長い金髪を垂らし、身動きもせずに黙って項垂れていた――
 ネヴィルは隠れたらしくどこにも姿が見えなかった。


 直ちにデニスの指示で野営が敷かれ、夕闇に染まり始めた空の下、捕らえられたユーリが連行されていく。
 天幕に一人残された私が「さてどう逃げたものか」と思案していると、耳元でネヴィルの声がした。

「リオ、お前、まさか本気で寝返ったわけではないよな?」

 姿は見えないもののそばにいるらしい。
 私は軽口を無視し、時間を惜しんで本題へ入る。

「レダが来る前にここから逃げる為デニスを眠らせたいの。ネヴィル、あなたにできる?」

「できないこともないが、逃げるなら、眠らせるよりもっと良い方法がある。実はちょうど良い薬を持ち合わせていてな」

「薬?」

「ああ、子供のように素直になる薬だ」

「素直になる……って、その薬が一体どう役に立つというの?」

 苛立ち混じりの私の問い対し、ネヴィルは質問返しをした。

「デニスがなぜレダの提案に乗って同盟国であるアスティーへ攻め入ったと思う?」

「単にレダの我が儘を聞いたからじゃないの?」

「デニスは女の我が儘を聞くような男か?」

 その点については私にも疑問があった。

「回りくどい言い方は止して」

 時間を気にしてつい声を荒げてしまう。

「わかった、リオ。理由はお前とユーリの挙式が来月に迫っていたからだ。デニスはお前が他の男の物になるのがどうしても耐えられなかった。そんなデニスのお前への執着をレダは利用した」

 耳を疑うようなネヴィルの発言に私は大きく息を飲む。

「私に執着? 何を馬鹿な事を言っているの? デニスは自ら私を拒んでレダを選んだのよ」

「それには理由が有ったからだ――とにかく、この薬を飲ませればはっきりする。最上級のぶとう酒もあるのでそれに混ぜて飲ませよう」

 ネヴィルの言葉と共に何も無かった空間に二つの銀杯が出現する。
 さっと両手で受け取ると、次に小瓶が現れ、右側の杯にのみとくとくと中身が注がれた。

「これを半分も飲めば、決して愛する者の命令には抗えなくなる」

「……もしも、今言ったことがあなたの勘違いで、デニスが私を愛していなかったら?」

「その場合は強力な眠りの香でも焚いてやろう」

「……わかったわ……」

 別に試してみたところで今更失うものはない。

「さて、デニスがそろそろ戻ってくる」

 ネヴィルがそう言ってから間もなく、天幕の入り口をくぐってデニスが中へ入ってきた。
 私はさっそく右手に持った銀杯を差し出す。

「デニス、再会の祝杯をあげましょう」

「これは?」

 確認しながらデニスが受け取る。

「我が国自慢のぶとう酒よ」

 説明しながら私は先に銀杯を煽ってみせる。
 すると、口の中に芳醇かつまろやかなぶとうの風味が広がり、鼻から抜けていった。 

「うん、物凄く美味しいわ。あなたも飲んでみて」

 促しながら顔を見上げると、デニスは受け取った銀杯の内側をじっと見下ろしていた。

「大丈夫、毒なんか入ってないわ。私が信用できないなら別に飲まなくていいわよ?」

「いいや、俺は誰よりも、レダよりも、お前を信用しているとも」

 その言葉を証明するように、デニスは真っ青な瞳で私の目を見つめながら、一気に杯を飲み干した。

「うん、すこぶるうまい」

 そう言って溜め息をつくと、懐かしむように目を細め、片手を伸ばして私の頬に触れてくる。

「リオ、覚えているか? よく二人で遠乗りをしたな……」

「勿論、覚えているわ」

「俺がどんなに馬を飛ばしても、お前はいつも懸命についてこようとした」

 それはあなたの隣に並べる存在になりたくて頑張っただけ。

「剣の稽古もそうだ。どんなに厳しくしても弱音を吐かず、歯を食いしばって俺に立ち向かってきた」

 それはただあなたに認められたかったから。
 本当は剣なんて大嫌いだった。

「そんなお前の姿がいつもいじらしく、たまらなく愛しかった――そうだ、誰よりも――」

 薬の効力だろうか? 初めてデニスから愛の言葉を受け取った私は感激で胸が詰まる。

「デニス……」

 早くも酔ったような熱く潤んだ瞳でデニスに見つめられ、鼓動が苦しいほど高鳴った。

「リオ、お前がいなくなってどんなに寂しかったか……」

 今ならあの時貰えなかった答えを聞けるかもしれない。

「それならなぜ私ではなくレダを選んだの?」
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