59 / 67
番外〜前世編〜「東へと続く道」
1、婚約破棄
しおりを挟む
「リオノーラ、お前とユーリアン王太子との婚約は今日をもって破棄する」
父に告げられたのは行軍中のこと。
その時私は戦う相手も知らされず、戦なので急げと言われるままに鎧を着て馬に乗っていた。
「やはり、今、アスティーへ向かっているのね?」
方角からして間違いない。
「そうだ。アスティー王の危篤にあわせてな。南から同時にリディアの軍隊も進軍している」
「リディア? デニスが率いているの?」
名前を口にしながら、ズキリと胸に走る痛み。
デニスは私が幼い頃から恋慕ってきた、我がローア国の同盟国リディア国の王。
彼は三ヶ月前の即位にあわせ、アスティー国の王女レダを娶り、私は決定的に失恋した。
「ああ、お前と同じ伝説級の剣の持ち主デニス王とレダ妃の両方が出ると聞いている」
私は頭の中で情報を整理した。
「つまり、お父様は夫であるデニスをそそのかし、実の弟のユーリから王位を奪うために母国に攻め入らせようとするレダに味方しようと言うのね?」
言葉にするだけでも虫酸が走る。
その時、父と反対側の横に馬を並べる者があった。
「あら、そそのかされたってなぜ決めつけるの? デニス王本人の意志かもしれないでしょう?」
姉のカロ――カロラインだ。
「いいえ、違うわ。私は誰よりもデニスを知っている」
一族伝来の「戦女神の剣」に使い手として選ばれながらその力を引き出しれきれない私は、同じく古代から伝わる宝剣「狂戦士の剣」の持ち主であるデニスの元へ11歳から16歳――つい半年前まで修行の為に預けられていた。
「デニスの性格からして妃を娶ったそばからその母国に攻め入るなんて暴挙は有り得ない。
反対にレダは双子の弟のユーリを幼い頃から見下し、長子であるのに女だから王になれないということにずっと不満を抱いていた。これは、力尽くで自分の意志を通すことに慣れたあの女が、いかにもやりそうな蛮行だわ」
私が断言すると、カロが鼻を鳴らす。
「どちらでも関係ないわ。弱い者へつく理由がない」
ユーリをさして言っているのだ。
「カロラインの言うとおりだ。お前も一族の娘なら、強き者につくことが正義だとわかっているはずだ」
この小国が乱立し興っては滅びる動乱の大陸において、我がバーン家がそうして生き残ってきたことは私も理解している。
「それでも、私にはユーリを討つなんてできない」
カロがまた鼻を鳴らす。
「女の嫉妬? それとも弱い者への情け? いずれにしてもバーン家の者には相応しくない感情よ」
姉は私の長年のデニスへの片思いと、ユーリとの仲の良さを知っているのだ。
初めて会った7歳の時から私はデニスに惹かれ、彼の妻になることを夢見て努力を重ねてきた。
ところが夢が叶うどころか16歳になった途端、私はデニスによって有無を言わさず国へ帰された。
そして翌月、彼とレダとの婚約を知らされたのだ。
誰よりも近くにいたにも関わらず自分が選ばれなかったことにショックを受けた私は、知らせを聞くやいなやリディア国へ向かい、血を吐く思いでデニスに迫った。
『国同士の結びつきの婚姻なら、同じ同盟国の王女である私でも良かった筈よ! なぜ私ではいけなかったの?』
しかし、デニスはどんなに問い詰めても理由を教えてくれず、『もう決まった事だ』と冷たく言うのみだった。
そうしてデニスとレダとの挙式を見届け、完全に幼い頃からの夢を打ち砕かれた私は、傷心のままに幼馴染みでアスティーの王太子ユーリ――ユーリアンからの求婚を受けた。
あわよくばデニスの元へ嫁いで欲しいと願っていた父や、ユーリを見くびっている姉は良い顔をしなかったものの、一国の王太子との婚姻を表だって反対はできないことはわかっていた。
その婚約は私にとってデニスへの当てつけと、レダへの対抗心、ユーリへの友情と、複数の意味あいを持つものだった。
だから、姉の指摘は至極的を射ている。
「この戦女神の剣は心に背いて相手を斬れない剣よ。私にはユーリを殺せない」
「そういう台詞はその剣を満足に使いこなせるようになってから言ったらどう?」
私より全てに及んで優秀な姉は、一族の家宝である剣が私を選んだことが不満でたまらないのだ。
「もういいカロライン。戦いたくない者を連れて行っても足手纏いになるだけだ。いいだろう、リオノーラ、お前はここで帰るがいい」
「……わかりました、お父様」
「リオ! この意気地なしが!」
返事をしたそばから馬を翻した私は、姉の罵倒を背に受けながら行軍の流れに逆行していった。
いったん帰るフリをして向かうのは、以前ユーリが教えてくれた城の地下から伸びる『世継ぎのみに知らされる』隠し通路。
アスティー城の北側にある洞窟の入り口だ。
こういう重要な秘密を私に教えるような致命的な甘さが、今ユーリを破滅させようとしている。
万が一にもつけられていないか慎重に確認しつつ、全力で馬を駆り、半日かかってようやく辿りつく。
そこから密かに城に入ってユーリを逃がすつもりだった。
ところが暗い洞窟を一時間も進まないうちに、目的の人物に行き当たる。
「――ユーリ?」
「その声、まさかリオ?」
ランタンを掲げながら近づいてきたのは、流れる白金の髪に澄んだ緑色の瞳をした乙女のように可憐な容姿の私の婚約者ユーリともう一人――
父に告げられたのは行軍中のこと。
その時私は戦う相手も知らされず、戦なので急げと言われるままに鎧を着て馬に乗っていた。
「やはり、今、アスティーへ向かっているのね?」
方角からして間違いない。
「そうだ。アスティー王の危篤にあわせてな。南から同時にリディアの軍隊も進軍している」
「リディア? デニスが率いているの?」
名前を口にしながら、ズキリと胸に走る痛み。
デニスは私が幼い頃から恋慕ってきた、我がローア国の同盟国リディア国の王。
彼は三ヶ月前の即位にあわせ、アスティー国の王女レダを娶り、私は決定的に失恋した。
「ああ、お前と同じ伝説級の剣の持ち主デニス王とレダ妃の両方が出ると聞いている」
私は頭の中で情報を整理した。
「つまり、お父様は夫であるデニスをそそのかし、実の弟のユーリから王位を奪うために母国に攻め入らせようとするレダに味方しようと言うのね?」
言葉にするだけでも虫酸が走る。
その時、父と反対側の横に馬を並べる者があった。
「あら、そそのかされたってなぜ決めつけるの? デニス王本人の意志かもしれないでしょう?」
姉のカロ――カロラインだ。
「いいえ、違うわ。私は誰よりもデニスを知っている」
一族伝来の「戦女神の剣」に使い手として選ばれながらその力を引き出しれきれない私は、同じく古代から伝わる宝剣「狂戦士の剣」の持ち主であるデニスの元へ11歳から16歳――つい半年前まで修行の為に預けられていた。
「デニスの性格からして妃を娶ったそばからその母国に攻め入るなんて暴挙は有り得ない。
反対にレダは双子の弟のユーリを幼い頃から見下し、長子であるのに女だから王になれないということにずっと不満を抱いていた。これは、力尽くで自分の意志を通すことに慣れたあの女が、いかにもやりそうな蛮行だわ」
私が断言すると、カロが鼻を鳴らす。
「どちらでも関係ないわ。弱い者へつく理由がない」
ユーリをさして言っているのだ。
「カロラインの言うとおりだ。お前も一族の娘なら、強き者につくことが正義だとわかっているはずだ」
この小国が乱立し興っては滅びる動乱の大陸において、我がバーン家がそうして生き残ってきたことは私も理解している。
「それでも、私にはユーリを討つなんてできない」
カロがまた鼻を鳴らす。
「女の嫉妬? それとも弱い者への情け? いずれにしてもバーン家の者には相応しくない感情よ」
姉は私の長年のデニスへの片思いと、ユーリとの仲の良さを知っているのだ。
初めて会った7歳の時から私はデニスに惹かれ、彼の妻になることを夢見て努力を重ねてきた。
ところが夢が叶うどころか16歳になった途端、私はデニスによって有無を言わさず国へ帰された。
そして翌月、彼とレダとの婚約を知らされたのだ。
誰よりも近くにいたにも関わらず自分が選ばれなかったことにショックを受けた私は、知らせを聞くやいなやリディア国へ向かい、血を吐く思いでデニスに迫った。
『国同士の結びつきの婚姻なら、同じ同盟国の王女である私でも良かった筈よ! なぜ私ではいけなかったの?』
しかし、デニスはどんなに問い詰めても理由を教えてくれず、『もう決まった事だ』と冷たく言うのみだった。
そうしてデニスとレダとの挙式を見届け、完全に幼い頃からの夢を打ち砕かれた私は、傷心のままに幼馴染みでアスティーの王太子ユーリ――ユーリアンからの求婚を受けた。
あわよくばデニスの元へ嫁いで欲しいと願っていた父や、ユーリを見くびっている姉は良い顔をしなかったものの、一国の王太子との婚姻を表だって反対はできないことはわかっていた。
その婚約は私にとってデニスへの当てつけと、レダへの対抗心、ユーリへの友情と、複数の意味あいを持つものだった。
だから、姉の指摘は至極的を射ている。
「この戦女神の剣は心に背いて相手を斬れない剣よ。私にはユーリを殺せない」
「そういう台詞はその剣を満足に使いこなせるようになってから言ったらどう?」
私より全てに及んで優秀な姉は、一族の家宝である剣が私を選んだことが不満でたまらないのだ。
「もういいカロライン。戦いたくない者を連れて行っても足手纏いになるだけだ。いいだろう、リオノーラ、お前はここで帰るがいい」
「……わかりました、お父様」
「リオ! この意気地なしが!」
返事をしたそばから馬を翻した私は、姉の罵倒を背に受けながら行軍の流れに逆行していった。
いったん帰るフリをして向かうのは、以前ユーリが教えてくれた城の地下から伸びる『世継ぎのみに知らされる』隠し通路。
アスティー城の北側にある洞窟の入り口だ。
こういう重要な秘密を私に教えるような致命的な甘さが、今ユーリを破滅させようとしている。
万が一にもつけられていないか慎重に確認しつつ、全力で馬を駆り、半日かかってようやく辿りつく。
そこから密かに城に入ってユーリを逃がすつもりだった。
ところが暗い洞窟を一時間も進まないうちに、目的の人物に行き当たる。
「――ユーリ?」
「その声、まさかリオ?」
ランタンを掲げながら近づいてきたのは、流れる白金の髪に澄んだ緑色の瞳をした乙女のように可憐な容姿の私の婚約者ユーリともう一人――
0
お気に入りに追加
1,751
あなたにおすすめの小説

王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。

生命(きみ)を手放す
基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。
平凡な容姿の伯爵令嬢。
妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。
なぜこれが王太子の婚約者なのか。
伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。
※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。
にんにん。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう
さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」
殿下にそう告げられる
「応援いたします」
だって真実の愛ですのよ?
見つける方が奇跡です!
婚約破棄の書類ご用意いたします。
わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。
さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます!
なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか…
私の真実の愛とは誠の愛であったのか…
気の迷いであったのでは…
葛藤するが、すでに時遅し…

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

婚約者の不倫相手は妹で?
岡暁舟
恋愛
公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる