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第五章
王子の帰還
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「滅びの前では人は無力だ……」
血に濡れた黒髪をこめかに張りつかせ、アメジスト色の瞳に暗い光と悲壮な表情を浮かべている青年――サイラスが絶望的な呟きを漏らした。
滅び――たしかにそうだ――響いてくる轟音こそが私達の、さらには王国の、終幕を告げる音だった。
すでに万策は尽き、運命は決してしまった――この上はこうして彼の腕の中に抱かれ、静かに終わりの時を待つのみ……。
「サイラス……あなたと一緒に死ねるなら本望よ」
愛しい気持ちを込めて見上げると、サイラスからも愛情がこもった切ない眼差しが返ってくる。
「リナリー姫……あなただけは守りたかった……」
苦渋に満ちた掠れ声だった。
城を破壊しながら進行してくる魔導士達の先頭に立つのは、ガウス帝国・魔導軍総帥、「銀色の悪魔」の異名を持つエルファンス・ディー・ジルドア。
こうしている間にも、ドォン、ドォンと連続する魔導兵器が放つ衝撃波に、分厚いブロリー城の壁が着々と破壊されていき、現在二人でいる部屋の壁も崩れだしている。
「サイラス、最期の一時まで私を離さずずっとこうして抱いていて……」
「……勿論だ……こうして愛しいあなたと抱き合い、一緒に逝けることだけが、今の私の唯一の救いだ……愛しているリナリー姫……」
死後の世界でも離れないようにと固く抱きあい、崩壊するブロリー城の落ちゆく天井の下、二人、最期の愛の言葉とキスを交し合う。
――なんということだ、両想いになれたのに戦争に負けて国を滅ぼされてしまった……。
「……ひやぁあっ!」
「フィー? 大丈夫か?」
強く肩を揺すられ、夢から引き戻されると、視界にエルファンス兄様の整った顔と見慣れぬ天井が見えた。
「はぁっ……はぁっ……」
裸の肩で息をしながら、呼吸を落ち着かせ、ほっと息をつく。
頬に温かいお兄様の大きな手が触れてきて、心配そうに顔を覗きこまれた。
「フィー、大丈夫か? 酷くうなされていた……」
「……うん……怖い夢を見ちゃって……」
灰色の石造りの壁や天井を眺め、自分が今ラディア城へいることを思い出す。
到着したのが真夜中で、途中の村で夕食は済ませてあったので直接部屋に案内して貰い、昨夜はすぐにベッドで休んだのだ。
「こんなに汗をかいて可愛そうに……夢の中まで入ってお前を守りに行けたらいいのに……俺の可愛いフィー……」
想いを込めるようにささやいて、エルファンス兄様が私にかぶさり、熱い唇と肌を重ねてくる。
私も悪夢を振り払うようにしがみつき、朝から何度もお兄様と愛し合った……。
――新婚の私達を気遣ってか、朝食は呼ばずとも部屋に運ばれてきた。
食事を終えると、エルファン兄様は身支度を手伝ってくれながら、今日は城内でゆっくり過ごそうと提案してくれた。
「連日の長時間の移動で疲れているだろう? 出かけるのは明日からにしよう」
「うん、お兄様」
優しい眼差しと言葉に胸をジンとさせていると、
「なんだか空気がこもっているな」
ふいにエルファンス兄様が立って、窓辺へと歩み寄った。
と、窓が開かれた瞬間、外から誰かの笑い声が聞こえてくる。
釣られるように近づいて外を見下ろすと、金色の巻き髪を揺らし真っ青なドレスを着たコーデリア姫と、亜麻色の髪をした白い軍服姿の男性が並んで庭に立っていた。
「コーデリア姫」
上から声をかけると姫と一緒にいた人物もこちらを見上げる。
見覚えのある顔に彼が「恋プリ」のゲーム内にも出てきた、カークの弟にしてこの国の第二王子レナードだと気がつく。
モブキャラらしくやや顔立ちは薄いんだけど、亜麻色の髪と金色の瞳をした、キルアスによく似た整った容姿の少年だ。
「フィー、起きていたの? あなたも庭に出てこない?」
ほがからな声でコーデリア姫に誘われ、私はお兄様を振り返る。
「行ってもいい?」
「ああ……」
お兄様は頷くと、屈んで私の身体を両腕に抱きかかえ、ヒラリと二階の窓から飛び降りた。
「きゃーーーーっ!」
空中で一瞬制止したことから、魔法で落下速度を抑えて地面に着地したみたい。
少し驚いた表情でこちらを見ていたレナード王子が、気を取り直したように話しかけてくる。
「初めまして、ラディアの第二王子レナードと申します。
エルさんとフィーさんですね。コーデリア姫から色々とお話は伺っています。
今回は兄の危機を救って頂いたそうでありがとうございました。
生憎父は多忙で不在ですが、のちほど母からも歓迎の夕食の席を設けてお礼をしたいそうです」
一国の王妃から直々にお礼をされるなんて緊張するなと思いつつ、この場にいない人物のことが妙に気になる。
「キルアスと、カーク……殿下は? 」
一応弟さんの手前なので敬称をつけて訊く。
「二人とも今ごろ母に絞られているところです。兄は止めるのも聞かず勝手に城を飛び出してことを、キルアス兄さんは連帯責任で、厳しく説教するつもりだと言っていましたから」
レナードは私と一緒で従兄弟を兄さん呼びしているようだ。
しかし、連帯責任だなんてキルアスがなんだか可愛そう。
そう思ったのはどうやら私だけでは無かったらしい。
「キルアスも毎度付き合いが良すぎるのよ。カークと一緒に行動していたら命が幾らあっても足りないわ。
全く! 王になったら国に滅ぼしかねないと、今から心配でたまらないほどよ!」
コーデリア姫は嘆きの声をあげたとき、
「国を滅ぼしそうで悪かったな!
俺と付き合いきれないと思うなら、婚約者の立場からさっさと降りればいいだろう!」
ちょうど説教から解放されたらしいカークが、キルアスと並んで吼えながら歩いてきた。
血に濡れた黒髪をこめかに張りつかせ、アメジスト色の瞳に暗い光と悲壮な表情を浮かべている青年――サイラスが絶望的な呟きを漏らした。
滅び――たしかにそうだ――響いてくる轟音こそが私達の、さらには王国の、終幕を告げる音だった。
すでに万策は尽き、運命は決してしまった――この上はこうして彼の腕の中に抱かれ、静かに終わりの時を待つのみ……。
「サイラス……あなたと一緒に死ねるなら本望よ」
愛しい気持ちを込めて見上げると、サイラスからも愛情がこもった切ない眼差しが返ってくる。
「リナリー姫……あなただけは守りたかった……」
苦渋に満ちた掠れ声だった。
城を破壊しながら進行してくる魔導士達の先頭に立つのは、ガウス帝国・魔導軍総帥、「銀色の悪魔」の異名を持つエルファンス・ディー・ジルドア。
こうしている間にも、ドォン、ドォンと連続する魔導兵器が放つ衝撃波に、分厚いブロリー城の壁が着々と破壊されていき、現在二人でいる部屋の壁も崩れだしている。
「サイラス、最期の一時まで私を離さずずっとこうして抱いていて……」
「……勿論だ……こうして愛しいあなたと抱き合い、一緒に逝けることだけが、今の私の唯一の救いだ……愛しているリナリー姫……」
死後の世界でも離れないようにと固く抱きあい、崩壊するブロリー城の落ちゆく天井の下、二人、最期の愛の言葉とキスを交し合う。
――なんということだ、両想いになれたのに戦争に負けて国を滅ぼされてしまった……。
「……ひやぁあっ!」
「フィー? 大丈夫か?」
強く肩を揺すられ、夢から引き戻されると、視界にエルファンス兄様の整った顔と見慣れぬ天井が見えた。
「はぁっ……はぁっ……」
裸の肩で息をしながら、呼吸を落ち着かせ、ほっと息をつく。
頬に温かいお兄様の大きな手が触れてきて、心配そうに顔を覗きこまれた。
「フィー、大丈夫か? 酷くうなされていた……」
「……うん……怖い夢を見ちゃって……」
灰色の石造りの壁や天井を眺め、自分が今ラディア城へいることを思い出す。
到着したのが真夜中で、途中の村で夕食は済ませてあったので直接部屋に案内して貰い、昨夜はすぐにベッドで休んだのだ。
「こんなに汗をかいて可愛そうに……夢の中まで入ってお前を守りに行けたらいいのに……俺の可愛いフィー……」
想いを込めるようにささやいて、エルファンス兄様が私にかぶさり、熱い唇と肌を重ねてくる。
私も悪夢を振り払うようにしがみつき、朝から何度もお兄様と愛し合った……。
――新婚の私達を気遣ってか、朝食は呼ばずとも部屋に運ばれてきた。
食事を終えると、エルファン兄様は身支度を手伝ってくれながら、今日は城内でゆっくり過ごそうと提案してくれた。
「連日の長時間の移動で疲れているだろう? 出かけるのは明日からにしよう」
「うん、お兄様」
優しい眼差しと言葉に胸をジンとさせていると、
「なんだか空気がこもっているな」
ふいにエルファンス兄様が立って、窓辺へと歩み寄った。
と、窓が開かれた瞬間、外から誰かの笑い声が聞こえてくる。
釣られるように近づいて外を見下ろすと、金色の巻き髪を揺らし真っ青なドレスを着たコーデリア姫と、亜麻色の髪をした白い軍服姿の男性が並んで庭に立っていた。
「コーデリア姫」
上から声をかけると姫と一緒にいた人物もこちらを見上げる。
見覚えのある顔に彼が「恋プリ」のゲーム内にも出てきた、カークの弟にしてこの国の第二王子レナードだと気がつく。
モブキャラらしくやや顔立ちは薄いんだけど、亜麻色の髪と金色の瞳をした、キルアスによく似た整った容姿の少年だ。
「フィー、起きていたの? あなたも庭に出てこない?」
ほがからな声でコーデリア姫に誘われ、私はお兄様を振り返る。
「行ってもいい?」
「ああ……」
お兄様は頷くと、屈んで私の身体を両腕に抱きかかえ、ヒラリと二階の窓から飛び降りた。
「きゃーーーーっ!」
空中で一瞬制止したことから、魔法で落下速度を抑えて地面に着地したみたい。
少し驚いた表情でこちらを見ていたレナード王子が、気を取り直したように話しかけてくる。
「初めまして、ラディアの第二王子レナードと申します。
エルさんとフィーさんですね。コーデリア姫から色々とお話は伺っています。
今回は兄の危機を救って頂いたそうでありがとうございました。
生憎父は多忙で不在ですが、のちほど母からも歓迎の夕食の席を設けてお礼をしたいそうです」
一国の王妃から直々にお礼をされるなんて緊張するなと思いつつ、この場にいない人物のことが妙に気になる。
「キルアスと、カーク……殿下は? 」
一応弟さんの手前なので敬称をつけて訊く。
「二人とも今ごろ母に絞られているところです。兄は止めるのも聞かず勝手に城を飛び出してことを、キルアス兄さんは連帯責任で、厳しく説教するつもりだと言っていましたから」
レナードは私と一緒で従兄弟を兄さん呼びしているようだ。
しかし、連帯責任だなんてキルアスがなんだか可愛そう。
そう思ったのはどうやら私だけでは無かったらしい。
「キルアスも毎度付き合いが良すぎるのよ。カークと一緒に行動していたら命が幾らあっても足りないわ。
全く! 王になったら国に滅ぼしかねないと、今から心配でたまらないほどよ!」
コーデリア姫は嘆きの声をあげたとき、
「国を滅ぼしそうで悪かったな!
俺と付き合いきれないと思うなら、婚約者の立場からさっさと降りればいいだろう!」
ちょうど説教から解放されたらしいカークが、キルアスと並んで吼えながら歩いてきた。
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