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第四章
コーデリア姫の奇行
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とっさに防ごうと身構えた私より、直接、姫の手を払うエルファンス兄様の動きのほうが早かった。
「何をする? この眼鏡を外す事は俺が絶対に許さない!」
「無礼者!」
「無礼なのはコーデリア姫です!」
お兄様を睨みつけるコーデリア姫に向かって、キルアスがきっぱりと言い放った。
「コーデリア、お前初対面の相手に何してるんだよ。謝れ!」
さらにカークが珍しくまともな指摘をした。
コーデリア姫は「わかったわ」と、いったん諦めたように引っ込めかけた手を――ばっ――と素早く振り上げ、風魔法を繰りだす。
彼女は風と水両方の属性の魔法スキルを持つ、主人公のリナリーよりも高い魔力を有するキャラなのだ。
次の瞬間、私の頭を覆っていたフードが捲り上がり、大きく揺れながら長い黒髪がこぼれ落ちる。
「――水のように流れる艶ややかな黒髪、雪花石膏のごとき真っ白な肌、小悪魔じみた愛らしい顔立ち――やはりそうだわ。あなたは……」
コーデリア姫は大きく瞳を見開いて私を凝視しながら、両手で口元を抑え、興奮したようにぶるぶると身を震わせた。
「お前、さっきから何言ってるんだ?」
カークが正気を疑うような目でコーデリア姫を見る。
ここに来てようやく私も、違和感の正体が分かりかけていた。
「問題はあなたがなぜここにいるのかよ……しかもエルファンスとくっついて……うーん……」
ぶつぶつと呟く姫の奇妙な言動に、エルファンス兄様が横のキルアスに小声で尋ねる。
「キルアス、この王女とやらは精神疾患などがあるのか?」
「いや、たぶん、無いと思うけど……」
かなり引いている周囲の空気を感じ取ったのか、急にコーデリア姫がしおらしい態度になった。
「ごめんなさい、確かに失礼な振る舞いだったわね――エルファ――エルに、フィー。気を悪くしないで、どうか許してちょうだい。
お詫びとして、ぜひ今夜二人に夕食をご馳走させて欲しいわ。
――それまでの時間、カーク、あなたにたっぷりと話したいことがあるわ!」
発言に合わせるように飛び出してきた数名が、ぐるりとカークを取り囲んで逃げ道を塞ぐ。
「俺は別に話したいことなんてないぞ!」
抗議するカークを従者らしき人達と一緒に捕獲し、コーデリア姫は現れた時と同様に、嵐のようにその場を去っていった――
コーデリア姫の奇行は気になったけど、もう夕方近くで夜まで間がない。
私は取りあえず案内された部屋に荷物を置きに行き、エルファンス兄様と二人で露店を見に出かけることにした。
通りに出てさっそく目についたアクセサリー店で、ドラゴンから贈られた笛に金具と鎖をつけて貰う。
エルファンス兄様がペンダントにした笛をそっと首にかけてくれた。
「これで……無くさないですみそうだな」
「うん」
その後も、人波の間をお兄様と腕を組んで歩き、目についた露店を片っ端から見ていく。
色んな店が並んでいるので目移りしてきょろきょろしていると、不意打ちで頬にちゅっとされる。
「フィーは可愛いな」
「……!?」
横を向くと、真近に愛しそうに目を細めるエルファンス兄様の顔があった。
とたんに心臓が高鳴って体温が急上昇する。
照れくささに思わずお兄様からそらした目に、ちょうど袋物を売っている店が映ったので、セイレム様に貰った杖を収納する袋を購入する。
大きな聖石が目立つので今は宿屋に置いてきているけど、これでいつでもどこでも気軽に杖を持ち歩ける。
その他、数軒の店で細々とした物を購入してから、エルファンス兄様に質問した。
「お兄様は何か見たいお店とか行きたい場所とか無いの?」
「俺は……」
言いかけてお兄様はいったん口をつぐむ。
「うん?」
「……買い物よりも、今すぐ宿屋の部屋に戻ってお前をベッドに押し倒したい……」
「……!?」
想定外の返事に動揺して固まっている私の顔を、両手で挟んでエルファンス兄様がじっと見下ろす。
「耳まで真っ赤にして、フィーは可愛いにもほどがあるな」
甘やかな笑顔で言われた直後、公衆の面前で今度は熱く唇を奪われてしまう。
恥ずかしさに全身を熱くしながらも、私はなんとか市場まで足を伸ばし、買い食いするという一つの目的をを果たしてから宿屋へと帰還した。
一つ心残りだったのは、見かけたナイティーがどれもセクシー過ぎて、お兄様の前で買う度胸がなかったことだ。
宿屋に戻ると受付で、すでにコーデリア姫が宴席を設けて待っていると伝えられた。
案内された広間には豪華料理満載の大テーブルとステージがあって、早くも露出の多い薄絹の衣装を纏った美しい女性達が踊りや楽器演奏を披露していた。
目の前には美女と酒に料理、とお望み通りの物が全て揃っているというのに、コーデリア姫にがっしりと腕を掴まれたカークはげっそりした表情でうなだれていた。
一体あれからどんな目にあったのだろう?
亜麻色の長い髪を横に垂らし、退屈そうに頬杖をついていたキルアスが、こちらを見たとたん瞳を輝かせる。
「エルにフィー、お帰り!」
「待っていたわ二人とも、これでみんな揃ったわね」
コーデリア姫も笑顔で私達を迎え、着席を促すと、初対面の時とはまるで違う感じが良い態度で酒や料理をすすめてきた。
お酒を飲めない私は食べる専門だったけど、元々少食なのと市場で買い食いしたので、あまりお腹が空いていなくて食がすすまなかった。
しかも、終始こちらを観察するように見ているコーデリア姫の瞳と、横から私を抱き寄せるお兄様の手がしきりに胸や腰を触ってくるのが気になって、せっかくのご馳走の味が良く分からなかった。
――宴会を終えて部屋へ戻るやいなや、エルファンス兄様に捕まえられ、少し乱暴に身体を抱えられてベッドへと運ばれた。
ラウルの店と大違いの大きなふかふかベッドの上に投げ落とされた私は、やや酔って顔が赤くなったエルファンス兄様の顔を怖々と仰ぐ。
「お兄様、酔っているの?」
記憶では結構ぐいぐいとお酒を飲んでいた。
「全然酔ってなんかいない」
否定してからがばっと覆いかぶさってきたエルファンス兄様は、酒臭い息で噛みつくように私の唇を奪った。
「んっ」
貪るような激しい口づけに合わせてきつく胸を揉みしだかれ、重い身体にのしかかられた私は軽く呼吸困難になってあえいだ――
「何をする? この眼鏡を外す事は俺が絶対に許さない!」
「無礼者!」
「無礼なのはコーデリア姫です!」
お兄様を睨みつけるコーデリア姫に向かって、キルアスがきっぱりと言い放った。
「コーデリア、お前初対面の相手に何してるんだよ。謝れ!」
さらにカークが珍しくまともな指摘をした。
コーデリア姫は「わかったわ」と、いったん諦めたように引っ込めかけた手を――ばっ――と素早く振り上げ、風魔法を繰りだす。
彼女は風と水両方の属性の魔法スキルを持つ、主人公のリナリーよりも高い魔力を有するキャラなのだ。
次の瞬間、私の頭を覆っていたフードが捲り上がり、大きく揺れながら長い黒髪がこぼれ落ちる。
「――水のように流れる艶ややかな黒髪、雪花石膏のごとき真っ白な肌、小悪魔じみた愛らしい顔立ち――やはりそうだわ。あなたは……」
コーデリア姫は大きく瞳を見開いて私を凝視しながら、両手で口元を抑え、興奮したようにぶるぶると身を震わせた。
「お前、さっきから何言ってるんだ?」
カークが正気を疑うような目でコーデリア姫を見る。
ここに来てようやく私も、違和感の正体が分かりかけていた。
「問題はあなたがなぜここにいるのかよ……しかもエルファンスとくっついて……うーん……」
ぶつぶつと呟く姫の奇妙な言動に、エルファンス兄様が横のキルアスに小声で尋ねる。
「キルアス、この王女とやらは精神疾患などがあるのか?」
「いや、たぶん、無いと思うけど……」
かなり引いている周囲の空気を感じ取ったのか、急にコーデリア姫がしおらしい態度になった。
「ごめんなさい、確かに失礼な振る舞いだったわね――エルファ――エルに、フィー。気を悪くしないで、どうか許してちょうだい。
お詫びとして、ぜひ今夜二人に夕食をご馳走させて欲しいわ。
――それまでの時間、カーク、あなたにたっぷりと話したいことがあるわ!」
発言に合わせるように飛び出してきた数名が、ぐるりとカークを取り囲んで逃げ道を塞ぐ。
「俺は別に話したいことなんてないぞ!」
抗議するカークを従者らしき人達と一緒に捕獲し、コーデリア姫は現れた時と同様に、嵐のようにその場を去っていった――
コーデリア姫の奇行は気になったけど、もう夕方近くで夜まで間がない。
私は取りあえず案内された部屋に荷物を置きに行き、エルファンス兄様と二人で露店を見に出かけることにした。
通りに出てさっそく目についたアクセサリー店で、ドラゴンから贈られた笛に金具と鎖をつけて貰う。
エルファンス兄様がペンダントにした笛をそっと首にかけてくれた。
「これで……無くさないですみそうだな」
「うん」
その後も、人波の間をお兄様と腕を組んで歩き、目についた露店を片っ端から見ていく。
色んな店が並んでいるので目移りしてきょろきょろしていると、不意打ちで頬にちゅっとされる。
「フィーは可愛いな」
「……!?」
横を向くと、真近に愛しそうに目を細めるエルファンス兄様の顔があった。
とたんに心臓が高鳴って体温が急上昇する。
照れくささに思わずお兄様からそらした目に、ちょうど袋物を売っている店が映ったので、セイレム様に貰った杖を収納する袋を購入する。
大きな聖石が目立つので今は宿屋に置いてきているけど、これでいつでもどこでも気軽に杖を持ち歩ける。
その他、数軒の店で細々とした物を購入してから、エルファンス兄様に質問した。
「お兄様は何か見たいお店とか行きたい場所とか無いの?」
「俺は……」
言いかけてお兄様はいったん口をつぐむ。
「うん?」
「……買い物よりも、今すぐ宿屋の部屋に戻ってお前をベッドに押し倒したい……」
「……!?」
想定外の返事に動揺して固まっている私の顔を、両手で挟んでエルファンス兄様がじっと見下ろす。
「耳まで真っ赤にして、フィーは可愛いにもほどがあるな」
甘やかな笑顔で言われた直後、公衆の面前で今度は熱く唇を奪われてしまう。
恥ずかしさに全身を熱くしながらも、私はなんとか市場まで足を伸ばし、買い食いするという一つの目的をを果たしてから宿屋へと帰還した。
一つ心残りだったのは、見かけたナイティーがどれもセクシー過ぎて、お兄様の前で買う度胸がなかったことだ。
宿屋に戻ると受付で、すでにコーデリア姫が宴席を設けて待っていると伝えられた。
案内された広間には豪華料理満載の大テーブルとステージがあって、早くも露出の多い薄絹の衣装を纏った美しい女性達が踊りや楽器演奏を披露していた。
目の前には美女と酒に料理、とお望み通りの物が全て揃っているというのに、コーデリア姫にがっしりと腕を掴まれたカークはげっそりした表情でうなだれていた。
一体あれからどんな目にあったのだろう?
亜麻色の長い髪を横に垂らし、退屈そうに頬杖をついていたキルアスが、こちらを見たとたん瞳を輝かせる。
「エルにフィー、お帰り!」
「待っていたわ二人とも、これでみんな揃ったわね」
コーデリア姫も笑顔で私達を迎え、着席を促すと、初対面の時とはまるで違う感じが良い態度で酒や料理をすすめてきた。
お酒を飲めない私は食べる専門だったけど、元々少食なのと市場で買い食いしたので、あまりお腹が空いていなくて食がすすまなかった。
しかも、終始こちらを観察するように見ているコーデリア姫の瞳と、横から私を抱き寄せるお兄様の手がしきりに胸や腰を触ってくるのが気になって、せっかくのご馳走の味が良く分からなかった。
――宴会を終えて部屋へ戻るやいなや、エルファンス兄様に捕まえられ、少し乱暴に身体を抱えられてベッドへと運ばれた。
ラウルの店と大違いの大きなふかふかベッドの上に投げ落とされた私は、やや酔って顔が赤くなったエルファンス兄様の顔を怖々と仰ぐ。
「お兄様、酔っているの?」
記憶では結構ぐいぐいとお酒を飲んでいた。
「全然酔ってなんかいない」
否定してからがばっと覆いかぶさってきたエルファンス兄様は、酒臭い息で噛みつくように私の唇を奪った。
「んっ」
貪るような激しい口づけに合わせてきつく胸を揉みしだかれ、重い身体にのしかかられた私は軽く呼吸困難になってあえいだ――
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