85 / 117
第四章
新たな旅立ち
しおりを挟む
翌日、朝食の席で顔を合わせたカークはやっぱり不機嫌だった。
「いい加減にしてくれよ! 壁が薄いと言っただろう? おかげで二日連続寝不足だ!」
「新婚だからしょうがないんだ」
朝食を食べながら、エルファンス兄様が悪びれずに言う。
私は恥ずかしさに涙目でうなだれるしか無かった。
早起きしたらしく、すでに朝食を終えてお茶を飲んでいたキルアスが、観察するように私達を眺めて尋ねる。
「そういえば気になっていたんだけど、フィーはエルをお兄様って呼ぶけど、二人はもしかしたら兄妹?
あ、勘違いしないでね、だからと言って批判する訳じゃ無いんだ。良く見たら目の色が全く一緒だから……。
帝国を出て来た理由もその辺にあるのかと思って……」
さ、さすがに近親相姦疑惑は否定しとかねば!
「違うわ! 血は繋がっているけど、両親は別よ」
「そうか……という事は親戚なんだね。変なことを訊いて、ごめんね」
謝るキルアスをいつもとは逆にカークが呆れたような顔で見る。
「一緒に育った兄妹で、普通そんな気になる訳無いだろう?」
横でその言葉を聞きながら、義理の兄妹として一緒に暮らしていたことは黙っていようと心に誓った。
キルアスはさらに私達の話題を引っ張った。
「二人は結婚式はどうするの? これからだよね?」
「国に帰ることがあったらその時にしようとは思っている」
エルファンス兄様は答えながら、食事の手が進まない私を気づかうように、パンを千切って口の前へ差しだしてくる。
人前で食べさせられるのは恥ずかしいので、一度受け取ってから口に入れる。
「その時は呼んで欲しいな」
「おう、俺も参列してやるぜ! ガウス帝国に一度行ってみたいし」
結婚式を挙げられる日が来るかどうかはともかくとして、二人の気持ちは嬉しかったので素直に「ありがとう」とお礼を言った。
朝食を済ませると、ラウルの店に別れを告げ、いよいよ王都へ向けて出発だった。
馬の背の前側に乗せて貰い、後ろ側に座るエルファンス兄様に手綱を任せる。
「フィーって馬に乗れないのか?」
たてがみのような赤い髪を靡かせ、並んで馬を走らせるカークが訊いてきた。
「……実はそうなの」
前方を走っていたキルアスが亜麻色の髪を揺らして振り返る。
「もし良かったら教えてあげようか? 俺は歩き出すより先に馬に乗っていたんだ」
キルアスの親切な申し出に、エルファンス兄様が不愉快そうな声をあげる。
「俺が乗れるんだから、フィーが習う必要はない」
「でも、エル……」
「ありがとう、キルアス。このままで大丈夫なの」
だってこうして二人乗りする方が、お兄様の呼吸や温もりを感じていられるし、時々キスもして貰えるから、どう考えても自分で馬に乗れるよりずっといい。
思考の基準が全て愛するエルファンス兄様になっている私は、今日も恋の微熱状態だった。
ラディア王国の王都グランスールに到着するには、三つの町を通り過ぎなくてはいけない。
私達はそれぞれの町で一泊づつして、三日の行程で到着する予定だった。
荒野を抜けて街道に入ると、自慢気にカークが語る。
「この道は行軍用に敷かれたんだ」
何でもラディア王国は辺境から王都まで整備された道で繋がっているらしい。
「ねぇ、最初に着く町はどんなところなの?」
興味しんしんに尋ねる私に、キルアスが丁寧に説明してくれた。
「シャビールは市場や露天で賑わった交易の町で、異国の珍しいものが色々売っている楽しいところだよ。
ただ、少しだけ治安が悪いから、荷物や馬から目を離さない様に気をつけた方がいいかな」
「異国の人間が多いと、どうも治安が乱れがちになるんだ」
カークが王子らしい憂いた調子で言った。
「市場! 露天!」
治安が悪いという部分は耳に入らず、二つの単語に私は反応した。
前世の記憶を思い出してからというもの、自慢じゃないけど買い物すら行ったことが無いのだ。
ずっと屋敷に引きこもっていた次は神殿での軟禁生活で、それが終わると皇宮に閉じこめられていた。
ここに来て、やっと訪れた自由と外の世界の空気に、つい心躍らずにはいられなかった。
セイレム様のおかげでたくさんお金も持っているし、色々買い物しちゃおう。
「嬉しそうだな。フィー」
エルファンス兄様が耳元で話しかけたきた。
「うん。買い物するのが楽しみ」
「何を買うんだ?」
「食べ物とか、あと、動きやすそうな服も欲しいかも」
それとお兄様と二人きりの時に着替える、可愛いナイティーが欲しいかも。
「いいや、動きやすい服より、このローブの方がいい。
身体のラインが隠れるし、お前の豊満な胸が分かりにくいからな」
エルファンス兄様の服選びの基準がどうも理解出来ない。
そんなたわいもない会話をしているうちに民家がまばらに見えてきて、いよいよシャビールの町が近づいてきた。
「いい加減にしてくれよ! 壁が薄いと言っただろう? おかげで二日連続寝不足だ!」
「新婚だからしょうがないんだ」
朝食を食べながら、エルファンス兄様が悪びれずに言う。
私は恥ずかしさに涙目でうなだれるしか無かった。
早起きしたらしく、すでに朝食を終えてお茶を飲んでいたキルアスが、観察するように私達を眺めて尋ねる。
「そういえば気になっていたんだけど、フィーはエルをお兄様って呼ぶけど、二人はもしかしたら兄妹?
あ、勘違いしないでね、だからと言って批判する訳じゃ無いんだ。良く見たら目の色が全く一緒だから……。
帝国を出て来た理由もその辺にあるのかと思って……」
さ、さすがに近親相姦疑惑は否定しとかねば!
「違うわ! 血は繋がっているけど、両親は別よ」
「そうか……という事は親戚なんだね。変なことを訊いて、ごめんね」
謝るキルアスをいつもとは逆にカークが呆れたような顔で見る。
「一緒に育った兄妹で、普通そんな気になる訳無いだろう?」
横でその言葉を聞きながら、義理の兄妹として一緒に暮らしていたことは黙っていようと心に誓った。
キルアスはさらに私達の話題を引っ張った。
「二人は結婚式はどうするの? これからだよね?」
「国に帰ることがあったらその時にしようとは思っている」
エルファンス兄様は答えながら、食事の手が進まない私を気づかうように、パンを千切って口の前へ差しだしてくる。
人前で食べさせられるのは恥ずかしいので、一度受け取ってから口に入れる。
「その時は呼んで欲しいな」
「おう、俺も参列してやるぜ! ガウス帝国に一度行ってみたいし」
結婚式を挙げられる日が来るかどうかはともかくとして、二人の気持ちは嬉しかったので素直に「ありがとう」とお礼を言った。
朝食を済ませると、ラウルの店に別れを告げ、いよいよ王都へ向けて出発だった。
馬の背の前側に乗せて貰い、後ろ側に座るエルファンス兄様に手綱を任せる。
「フィーって馬に乗れないのか?」
たてがみのような赤い髪を靡かせ、並んで馬を走らせるカークが訊いてきた。
「……実はそうなの」
前方を走っていたキルアスが亜麻色の髪を揺らして振り返る。
「もし良かったら教えてあげようか? 俺は歩き出すより先に馬に乗っていたんだ」
キルアスの親切な申し出に、エルファンス兄様が不愉快そうな声をあげる。
「俺が乗れるんだから、フィーが習う必要はない」
「でも、エル……」
「ありがとう、キルアス。このままで大丈夫なの」
だってこうして二人乗りする方が、お兄様の呼吸や温もりを感じていられるし、時々キスもして貰えるから、どう考えても自分で馬に乗れるよりずっといい。
思考の基準が全て愛するエルファンス兄様になっている私は、今日も恋の微熱状態だった。
ラディア王国の王都グランスールに到着するには、三つの町を通り過ぎなくてはいけない。
私達はそれぞれの町で一泊づつして、三日の行程で到着する予定だった。
荒野を抜けて街道に入ると、自慢気にカークが語る。
「この道は行軍用に敷かれたんだ」
何でもラディア王国は辺境から王都まで整備された道で繋がっているらしい。
「ねぇ、最初に着く町はどんなところなの?」
興味しんしんに尋ねる私に、キルアスが丁寧に説明してくれた。
「シャビールは市場や露天で賑わった交易の町で、異国の珍しいものが色々売っている楽しいところだよ。
ただ、少しだけ治安が悪いから、荷物や馬から目を離さない様に気をつけた方がいいかな」
「異国の人間が多いと、どうも治安が乱れがちになるんだ」
カークが王子らしい憂いた調子で言った。
「市場! 露天!」
治安が悪いという部分は耳に入らず、二つの単語に私は反応した。
前世の記憶を思い出してからというもの、自慢じゃないけど買い物すら行ったことが無いのだ。
ずっと屋敷に引きこもっていた次は神殿での軟禁生活で、それが終わると皇宮に閉じこめられていた。
ここに来て、やっと訪れた自由と外の世界の空気に、つい心躍らずにはいられなかった。
セイレム様のおかげでたくさんお金も持っているし、色々買い物しちゃおう。
「嬉しそうだな。フィー」
エルファンス兄様が耳元で話しかけたきた。
「うん。買い物するのが楽しみ」
「何を買うんだ?」
「食べ物とか、あと、動きやすそうな服も欲しいかも」
それとお兄様と二人きりの時に着替える、可愛いナイティーが欲しいかも。
「いいや、動きやすい服より、このローブの方がいい。
身体のラインが隠れるし、お前の豊満な胸が分かりにくいからな」
エルファンス兄様の服選びの基準がどうも理解出来ない。
そんなたわいもない会話をしているうちに民家がまばらに見えてきて、いよいよシャビールの町が近づいてきた。
3
お気に入りに追加
2,621
あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

気絶した婚約者を置き去りにする男の踏み台になんてならない!
ひづき
恋愛
ヒロインにタックルされて気絶した。しかも婚約者は気絶した私を放置してヒロインと共に去りやがった。
え、コイツらを幸せにする為に私が悪役令嬢!?やってられるか!!
それより気絶した私を運んでくれた恩人は誰だろう?
婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?
荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」
そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。
「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」
「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」
「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」
「は?」
さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。
荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります!
第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。
表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる