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第三章

説得の機会

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「お前は一体エルに何をしたんだ? 
 あいつの様子がいよいよ末期的におかしくなっているじゃないか!」

 あれからずっと毎日泣き通しでぼーっとしていた私は、一方的に責めらるのみだった。

 ひとしきり罵詈雑言を浴びせると、クリストファーは気を収めるように重い溜め息をついた。

「いいか、今日はエルが魔導省長官に任命される日で、ちょうど今頃、父上と玉座の間で謁見している筈だ。
 もう一度、話し合って、お前があいつをなんとかしろ。
 俺の言葉はもうあいつには届かない。
 このままではいつかの悪い予想が本当になってしまう!
 その前にお前がなんとかしろ!」

 もう一度お兄様に会って話せる?
 それならこの前のことを謝って許して貰いたい。
 本心ではどんなに一緒に行きたかったか、なぜそれが出来なかったか、どんなに今でも想っているかを伝えたい。

 クリストファーに伴われ、玉座の間へ通じる回廊に着くと、エルファンス兄様を待ち構える。
 やがて突き当りにある大きな扉が開閉すると、銀髪と黒衣を靡かせ颯爽と歩いてくる人物があった。

「エルファンス兄様……っ」

 急いで駆け寄り、愛しい顔を正面から見据える。

「フィー、どうしてここへ?」

 硬い表情で立ち止ったあと、エルファンス兄様は離れた位置にいるクリストファーに視線を送った。

「私、お兄様に私の気持ちを分かって欲しくて……!」

 お兄様は「ふん」と鼻を鳴らす。

「そんな謝罪や言い訳よりも、俺が聞きたいのは、お前が今度こそ俺と来る気があるかということだけだ」

「それは……」

「やはり、誓いを破るのか?」

 問いかけるエルファンス兄様の表情は険しかった。

「……っ!?」

「だったら、この話し合いには何の意味も無い」

 エルファンス兄様は冷たく言い放つと、再び靴音を響かせ歩き出す。

「お兄様、待って!」

 あわてて追いかける私に、お兄様が思い出したように立ち止まり、振り返った。

「ああそうだ……一ついいことを教えてやろう。
 お前がどうであれ、俺は絶対に約束を破らないということを……」

「え?」

「たとえ皇太子であろうとも、お前を抱いたら殺してやる。
 覚えておけ、フィー。
 今、俺と来ないということは、お前は俺にアーウィン殿下を殺させたいんだな?」

 心臓が凍りつくような爆弾発言だった。

 それでもなお一緒に行くと言えない私を、エルファンス兄様は少し暗い瞳で見つめてから、振り切るようにその場を立ち去って行った。

 一人残された私は、ショックのあまり脱力してその場にヘタリ込んでしまう。

 私は今お兄様に何を言われたの?
 アーウィンを殺すなんて本気じゃないよね?

 とんでもない間違いを起こした気になって、遅れてお兄様の背を追うように探したが、時すでに遅く見つけることは叶わなかった。

 私はまた、選択を誤ってしまった?
 どうしたらいいの?

 呆然としていると、いつの間にか近くにきていたクリストファーに肩を掴まれた。

「会う前より険悪になって別れるとは一体どういうことだ!
 お前なんかに期待した俺が馬鹿だった!」

 怒りに燃えた瞳で責められ、私は口ごもる。

「……あっ」

「くそっ!」

 苦々しく吐き捨てると、そのままクリストファーも私を置いて去って行った。
 とうとう、彼にまで見捨てられてしまった……。

 このままじゃ私が結婚しても結局、誰も救われない。
 お兄様が大変なことをしてしまえば、公爵家もお取り潰しになるだろう。
 どうせ家族もお兄様も破滅するなら、いっそあの時その手を取るべきだったの?

 毎日毎日そればかり考え、心が乱れて落ち着かなく、一日中部屋の中をぐるぐる歩き回る。

 あれから私は離宮に軟禁状態になった。
 アーウィンにもクリストファーにも会えないまま、挙式はもう一週間後にまで迫っている。

 追い詰められた気持ちで、時に壁や床を物に当たりながら、髪を掻きむしり、日々、苦悩し続けた。
 しかしいくら考えても答えは見つからず、考え過ぎて疲れた私は、床にぼーっと座っている時間が長くなった。

 もう駄目だ……全部おしまいだ。

 何度も絶望的にそう思い、情緒不安のあまり、わんわん泣き続けることもあった。

 やがて考えるのにも泣くのにも疲れ果てると、床に転がり、ぶつぶつ呟く。

 ――そんな時だった――

 天井のシャンデリアの飾りのガラス粒が、虹色に輝くのを目にしたのは。

 とたん、閃いてガバッと跳ね起きる。
 屋敷から忘れず送って貰っていた宝石箱の中の、大切な「それ」の存在を思い出したからだ。

 そうだ、もう、自分一人だけでは手に余る。
 これしかないのだ。

 思い立った私は、よろめきながらドレッサーまで歩いて行き、上に乗った宝石箱を震える手で開ける。

 虫がいいと分かっていても、もう他に頼るべき存在がない……。

 心を決めると、ついに禁断の「それ」を私は手を伸ばす。
 虹色に輝く石のついたペンダントを取り出すと、ぎゅっと手中に握り込んだ。

 そうして最後の希望にすがるように、全身全霊をかけてその名を呼び、助けを求める。

「セイレム様! お願い、助けて!」

 刹那、呼びかけに応えるように、聖石が真っ白に発光して、光が広がりあたりを照らし、埋め尽くす。
 ――やがてその光が収束していくと――そこには一人の人物が立っていた。

「そろそろ呼んでくれる頃合だと思っていましたよ。フィー」

 豪華な青銀の長髪に冬空のような水色の瞳、彫刻のように整った白皙の顔――そう、目の前に現れたのは私の師匠にしてこの国の大神官――セイレム・ラクス・ガウス様だった――。

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