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第三章
質問の行方
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それは公爵家に戻ってから二週間ほど経過した、夜の密会を始めて6日目の晩。
「フィーネ、今日まで待った。改めてあの日の答えを訊いてもいいか?」
夕食後、お父様が私の寝室にやって来て、人払いをしてから質問してきた。
最初はアーウィンに婚約解消をして貰うまで、返事を引き延ばして時間稼ぎをするつもりだった。
純潔を失った可能性がある状態なら、ことの発覚を恐れたお父様が限界まで結婚を引き伸ばしてくれると期待していたからだ。
しかしアーウィンが二ヶ月後に挙式すると明言した今、最早それには何の意味もない。
お父様を早く安心させてあげたいし、真実を告白するのに何ら迷いはなかった。
「……私達はまだ肉体的には結ばれておりません……」
「そうか……やはりか。安心したよ。フィー」
ほっとした表情でお父様は頷いた。
ところがその翌日、私は正直に言った事を心から後悔することになる。
エルファンス兄様が出勤して数時間経った正午近く、突然、屋敷が騒然とした。
お母様と居間にいた私が何事かと思って廊下へ出てみると、押し寄せる帝国軍の鎧をつけた騎士達の姿が見えた。
そうして戸惑っているうちに私は大勢に囲まれて連行され、表に停めてあった馬車へと押し込むように乗せられる。
助けを求めるように車窓に飛び付くと、沈んだ顔のお父様が近くに立っていた。
「……迎えが来る事を事前にお前に伝えなくて済まなかった……これでもギリギリまでは皇宮入りを延ばしたんだ……どうか分かって欲しい」
「私はどうなるの、お父様!?」
「挙式まで、皇宮で過ごす予定になっている」
「そんなっ!!」
つまり私が純潔と分かったからこそ、晴れて皇宮に引き渡せるというわけなんだっ!
こうなると分かっていたらまだ白状なんてしなかったのにと、後悔しても時すでに遅く、私を乗せた馬車は無情にも走り出した――
窓から顔を出して見ると、遠ざかるジルドア邸と泣きながら走って追いかけてくるお母様の姿が見えた。
あっという間に屋敷と両親が遠ざかっていき、私はショック状態で呆然と馬車に揺られ続ける。
こんな風にいきなり家族に別れの挨拶もする暇もなく連れて行かれるなんて酷いと思った。
やがてしばらく走ったあと馬車は巨大な門をくぐり、広大な庭園の向こう側に黄金に輝く壮麗な宮殿が見えてきた。
メイン宮殿の他にも敷地内にはいくつもの建物や施設が建っており、芸術的に配置された木々や花々、巨大な噴水などが瞳に映る。
ようやく馬車が止まり、開かれた扉の向こうには、出迎えに来てくれたらしいセシリア様が立っていた。
「フィーネ、待っていましたよ」
私は神妙な気分で挨拶する。
「……セシリア様……今日からお世話になります」
さすがに皇妃である彼女に文句は言えない。
そう、文句を言うべき相手はアーウィンなのだ!
「移動で疲れたでしょう? まず部屋で寛ぐといいわ。
後でゆっくりお話しましょうね」
手を握って優しい言葉をかけてくれたあと、セシリア様は横にいた女性に私の案内を頼み、付き添いらしい女性達とその場を去っていく。
その淑女の鏡のような後ろ姿を見送りながら、私はふと考える。
エルファンス兄様と離れているの辛いけど、皇宮に居たほうが色々交渉しやすい面もある。
アーウィンへの説得はもちろんのこと、セシリア様やクリストファーなどにも相談出来るチャンスがあるのだ。
なにせ結婚発表まで時間がない。
リナリー頼りだけではなく、あらゆる努力をしておかなくては……。
どうにか心を奮い起こしつつ、私は案内役の侍女頭の女性の後ろをついていく。
「あの、アーウィン殿下にすぐに会えますか?」
希望を込めて訊いてみた。
とりあえずいきなり連れて来られた文句と、再度婚約解消の話をしたかった。
エルザと名乗った女性はその問いに対し、
「殿下が会いたい時は向こうからいらっしゃるでしょう」
とまるで答えにならない答えを言った。
つまりこちらから呼びつけるのは無理って事か。
まあ、当然かもしれないよね。皇太子様だもん。
「ちなみに、お庭を散歩したりしてもいいんでしょうか?」
せめて全回復していない体力を鍛えたい。
「それは構いません」
せっかくありがたい返事を貰えたので、部屋に着いた早々に公爵家から唯一着いてきた侍女に荷解きを頼み、一人テラスから庭へ出てみる事にした。
飛び出した皇宮庭園はあまりにも広すぎて、すでに庭という次元を越えていた。
うわーっ、迷子になる自信があるかも。
どこまでも続くような敷地を見渡しながら、セイレム様の作った小鳥のお墓ってどこなんだろう?
などど考えていると、
「何着いたばかりでうろうろしてるんだ?」
薔薇園の向こうから白金の髪をなびかせ、颯爽とアーウィンが歩いてくるのが見えた。
「アーウィン!」
「やあ、婚約者殿」
「今日、いきなり皇宮から迎えが来てびっくりしたんだけど!」
私はさっそく抗議に移る
「当前だろう? フィー、俺が結婚するまでの間、お前がエルと同じ屋根の下で暮らすのを認める程、寛大だとでも思っていたのか?」
「……うっ」
たしかに今までの行動を思い出すとそうとは思えない。
そこではっとして、こんな話より婚約解消の話をしなければと口を開きかけたとき――
「悪いが俺は今父上に呼ばれていてな、後でお前の部屋を訪ねてゆっくり可愛がってやるから、それまで待っていろ」
アーウィンとすれ違い、そのまま置いてかれてしまった。
「あ……待って」
慌てて振り返り、追いかけようと走り出した拍子に、
「きゃっ!」
木根につまづきドベリと地面にうつ伏せに倒れ込む。
「痛っ……」
地面に両肘をついて顔を上げると、視界にいかにも高級そうなブーツが映った。
「いい格好だな? まるでヒキ蛙じゃないか?」
見上げると――漆黒の髪に青灰色の瞳と象牙色の肌、冷たい印象の美しく整った顔立ち―-そこに立っていたのはこの国の第二皇子、クリストファー・アリスト・ガウスだった。
「フィーネ、今日まで待った。改めてあの日の答えを訊いてもいいか?」
夕食後、お父様が私の寝室にやって来て、人払いをしてから質問してきた。
最初はアーウィンに婚約解消をして貰うまで、返事を引き延ばして時間稼ぎをするつもりだった。
純潔を失った可能性がある状態なら、ことの発覚を恐れたお父様が限界まで結婚を引き伸ばしてくれると期待していたからだ。
しかしアーウィンが二ヶ月後に挙式すると明言した今、最早それには何の意味もない。
お父様を早く安心させてあげたいし、真実を告白するのに何ら迷いはなかった。
「……私達はまだ肉体的には結ばれておりません……」
「そうか……やはりか。安心したよ。フィー」
ほっとした表情でお父様は頷いた。
ところがその翌日、私は正直に言った事を心から後悔することになる。
エルファンス兄様が出勤して数時間経った正午近く、突然、屋敷が騒然とした。
お母様と居間にいた私が何事かと思って廊下へ出てみると、押し寄せる帝国軍の鎧をつけた騎士達の姿が見えた。
そうして戸惑っているうちに私は大勢に囲まれて連行され、表に停めてあった馬車へと押し込むように乗せられる。
助けを求めるように車窓に飛び付くと、沈んだ顔のお父様が近くに立っていた。
「……迎えが来る事を事前にお前に伝えなくて済まなかった……これでもギリギリまでは皇宮入りを延ばしたんだ……どうか分かって欲しい」
「私はどうなるの、お父様!?」
「挙式まで、皇宮で過ごす予定になっている」
「そんなっ!!」
つまり私が純潔と分かったからこそ、晴れて皇宮に引き渡せるというわけなんだっ!
こうなると分かっていたらまだ白状なんてしなかったのにと、後悔しても時すでに遅く、私を乗せた馬車は無情にも走り出した――
窓から顔を出して見ると、遠ざかるジルドア邸と泣きながら走って追いかけてくるお母様の姿が見えた。
あっという間に屋敷と両親が遠ざかっていき、私はショック状態で呆然と馬車に揺られ続ける。
こんな風にいきなり家族に別れの挨拶もする暇もなく連れて行かれるなんて酷いと思った。
やがてしばらく走ったあと馬車は巨大な門をくぐり、広大な庭園の向こう側に黄金に輝く壮麗な宮殿が見えてきた。
メイン宮殿の他にも敷地内にはいくつもの建物や施設が建っており、芸術的に配置された木々や花々、巨大な噴水などが瞳に映る。
ようやく馬車が止まり、開かれた扉の向こうには、出迎えに来てくれたらしいセシリア様が立っていた。
「フィーネ、待っていましたよ」
私は神妙な気分で挨拶する。
「……セシリア様……今日からお世話になります」
さすがに皇妃である彼女に文句は言えない。
そう、文句を言うべき相手はアーウィンなのだ!
「移動で疲れたでしょう? まず部屋で寛ぐといいわ。
後でゆっくりお話しましょうね」
手を握って優しい言葉をかけてくれたあと、セシリア様は横にいた女性に私の案内を頼み、付き添いらしい女性達とその場を去っていく。
その淑女の鏡のような後ろ姿を見送りながら、私はふと考える。
エルファンス兄様と離れているの辛いけど、皇宮に居たほうが色々交渉しやすい面もある。
アーウィンへの説得はもちろんのこと、セシリア様やクリストファーなどにも相談出来るチャンスがあるのだ。
なにせ結婚発表まで時間がない。
リナリー頼りだけではなく、あらゆる努力をしておかなくては……。
どうにか心を奮い起こしつつ、私は案内役の侍女頭の女性の後ろをついていく。
「あの、アーウィン殿下にすぐに会えますか?」
希望を込めて訊いてみた。
とりあえずいきなり連れて来られた文句と、再度婚約解消の話をしたかった。
エルザと名乗った女性はその問いに対し、
「殿下が会いたい時は向こうからいらっしゃるでしょう」
とまるで答えにならない答えを言った。
つまりこちらから呼びつけるのは無理って事か。
まあ、当然かもしれないよね。皇太子様だもん。
「ちなみに、お庭を散歩したりしてもいいんでしょうか?」
せめて全回復していない体力を鍛えたい。
「それは構いません」
せっかくありがたい返事を貰えたので、部屋に着いた早々に公爵家から唯一着いてきた侍女に荷解きを頼み、一人テラスから庭へ出てみる事にした。
飛び出した皇宮庭園はあまりにも広すぎて、すでに庭という次元を越えていた。
うわーっ、迷子になる自信があるかも。
どこまでも続くような敷地を見渡しながら、セイレム様の作った小鳥のお墓ってどこなんだろう?
などど考えていると、
「何着いたばかりでうろうろしてるんだ?」
薔薇園の向こうから白金の髪をなびかせ、颯爽とアーウィンが歩いてくるのが見えた。
「アーウィン!」
「やあ、婚約者殿」
「今日、いきなり皇宮から迎えが来てびっくりしたんだけど!」
私はさっそく抗議に移る
「当前だろう? フィー、俺が結婚するまでの間、お前がエルと同じ屋根の下で暮らすのを認める程、寛大だとでも思っていたのか?」
「……うっ」
たしかに今までの行動を思い出すとそうとは思えない。
そこではっとして、こんな話より婚約解消の話をしなければと口を開きかけたとき――
「悪いが俺は今父上に呼ばれていてな、後でお前の部屋を訪ねてゆっくり可愛がってやるから、それまで待っていろ」
アーウィンとすれ違い、そのまま置いてかれてしまった。
「あ……待って」
慌てて振り返り、追いかけようと走り出した拍子に、
「きゃっ!」
木根につまづきドベリと地面にうつ伏せに倒れ込む。
「痛っ……」
地面に両肘をついて顔を上げると、視界にいかにも高級そうなブーツが映った。
「いい格好だな? まるでヒキ蛙じゃないか?」
見上げると――漆黒の髪に青灰色の瞳と象牙色の肌、冷たい印象の美しく整った顔立ち―-そこに立っていたのはこの国の第二皇子、クリストファー・アリスト・ガウスだった。
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