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第三章
アーウィンの来訪(前)
しおりを挟む「やあ、フィー、久しぶりだな。二年ぶりか?」
玄関まで出迎えに行ったお母様に伴われ、アーウィンが部屋に入ってきた。
白金の髪と青灰色の瞳に象牙色の肌の彼は、相変わらず絵に描いたような麗しさだった。
さらに二年前に神殿で会った時より背が高くなり、大人びた雰囲気になっている。
「お久しぶりです……アーウィン…殿下」
「ずいぶんと帰りを待ちかねていたぞ、フィー……!
2年ほど見ない間に、また恐ろしく綺麗になったな?」
アーウィンは尊大さの滲む口調で言いながら、大股でベッドまで歩いて来る。
と、いきなり私の髪束の先を指で摘んで、形のいい唇へとへ持っていった。
「あっ……」
「相変わらず怯えた表情だな。さすがの俺も、病み上がりのお前を取って食ったりはしない。安心しろ」
その皮肉気な眼差しと物言いが、二年前の出来事を根に持っていると暗に告げている。
私達のやり取りに不穏な空気を察したらしい、お母様が恐る恐る進言する。
「恐れながら、娘は病み上がりで弱っております。あまりご無体はなされませんよう、お願いいたします……」
「もちろんだとも。未来の妻に対し、最大限度優しくするつもりだ。
それより久しぶりの再会で、積もる話が山ほどある。二人きりにして貰えないか?」
退室を促されたお母様は不安そうな瞳で私達を一瞥し、深々としたお辞儀をしてから去って行った――その背を見送ったあと、再びアーウィンが私に向き直る。
「ふむ、本当に帰ってきたんだな。叔父上とは新婚夫婦みたいに仲睦まじく暮らしている様子だったから、あのまま神殿に永住するのかと思っていた。
まさか女のことぐらいで父上の手を借りる訳には行かず、この上は自分が即位するまでお前に会えないかと思っていたところだ」
嫌味ったらしく言うアーウィンの美しい顔を見上げ、私は今更ながら2年前のことを謝罪する。
「あの時は本当にごめんなさい! せっかく迎えに来てくれたのに……」
「ああ、まったくだ! 今でもあの時の悪夢を見るよ……フィー。
だが、過去の恨み言これぐらいにして、二人の未来の話をしようじゃないか?
出来るだけ早く会いたいという手紙を貰ってどんなに俺が嬉しかったことか」
「……アーウィン殿下!」
私はそこでベッドから転がるように床に降り、アーウィンの足元に跪いた。
アーウィンは眉をひそめる。
「いきなり何のまねだ?」
「……ここに来て頂いたのは他でもありません……あなたにお願いがあったからです」
「お願い?」
「どうか私との婚約を殿下から解消して下さい! お願いします。この通りです!」
床に両手をついて頭を下げる私の頭上で、アーウィンの深い溜め息の音がする。
「……そんなつまらぬことを言うために俺を呼んだのか?」
不愉快げな問いにも怯まず、私はさらに額を床にこすりつけるようにして懇願する。
「お願いします……私にはもうあなたにすがるしか方法がないんです……!」
その時、上から伸びてきた手に、がっ、と顎を掴み上げられる。
強引に顔を上向きにされた私に見下ろすアーウィンの視線が突き刺さる。
「ふーん、そんなにエルが好きなのか?」
「……えっ?」
思わぬ台詞に驚く。
「知っていたの?」
「ああ、ずーっと前からな」
アーウィンは低く呟き、どこか遠くを見つめるような瞳で語り出した。
「幼い頃よりお前にとっての最愛の存在がエルであることは、あの誕生日の夜、エルを探し回っている姿を見るまでもなくとっくに知っていた。
だからこそ母上に頼み、ミーシャとの婚約話を進めてもらったんだ。
万が一、お前が神殿から帰ってきた時に間違いを起こさないようにな。
――と、言っても、それはあくまでも念のためで、俺はまさかエルもお前のことを好きだとは思っていなかった。
少なくとも、ミーシャとの婚約をまぬがれる方便に、公爵位の継承権を返上するまではな――」
アーウィンの口から出た予想以上の事実に私は驚愕する。
まさかエルファンス兄様の婚約話を仕組んだのがアーウィンだったなんて。
「……じゃあ何もかも知っていて、私との婚約を?」
「そうだ。すべて知ったうえで、お前と俺の婚約を確定させた。
俺は欲しい物があったら、誰にも、何にも、遠慮したりはしない主義なんだ」
「そんなっ! 私達の気持ちを分かっているなら、どうしてっ、酷いっ!」
両思いだと知っていながら私達の仲を引き裂くなんてあんまりだ!
アーウィンは鼻で笑う。
「なぁ、フィー、質問なんだが、そこで分かったと引き下がるような甘い人間が、皇帝なんぞになれると思うか?」
「……!?」
「そんな物分りの良さでは、帝国を継いだところで、あっという間に他国に領土を奪われるのが関の山だ」
私は必死に主張した。
「こっ、これは国の問題とは全然違うわ……!」
「違わないさ! 物事の本質はどれも同じだ。
俺が父上に叔父上からお前を取り戻すための助力を仰がなかったのも同じ理由だ。好きな女一つ父親を頼らないと取り戻せないという弱さを見せれば、たちまち軽んじられ、皇太子としての資質を疑われる。
――お前も知っての通り、俺達は双子で、あらゆる能力が拮抗している――いや正しく言うと違うな。実のところすべてに及んでクリストファーの方が優秀だ。
俺達二人が生まれた当初、父上はより優秀な方を皇太子に立てようと考えていた。
ところがクリストファーは俺に遠慮しているのか、自らその競争から降りた。だからと言ってこと更それを有り難がる気も起きないがな。
俺自身、長子に生まれたからといって、自分が皇帝になんぞになりたいのかは疑問だったからな。
そう、俺は実にたくさんの物を生まれながらにして持ちながら、一つとして、自分で望み、手に入れたものなどなかったのさ――ただし、これまでは――」
そこでアーウィンは私の顎をさらにぐいっと持ち上げる。
「今の俺には、喉から手が出る程に、どんな手段を講じても欲しい物がある。
そうだ何を、誰を犠牲にしても!
それが何かわかるかフィー?」
燃えるような瞳で見下ろすアーウィンの気迫に飲まれ、私はぶるぶるとかぶりを振る。
「お前だ! お前だけが生まれて初めて俺が自ら望み、欲したものなんだ。
ゆえにどんなに嫌がられようが、卑劣と言われ様が――俺はお前を必ず手に入れ、一生この手元に置くつもりだ。
そして精いっぱい愛でてやろうじゃないか!
だからそんな無駄なことは止すんだな!
その頭をいかに床に擦り付けようと、俺がお前の頼みをきくことなど絶対にない!」
揺ぎない意志を滲ませた眼差しと声だった。
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