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第三章
愛の証明
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――お兄様と肉体的に結ばれた――
私の告白を聞いて、お父様は目に見えてショックを受けたようだった。
眉間に皺を寄せてしばし宙空を睨んだあと、再び私の顔を見据え、重々しく口を開く。
「フィー、本当に嘘じゃないのか?
これは重大な問題なんだ」
重大?
深刻なお父様の表情に胸に不安が広がっていく。
「実はお前が神殿入りした直後、我が公爵家と皇帝家では、ある約束が取り交わされていた。
それはエルファンスも知ってのことだ」
「約束?」
「ああ、内容はお前が神殿から出た時点、つまり還俗した瞬間、アーウィン殿下との正式な婚約が成立するというものだ」
「アーウィンと」
やはりアーウィンの気持ちはいまだに変わっていなかったんだ。
ある程度は予想していても、はっきり事実をつきけられると動揺してしまう。
「神殿入りした時は、お前が清らかな身だったことは証明されている。
つまりお前の身が汚されたとしたなら、それは神殿から帰って来る道中か、屋敷へ戻ってからということになる。
そうするとエルファンスはお前とアーウィン殿下の婚約が正式に成立していたと知りながら、お前に手を出したことになる。
この意味がわかるか? フィー。
これは反逆罪に当たる」
反逆罪?
「その場合エルファンス兄様はどうなるの?」
「私が上に報告したとたん、投獄される事になる」
「そんな!?」
「それでもお前はエルファンスと結ばれたと言うのか?」
「私は……」
つい先刻までエルファンス兄様との愛の希望で膨らんでいた胸が、急速にしぼんでいく。
「正直、私は酷く後悔している。
いつだかお前がエルファンスと結婚したいと駄々をこねた時に、なぜそれを叶えてやらなかったのかと。
すまなかった、フィー。ずっとお前の片想いだと思っていたんだ。
まさかエルファンスまでもがお前のことを想っていたなんて、想像もしなかった……。
しかし、もうこうなってしまった以上はどうすることも出来ない。
すべては私のミスだ。愚かな私を許して欲しい。そしてお父さんの昔話を聞いて欲しい」
「……昔話……?」
動揺に胸を震わせながら問い返す。
「そうだ。かつて私もお前とエルファンスように、セシリア様と惹かれあっていた」
お父様の口から予想もしない事実が告げられた。
黒い髪と深い青の瞳――私の面差しとそっくりなお父様の顔を改めて眺める。
「交わし合う視線から、セシリア様も同じ気持だと伝わっていた。
だが当時から彼女は皇太子の筆頭婚約者候補。
お前も知っての通り、貴族の結婚は本人の意志など関係ない家同士で決める政略結婚が基本だ。気持ちを伝えたところで結婚できる可能性は薄かった」
そうでなくても皇家との縁談なら断れない。
「彼女もまた私と同じように考えていたのだろう。
お互いの気持ちを心に秘めたまま、セシリア様の皇太子との婚約が成立した。そうして彼女は私にとって決して手折ってはいけない花となった。
それでも私達は口実を見つけては会って一緒に時を過した。その頃の私の頭の中は、彼女を連れて逃げる妄想でいっぱいだった。他の男性のものになった彼女など絶対に見たくなかったからだ。
やがて、とうとうセシリア様の結婚式が近づいてきたある日。
意気地のない私より先にセシリア様が想いを口にした。私を一番愛している。他の男性の元へ嫁ぐのは辛いと――
その時どんなにか『私も愛している』と答えたかったことか――だけど私はそうしなかった。あなたは大切な従兄弟だと伝えるのみに止めた。
どうしてだか分かるかい、フィー?」
私はかぶりを振った。
「本当に彼女を愛していたからだ!
自分よりも彼女を愛していたからだ!
自分の個人的な感情よりも私は彼女の人生の幸福を優先させ、願ったのだ」
そこでお父様は高ぶった感情を収めるように溜め息をついた。
「私がセシリア様との駆け落ちを踏みとどまった理由はそれだけではない。
前例を知っていた――という部分も大きかった」
「前例?」
「ああ、先代の皇帝の婚約者とある伯爵家の次男が駆け落ちした事件があり、その顛末を親から聞いて知っていたからだ。
フィーネ、この二人はどうなったと思う?」
私は血の気が引く思いで、小刻みに震えながら聞き返した。
「どうなったの?」
私の告白を聞いて、お父様は目に見えてショックを受けたようだった。
眉間に皺を寄せてしばし宙空を睨んだあと、再び私の顔を見据え、重々しく口を開く。
「フィー、本当に嘘じゃないのか?
これは重大な問題なんだ」
重大?
深刻なお父様の表情に胸に不安が広がっていく。
「実はお前が神殿入りした直後、我が公爵家と皇帝家では、ある約束が取り交わされていた。
それはエルファンスも知ってのことだ」
「約束?」
「ああ、内容はお前が神殿から出た時点、つまり還俗した瞬間、アーウィン殿下との正式な婚約が成立するというものだ」
「アーウィンと」
やはりアーウィンの気持ちはいまだに変わっていなかったんだ。
ある程度は予想していても、はっきり事実をつきけられると動揺してしまう。
「神殿入りした時は、お前が清らかな身だったことは証明されている。
つまりお前の身が汚されたとしたなら、それは神殿から帰って来る道中か、屋敷へ戻ってからということになる。
そうするとエルファンスはお前とアーウィン殿下の婚約が正式に成立していたと知りながら、お前に手を出したことになる。
この意味がわかるか? フィー。
これは反逆罪に当たる」
反逆罪?
「その場合エルファンス兄様はどうなるの?」
「私が上に報告したとたん、投獄される事になる」
「そんな!?」
「それでもお前はエルファンスと結ばれたと言うのか?」
「私は……」
つい先刻までエルファンス兄様との愛の希望で膨らんでいた胸が、急速にしぼんでいく。
「正直、私は酷く後悔している。
いつだかお前がエルファンスと結婚したいと駄々をこねた時に、なぜそれを叶えてやらなかったのかと。
すまなかった、フィー。ずっとお前の片想いだと思っていたんだ。
まさかエルファンスまでもがお前のことを想っていたなんて、想像もしなかった……。
しかし、もうこうなってしまった以上はどうすることも出来ない。
すべては私のミスだ。愚かな私を許して欲しい。そしてお父さんの昔話を聞いて欲しい」
「……昔話……?」
動揺に胸を震わせながら問い返す。
「そうだ。かつて私もお前とエルファンスように、セシリア様と惹かれあっていた」
お父様の口から予想もしない事実が告げられた。
黒い髪と深い青の瞳――私の面差しとそっくりなお父様の顔を改めて眺める。
「交わし合う視線から、セシリア様も同じ気持だと伝わっていた。
だが当時から彼女は皇太子の筆頭婚約者候補。
お前も知っての通り、貴族の結婚は本人の意志など関係ない家同士で決める政略結婚が基本だ。気持ちを伝えたところで結婚できる可能性は薄かった」
そうでなくても皇家との縁談なら断れない。
「彼女もまた私と同じように考えていたのだろう。
お互いの気持ちを心に秘めたまま、セシリア様の皇太子との婚約が成立した。そうして彼女は私にとって決して手折ってはいけない花となった。
それでも私達は口実を見つけては会って一緒に時を過した。その頃の私の頭の中は、彼女を連れて逃げる妄想でいっぱいだった。他の男性のものになった彼女など絶対に見たくなかったからだ。
やがて、とうとうセシリア様の結婚式が近づいてきたある日。
意気地のない私より先にセシリア様が想いを口にした。私を一番愛している。他の男性の元へ嫁ぐのは辛いと――
その時どんなにか『私も愛している』と答えたかったことか――だけど私はそうしなかった。あなたは大切な従兄弟だと伝えるのみに止めた。
どうしてだか分かるかい、フィー?」
私はかぶりを振った。
「本当に彼女を愛していたからだ!
自分よりも彼女を愛していたからだ!
自分の個人的な感情よりも私は彼女の人生の幸福を優先させ、願ったのだ」
そこでお父様は高ぶった感情を収めるように溜め息をついた。
「私がセシリア様との駆け落ちを踏みとどまった理由はそれだけではない。
前例を知っていた――という部分も大きかった」
「前例?」
「ああ、先代の皇帝の婚約者とある伯爵家の次男が駆け落ちした事件があり、その顛末を親から聞いて知っていたからだ。
フィーネ、この二人はどうなったと思う?」
私は血の気が引く思いで、小刻みに震えながら聞き返した。
「どうなったの?」
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