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第三章

長き別れ

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「ふふ」

 そこで急に脱力したようにセイレム様が乾いた笑声を上げた。

「冗談ですよ。残念ながら今の私にはそのような余力は残されていません。
 さあ、どうか抱き合うなら、公爵家に戻ってからにして下さい」

 力が残されていないのは私にずっと生気を与え続けたせいだ。
 そう思った瞬間、胸が罪悪感で満たされて苦しくなる。

 この4年間というもの、セイレム様には散々お世話になってきた。
 それなのにこのままあっさりとエルファンス兄様と立ち去るなんて真似は私には出来ない――!

「お願い、お兄様、先に行って待ってて……。
 最後にセイレム様と二人きりで話したいの」

 お願いすると、エルファンス兄様は一瞬躊躇したように眉根を寄せたあと、

「……わかった」

 苦々しく呟き、マントを広げて出口の方へと向かっていった。

 その背を見送ったあと、私はそろそろとベッドから床に降り、おぼつかない足取りでセイレム様に近づいていく。

「セイレム様……私」

「失敗しました」

「え?」

「あなたを4年間も育てるんじゃなかった。
 私は一人の女性としてあなたを愛すると同時に、父親が娘を思うような感情が芽生えてしまった……。
 そうでなければ魂が入ってないただの器のままであっても、決してあなたを手放したりはしなかったでしょう」

「セイレム様」

「ふふ、そんな顔をしないで下さい。私はあなたの笑顔が大好きなんですから。
 実際これまで生きてきた中で、魂の入っていないあなたの器を見つめ続けた、この一週間ほど虚しい時間はありませんでしたからね。
 さようならは言いません、フィー。
 私はいつまでもここで永遠にあなたを想い続けて待っていますから。そのことだけは忘れないで下さい。
 そして困ったことがあればいつでも私を呼んで下さい。
 すぐにあなたの元へ飛んでいってみせますから」

 深い愛情の伝わるセイレム様の言葉を聞きながら、私の胸の内にこの4年間の様々な思い出が去来する――
 二人で神殿の中庭を歩いたり、屋上や物見の塔に上り、一緒に見た景色。
 たくさん交わした会話と、厳しい修行。
 降るような星の下、自覚したセイレム様への想い。
 激しい愛の告白をされ、強く応えたいと願いながらも、エルファンス兄様への愛ゆえに死を選んだ夜――

 まるで生身を引き裂かれるような辛い別れだった――

「ごめんなさい……私……セイレム様に、たくさん、酷いことを……」

 言いかける私の唇にセイレム様の指先がそっと触れる。

「なぜ謝るのです? ずっとあなたを閉じ込めて、酷いことをしていたのは私なのに……。
 謝罪すべきは私の方です」

 セイレム様はそう言うけど、他の人にとってはどうであれ私にとって酷いことではなかった。
 前世の私は大好きな人に、ずっと閉じ込められて愛されるのが夢だったのだから。
 ――セイレム様には言えないけどね。

「恨んでなんかいません」

 一言言って、別れを惜しむようにセイレム様に抱きつき、その胸に顔を埋める。

「さあ、エルファンスの元へ歩いていけるように、もう少しだけ生気を分けてあげましょう」

「私、一生忘れません……! セイレム様と過ごしたこの四年間のこと。どんなに幸せを貰ったか……それなのに何も返せなくてごめんなさい。言葉に尽くせないぐらい感謝しています。 今までありがとうございました!」

 大量の涙で視界がかすんでセイレム様の顔が見えなくなる。
 そんな私の頭を優しく撫でてから、両肩を掴んで身を離し、優しく諭しつけるようにセイレム様が言う。

「さあ、フィー。私の気が変わらないうちにもう行きなさい」

 コクコクと頷き、最後に大好きな青銀の髪と水色の瞳を少し見つめてから、私はセイレム様に背を向け、出口へ向かって走って行った。
 別れの辛さが涙となって溢れて止まらなかった。


 エルファンス兄様はエントランスの大扉にもたれ、腕組みしながら私を待っていた。

「ずいぶん時間がかかったな。
 そんなに別れ難い相手なのか?」

 あきらかに怒りを含んだその低い声音に、私はビクンとして立ち止まる。
 恐る恐る、エルファンス兄様の顔を見てみると、深い青の瞳は凍てつくようだった。

 うわっ。
 物凄く怒ってる!

「……そっそれは……っ」

 説明に困り、言い淀みつつ、まるで浮気がバレたような恐怖と混乱が頭を支配していた――。
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