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第二章
エルファンス兄様への距離
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パチン、と抵抗のために私が放った光の壁は、セイレム様に一瞬で弾け壊される。
「あなたはもう16歳になったんでしたね……覚えてますか? 以前私が言ったことを?
約束通り肉体を繋げて、私のことしか考えられないようにしてあげます!
もうここから出て行きたいなんて台詞が、二度とその口から吐かれないように!」
宣言するとセイレム様は乱暴に私の衣服を脱がし始める。
はだけられた胸元に長い青銀の髪がこぼれ落ちてきた。
「いやっ……セイレム様、お願いです……それだけは、それだけは嫌です。許して下さい……!」
弱りきった私は涙を流し、無力にお願いするしか手段がなかった。
「嫌だなんて嘘だ!
私は誰よりもあなたを深く知り理解している!
この数年間というもの、かけがえのない時を二人で過ごし、すでにあなたはエルファンスよりも私をより深く愛しているはずだ!
もう自分の気持ちを受け入れて楽になるべきだ……私が、今、あなたを救ってあげます……!」
「違います! 私が一番愛しているのは!」
セイレム様の言葉を否定して、大好きなエルファンス兄様の顔を思い浮かべようとしたのに――
なぜか、その面影が酷く遠い。
深い青の瞳と銀色の髪を持つあの人の顔を思い描こうにも、その輪郭はぼやけたまま。
私は、私は――。
目の前にある美しい顔を私は絶望的な思いで見つめる。
セイレム様を……愛してる!
この人の愛を、強く求めている。
私はついに涙を流しながら心の中で自分の感情を初めて言葉にして認めた。
だって、今世の私ではなく、前世の駄目過ぎる私を誰よりも理解し、それでも愛してくれる。
この人を愛し返さないなんて不可能だ!
今はまだエルファンス兄様への愛が勝っている。
でも、これ以上一緒にいれば、私は確実にセイレム様をより深く愛してしまう。
そんな未来など絶対に見たくないのに、こうしてセイレム様から逃れることもできない!
いったい私はどうしたらいいの?
いっそ苦しみから逃れるために、全部受け入れてしまいたい。
前世の私が憧れたように、狂ったようなこの人の愛に閉じ込められたい。
何も考えられないほど、愛し壊されてしまいたい。
そう思う反面、そんな自分は絶対に受け入れられない自分がいる。
そんな自分を死んでも見たくない自分がいる!
心がまっ二つに引き裂かれたようだった。
「どうしたんですか? 否定できないんですか?
もしもそうであってもなんら恥じる必要はない。あなたのお兄様も結局は婚約を受け入れた。
人の気持ちは変わってしまう。それは紛れもない事実なんです」
その真実の鋭い切っ先は何よりも私の心に深く突き刺さる。
口ごもる私の様子に肯定と受け取ったのか、セイレム様が着ているローブを脱ぎ捨て、私の上に覆い被さって肌を重ねてくる。
「愛してます……フィーネ。あなたを一生離しません……!」
その感触に、温もりに、いっそ嫌悪感を抱くことができたら救われたのに。
真逆の感情が私の体温を無情にも上げてゆく。
思えば私はこの世界に来てからずっと死ばかりを恐れてきた。
だけど今の私には分かる。
この世には死ぬより辛いことがあるのだと――
このまま誓いを破ってエルファンス兄様を裏切る自分は見たくない。
変わってしまったお兄様も見たくない。
それを見ないといけないぐらいなら、未来なんか、命なんていらないと――
そう、強く願った瞬間。
急にわかってしまった。
自分の取るべき選択、運命が――
とたんに嘘みたいにずっと苦しかった胸の内がスッと楽になっていく。
覚悟を決めた私は顔を上げ、初めて自分からセイレム様と唇を重ねる。
「そうです……愛してます。セイレム様……」
涙が後から後から流れてくる。
「やっと認めてくれたんですね。フィーネ……!」
感激にまみれた声でセイレム様が私の身体をかき抱く。
だけど最期の告白を終えた私はその腕の中で――
いつかドラマや小説の中で見た時には絶対できないと思った――自分の舌を歯で噛み切る、という行為に、奇跡的に成功していた――
同時に、あらかじめ自分の胸に当てて置いた手に、今まで修行で高めてきた魔力のありったけを込めてぶつける。
そうして私は、私の心臓を、完全に、止めた――
こんな凄いことは、前世の意気地なしの私だけでは出来る訳がない。
きっと今世のフィーネとしての意識が後押ししてくれたんだろう。
セイレム様は一瞬遅れで異変に気がつき――ゴボゴボと口から血を吹き出させる私を見て、絶叫した。
ごめんなさい、セイレム様。
ここまでしないと、あなたを求める気持ちが止められなかった。
私はどうしてもエルファンス兄様を裏切りたくないの。
もしも舌を噛み切っていなければ、私はこのまま、身体も心もあなた受け入れいてただろう。
残念ながら私の命は19歳までもたなかった。
でも私の一番の望みと大切な約束は守られた。
だからこれでいい……。
永遠にエルファンス兄様を一番愛している状態のままでいられるのだから――
結局、私は生まれ変わっても一つも変わることができなかった。
流されやすくて、心も弱いまま……。
いくら見た目が変わってもどうにもならなかくて、せっかく神様がくれたチャンスをフイにしてしまった。
だけど前世の私と大きく違うのは、この胸の中にたくさんの思い出があること。
友達も愛してくれる家族もいなかった、あの何も持たなかった頃の私とは違う。
そして自分だけしか愛さなかった私とも。
エルファンス兄様に愛され、セイレム様にも愛され。
心の中に大切な人への愛を抱いて死ねる今世の私は、凄く幸せだ。
だから泣かないで、セイレム様。
またあなたが愛せる別の人と出会えますように――
最後に酷い苦しみを与えてごめんなさい。
この4年間は、今まで生きてきた中で一番幸せでした。
ありがとう、さようなら。
――そうしてだんだん大好きなセイレム様の顔がかすんで見えなくなり……。
私の意識はひたすら底へ底へと沈んでいった。
やがてその果てに近いところで、やっと私は――
銀色の髪に深い青の瞳の、愛しいエルファンス兄様の顔をはっきり見る事が出来た。
お兄様、そこにいたのね。
やっと会えた。
ずっと会いたかった……。
今傍に飛んで行くからね……。
「あなたはもう16歳になったんでしたね……覚えてますか? 以前私が言ったことを?
約束通り肉体を繋げて、私のことしか考えられないようにしてあげます!
もうここから出て行きたいなんて台詞が、二度とその口から吐かれないように!」
宣言するとセイレム様は乱暴に私の衣服を脱がし始める。
はだけられた胸元に長い青銀の髪がこぼれ落ちてきた。
「いやっ……セイレム様、お願いです……それだけは、それだけは嫌です。許して下さい……!」
弱りきった私は涙を流し、無力にお願いするしか手段がなかった。
「嫌だなんて嘘だ!
私は誰よりもあなたを深く知り理解している!
この数年間というもの、かけがえのない時を二人で過ごし、すでにあなたはエルファンスよりも私をより深く愛しているはずだ!
もう自分の気持ちを受け入れて楽になるべきだ……私が、今、あなたを救ってあげます……!」
「違います! 私が一番愛しているのは!」
セイレム様の言葉を否定して、大好きなエルファンス兄様の顔を思い浮かべようとしたのに――
なぜか、その面影が酷く遠い。
深い青の瞳と銀色の髪を持つあの人の顔を思い描こうにも、その輪郭はぼやけたまま。
私は、私は――。
目の前にある美しい顔を私は絶望的な思いで見つめる。
セイレム様を……愛してる!
この人の愛を、強く求めている。
私はついに涙を流しながら心の中で自分の感情を初めて言葉にして認めた。
だって、今世の私ではなく、前世の駄目過ぎる私を誰よりも理解し、それでも愛してくれる。
この人を愛し返さないなんて不可能だ!
今はまだエルファンス兄様への愛が勝っている。
でも、これ以上一緒にいれば、私は確実にセイレム様をより深く愛してしまう。
そんな未来など絶対に見たくないのに、こうしてセイレム様から逃れることもできない!
いったい私はどうしたらいいの?
いっそ苦しみから逃れるために、全部受け入れてしまいたい。
前世の私が憧れたように、狂ったようなこの人の愛に閉じ込められたい。
何も考えられないほど、愛し壊されてしまいたい。
そう思う反面、そんな自分は絶対に受け入れられない自分がいる。
そんな自分を死んでも見たくない自分がいる!
心がまっ二つに引き裂かれたようだった。
「どうしたんですか? 否定できないんですか?
もしもそうであってもなんら恥じる必要はない。あなたのお兄様も結局は婚約を受け入れた。
人の気持ちは変わってしまう。それは紛れもない事実なんです」
その真実の鋭い切っ先は何よりも私の心に深く突き刺さる。
口ごもる私の様子に肯定と受け取ったのか、セイレム様が着ているローブを脱ぎ捨て、私の上に覆い被さって肌を重ねてくる。
「愛してます……フィーネ。あなたを一生離しません……!」
その感触に、温もりに、いっそ嫌悪感を抱くことができたら救われたのに。
真逆の感情が私の体温を無情にも上げてゆく。
思えば私はこの世界に来てからずっと死ばかりを恐れてきた。
だけど今の私には分かる。
この世には死ぬより辛いことがあるのだと――
このまま誓いを破ってエルファンス兄様を裏切る自分は見たくない。
変わってしまったお兄様も見たくない。
それを見ないといけないぐらいなら、未来なんか、命なんていらないと――
そう、強く願った瞬間。
急にわかってしまった。
自分の取るべき選択、運命が――
とたんに嘘みたいにずっと苦しかった胸の内がスッと楽になっていく。
覚悟を決めた私は顔を上げ、初めて自分からセイレム様と唇を重ねる。
「そうです……愛してます。セイレム様……」
涙が後から後から流れてくる。
「やっと認めてくれたんですね。フィーネ……!」
感激にまみれた声でセイレム様が私の身体をかき抱く。
だけど最期の告白を終えた私はその腕の中で――
いつかドラマや小説の中で見た時には絶対できないと思った――自分の舌を歯で噛み切る、という行為に、奇跡的に成功していた――
同時に、あらかじめ自分の胸に当てて置いた手に、今まで修行で高めてきた魔力のありったけを込めてぶつける。
そうして私は、私の心臓を、完全に、止めた――
こんな凄いことは、前世の意気地なしの私だけでは出来る訳がない。
きっと今世のフィーネとしての意識が後押ししてくれたんだろう。
セイレム様は一瞬遅れで異変に気がつき――ゴボゴボと口から血を吹き出させる私を見て、絶叫した。
ごめんなさい、セイレム様。
ここまでしないと、あなたを求める気持ちが止められなかった。
私はどうしてもエルファンス兄様を裏切りたくないの。
もしも舌を噛み切っていなければ、私はこのまま、身体も心もあなた受け入れいてただろう。
残念ながら私の命は19歳までもたなかった。
でも私の一番の望みと大切な約束は守られた。
だからこれでいい……。
永遠にエルファンス兄様を一番愛している状態のままでいられるのだから――
結局、私は生まれ変わっても一つも変わることができなかった。
流されやすくて、心も弱いまま……。
いくら見た目が変わってもどうにもならなかくて、せっかく神様がくれたチャンスをフイにしてしまった。
だけど前世の私と大きく違うのは、この胸の中にたくさんの思い出があること。
友達も愛してくれる家族もいなかった、あの何も持たなかった頃の私とは違う。
そして自分だけしか愛さなかった私とも。
エルファンス兄様に愛され、セイレム様にも愛され。
心の中に大切な人への愛を抱いて死ねる今世の私は、凄く幸せだ。
だから泣かないで、セイレム様。
またあなたが愛せる別の人と出会えますように――
最後に酷い苦しみを与えてごめんなさい。
この4年間は、今まで生きてきた中で一番幸せでした。
ありがとう、さようなら。
――そうしてだんだん大好きなセイレム様の顔がかすんで見えなくなり……。
私の意識はひたすら底へ底へと沈んでいった。
やがてその果てに近いところで、やっと私は――
銀色の髪に深い青の瞳の、愛しいエルファンス兄様の顔をはっきり見る事が出来た。
お兄様、そこにいたのね。
やっと会えた。
ずっと会いたかった……。
今傍に飛んで行くからね……。
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