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第二章
フィーネの決意
しおりを挟む「ああ、それは申し訳ないけど断わっておいて下さい」
セイレム様は振り返りもせずに答えた。
「えぇ?」
よほどその答えが意外だったのか、エルノア様が驚いたような声を上げる。
「私には他に優先させなければいけないことがありますので」
言いながらセイレム様は私に微笑みかけてきた。
あ、なんだろう。
今、凄く嬉しいと感じたかも!
そうして二人で並んで歩いて行き――最後に辿りついたのは、磨き抜かれた床の上に、書類が山積みにされている大きな机が置かれた一室。
「ここが私の執務室です。
――はぁっ……また書類がたくさん溜まっていますね。
なるべく急いで片付けますから、フィーはそこの椅子に腰かけて、本でも読んでいて下さい」
私はキョロキョロと室内を見回す。
この部屋「恋プリ」ゲーム内に思い切りて出ていたかも!
今更ながら、前世セイレム様ファンだった私の血が騒いでくる。
折角の機会なので机に椅子を寄せて、近くで書類に印章を押しているセイレム様の姿をじっくり観察することにした。
「私の顔に何かついていますか? と、いうか、今日はどうしてそんなにジロジロ見るんですか?」
セイレム様が照れたように苦笑する。
「いえ、別に!」
たしか出会った頃にも、こういう会話をしたような気がする。
そのまましばらく仕事をする麗しいセイレム様の姿を堪能したあと、私はおもむろに口を開いた。
「ねえ、セイレム様……」
「なんですか?」
「私、思ったんですけど、修行がしたいです!」
「え?」
私の意外な発言にセイレム様はいったん手を止め、書類から顔を上げ、
「急に、どうしたんですか? フィー。勉強嫌いのあなたがそんなことを言うなんて」
心底驚いたような眼差しを向けてくる。
「――だって、皆さん、私が修行していると思っているみたいだし、私には聖女の資質があるんですよね?」
「ええ、ありますよ。そういえばまだ力を封印したままでしたね」
私は今回のロザリー様の一件でつくづく思い知ったのだ。
殺されそうになってもまともに抵抗すらできない、こんな無力な私のままでは駄目だと。
エルファンス兄様とずっと一緒にいるためにも、死なないように少しは自分の身を守れるようにならなくちゃ!
「だったら、それを磨きたいんです。
それでセイレム様が危機にあったら今度は私が助けてあげます!」
それにして貰ってばかりのセイレム様にも、何かお返ししたい気持ちでいっぱいだった。
「非常に嬉しいですが、いったいどうしたんですか?」
「今回の出来事で自分の無力さが身に染みたんです」
私はしみじみ呟く。
「たしかに今回の件は辛かったでしょうね――今後はこうして私が片時もそばから離れずにあなたの身を守りますが……一応念のために、回復術以外に防御術の方もマスターしておいた方がいいかもしれませんね」
セイレム様も繊細な指を自身の顎に絡めつつ、私の希望に同意した。
――かくして、翌日から、さっそく聖女修行が再開されることとなった――
と、言っても私は相変わらず劣等生で、飲み込みも要領も悪かった。
そんな私に対し、セイレム様は笑顔でスパルタ式の指導を加える。
「さあもう一回意識を手に集中して、イメージしながら光の盾を作るのです!
成功するまで、今夜は食事抜きです!」
生き生きと私をしごくその姿はどう見ても、楽しんでいるようにしか見えなかった……。
そうして私達は元の師匠と弟子の関係に戻り、再び穏やかな日々が始まった。
もちろんセイレム様との関係が良好になろうとも、私の決意は揺るがない。
何があっても、少なくとも19歳になったら、這ってでも神殿を出て、エルファンス兄様の元へ帰ってみせる!
けれど今の私は逃げるのではなく、きちんとセイレム様に分かって貰った上で、神殿を出たいと思っていた。
甘い考えかもしれないけど、少なくとも鋼鉄の扉を破壊するよりも、そのほうが現実的なはずだから。
何より時間はたっぷりあるし、根気よく気持ちを伝えれば、きっといつかセイレム様は分かってくれるはず。
差し当たってはまず――
「うなじにキスとかいきなり止めて下さいね!」
「え?」
過度のスキンシップをやめてもらうようにお願いしなきゃ――
エルファンス兄様に悪いのと、喪女には刺激が強すぎて心臓にも悪いから……。
やがて最奥殿でのセイレム様との共同生活にも慣れていき、大聖女修行も順調とは言えないまでも進行していった。
私達の絆は命の危機を経たせいか、以前より深まったようだった。
もちろん折にまぜて私とエルファンス兄様の話をすることも忘れなかった。
嫉妬されつつもじょじょに理解して貰えているような手応えもあった――
そんな充実した日々を繰り返しているうちに私は15歳になり、気がつくと16歳の誕生日が目前に迫っていた――
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