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第二章
フィーネとエルファンス(後)
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「媚薬、入れたのに、飲まなかったのね。
あーあ……今夜こそ、求めて貰えると思ったのに……」
「出て行けよ。お前みたいな子供の相手をするわけがないだろ」
「もう子供じゃないわ……それに花の命は短くて、咲いたあとはすぐ実となって腐り落ちてしまう。
私は美しいうちに、醜く腐る前にこの世から消えないといけないの。
だからそれまでに人生を一刻も無駄にせず、余す事なく楽しみたいの!」
私は本気でそんなことを考えているような早熟な破滅型の少女だった。
「俺と楽しんだら、お前の大好きな双子の皇子と結婚出来なくなるぞ?」
「別にそんなのどっちでもいいわ。私、お兄様となら墜ちてもいいわ、どこまでも……地獄までも……」
「俺をお前の地獄に巻き込むのは止せ……!」
そう言うエルファンス兄様の顔はとても苦しそうだった。
「抱くのは嫌でもキスぐらいしてくれない?
もししてくれないならこの場で悲鳴をあげて、エル兄様に襲われたって嘘をつくわ!」
苦々しい顔でエルファンス兄様は私にキスをすると――すぐに突き放した。
「もう、いいだろう!」
そしてまた場面が変わり、私は早朝の雨降りの中、中庭の東屋にいるエルファンス兄様の元へと近づいていった。
その日はちょうど、グリフィスの命日だった。
「……今日も雨なのね。涙雨なのかしら……」
「フィーネ……あっちへ行ってくれ……」
だけど私はその場を去らなかった。
幼い頃から私は人の言うことなどきいた試しがないのだ。
「一緒にいたいの」
「お前がそんなことを言うのは、俺だけにじゃないだろう……?」
エルファンス兄様が皮肉をこめて言う。
「だってしょうがないじゃない。エル兄様は魔導省の仕事で忙しくて、私の相手を全然してくれないんだもの。双子に構うぐらいしか暇つぶし方法がないのよ。
でも安心して、二人に関しても別にどちらがより好きとかはないのよ。
なぜならどちらでも同じだもの。エル兄様以外なら……。ねぇ、エル兄様はどうしたら、私を求めてくれるの?」
「……お前が生まれ変わって全く別人にでもならない限り、それは無理だろうな」
「じゃあなるべく綺麗なうちに早く死ぬわね。そうして生まれ変わったら、お兄様と結婚して貰う」
「馬鹿なことを言うな……」
「どこへ行くの?」
「……もう仕事に行く時間だ……」
「うふふ……行ってらっしゃい……さようなら」
エルファンス兄様を見送ったあとも、私は一人で東屋に留まり、雨に沈む風景を見つめていた。
――そこに雷が落ちた――
「きゃぁっ……!」
悲鳴をあげながら長い夢から覚めると、そこは最奥殿にあるベッドの上。
どうやらエルファンス兄様のことを考えながら眠ったせいで、過去の夢を見ていたらしい。
呼吸を落ち着かせながら夢の内容を反芻し、今まで前世の意識が強すぎて表層に出なかった今世の自分の心の真実を思う。
そうだったんだ。私が一番エルファンス兄様につきまとっていたのは、誰よりも好きだったから。
いくら毒にまみれた性格でも、その愛情だけは純粋で本物だった。
だからどんな冷たくあしらわれても決して傍を離れようとはしなかった。
ただ一緒にいたかったから……!
――そんな日々を送っていたのに、私は雷に打たれたあと屋敷でエルファンス兄様を避けるようになった。
今までどんな時もお兄様の傍から離れなかった私が避けるようになったんだ。
『そうか、わかった! これはお得意の悪趣味な冗談、演技なんだろう? いくらなんでもここまで人が変わるわけないものな』
エルファンス兄様はフィーネが本心から避けていると、認めたくなかった?
『今まで散々人を振り回しておいて、ただ放っておいて下さいだ? ずいぶん虫のいい話だな……』
お兄様はフィーネがつきまとわなくなった事を寂しく思っていた?
そうやって様々な記憶を一つ一つ紐解いていくと、たった一つの真実に辿りつく……。
お兄様だけが毒のような私であっても愛してくれていたのだと。
それは異性としてか家族としてかは分からなかったけれど――
私にはエルファンス兄様もずっとフィーネに惹かれていたように思えた。
だけど毒のような部分が受け入れがたく、それを認めたくなかったのだ。
「恋プリ」のゲーム内で「1万回劫火に焼かれても」と大げさに否定した理由もそうだ。
本当に何とも思っていないなら、お兄様の性格上、もっと簡単な言葉で否定した気がする。
そうして――
『待っている』
最後に向けられたあの眼差し。
あの瞬間、幼い頃からずっと一緒にいた私たちが初めて離れ離れになったんだ。
私はお兄様の心を思って枕に顔を埋めて泣いた。
今のお兄様は一人ぼっちなんだ。
いつもそばにいた唯一の存在である私がいないのだから。
こんな風に夢でエルファンス兄様との思い出を見せたのは、前世の記憶を取り戻す前の私、今世のフィーネの意志なのかもしれない。
セイレム様の言葉に心を揺らされる私に、エルファンス兄様は想う気持ちは本物だと思い出させたかった。
そして何より――
『そうして生まれ変わったら、お兄様と結婚して貰う』
フィーネのそんな想いが、雷に打たれる運命を呼んだのかもしれない――
そうだ。簡単な想いなんかではなかった。
『小さい頃からあなただけを、あなただけを見つめてきたの……!
血の雨の中を歩いてでも、この手を鮮血で染め上げても、私はあなたへと辿りつきたかった。
エルファンス兄様、何をしても人を殺してでも、地獄に落ちてもあなたが欲しかった』
私は「恋プリ」の断罪のイベントで、フィーネがエルファンス兄様に最期に訴えた台詞を思い出す。
そう、私のお兄様への想いは血の雨の中を歩いてでも叶えたいほどに深いものだった。
その気持ちをはっきりと意識した今、とても一生ここになんていられない。
なんとしても帰らなくちゃ!
このままお兄様を一人にしておけないし、伝えたい想いもたくさんある。
私は改めてこの神殿から出ることを――必ずエルファンス兄様の元へ帰ることを、強く強く決意した――
あーあ……今夜こそ、求めて貰えると思ったのに……」
「出て行けよ。お前みたいな子供の相手をするわけがないだろ」
「もう子供じゃないわ……それに花の命は短くて、咲いたあとはすぐ実となって腐り落ちてしまう。
私は美しいうちに、醜く腐る前にこの世から消えないといけないの。
だからそれまでに人生を一刻も無駄にせず、余す事なく楽しみたいの!」
私は本気でそんなことを考えているような早熟な破滅型の少女だった。
「俺と楽しんだら、お前の大好きな双子の皇子と結婚出来なくなるぞ?」
「別にそんなのどっちでもいいわ。私、お兄様となら墜ちてもいいわ、どこまでも……地獄までも……」
「俺をお前の地獄に巻き込むのは止せ……!」
そう言うエルファンス兄様の顔はとても苦しそうだった。
「抱くのは嫌でもキスぐらいしてくれない?
もししてくれないならこの場で悲鳴をあげて、エル兄様に襲われたって嘘をつくわ!」
苦々しい顔でエルファンス兄様は私にキスをすると――すぐに突き放した。
「もう、いいだろう!」
そしてまた場面が変わり、私は早朝の雨降りの中、中庭の東屋にいるエルファンス兄様の元へと近づいていった。
その日はちょうど、グリフィスの命日だった。
「……今日も雨なのね。涙雨なのかしら……」
「フィーネ……あっちへ行ってくれ……」
だけど私はその場を去らなかった。
幼い頃から私は人の言うことなどきいた試しがないのだ。
「一緒にいたいの」
「お前がそんなことを言うのは、俺だけにじゃないだろう……?」
エルファンス兄様が皮肉をこめて言う。
「だってしょうがないじゃない。エル兄様は魔導省の仕事で忙しくて、私の相手を全然してくれないんだもの。双子に構うぐらいしか暇つぶし方法がないのよ。
でも安心して、二人に関しても別にどちらがより好きとかはないのよ。
なぜならどちらでも同じだもの。エル兄様以外なら……。ねぇ、エル兄様はどうしたら、私を求めてくれるの?」
「……お前が生まれ変わって全く別人にでもならない限り、それは無理だろうな」
「じゃあなるべく綺麗なうちに早く死ぬわね。そうして生まれ変わったら、お兄様と結婚して貰う」
「馬鹿なことを言うな……」
「どこへ行くの?」
「……もう仕事に行く時間だ……」
「うふふ……行ってらっしゃい……さようなら」
エルファンス兄様を見送ったあとも、私は一人で東屋に留まり、雨に沈む風景を見つめていた。
――そこに雷が落ちた――
「きゃぁっ……!」
悲鳴をあげながら長い夢から覚めると、そこは最奥殿にあるベッドの上。
どうやらエルファンス兄様のことを考えながら眠ったせいで、過去の夢を見ていたらしい。
呼吸を落ち着かせながら夢の内容を反芻し、今まで前世の意識が強すぎて表層に出なかった今世の自分の心の真実を思う。
そうだったんだ。私が一番エルファンス兄様につきまとっていたのは、誰よりも好きだったから。
いくら毒にまみれた性格でも、その愛情だけは純粋で本物だった。
だからどんな冷たくあしらわれても決して傍を離れようとはしなかった。
ただ一緒にいたかったから……!
――そんな日々を送っていたのに、私は雷に打たれたあと屋敷でエルファンス兄様を避けるようになった。
今までどんな時もお兄様の傍から離れなかった私が避けるようになったんだ。
『そうか、わかった! これはお得意の悪趣味な冗談、演技なんだろう? いくらなんでもここまで人が変わるわけないものな』
エルファンス兄様はフィーネが本心から避けていると、認めたくなかった?
『今まで散々人を振り回しておいて、ただ放っておいて下さいだ? ずいぶん虫のいい話だな……』
お兄様はフィーネがつきまとわなくなった事を寂しく思っていた?
そうやって様々な記憶を一つ一つ紐解いていくと、たった一つの真実に辿りつく……。
お兄様だけが毒のような私であっても愛してくれていたのだと。
それは異性としてか家族としてかは分からなかったけれど――
私にはエルファンス兄様もずっとフィーネに惹かれていたように思えた。
だけど毒のような部分が受け入れがたく、それを認めたくなかったのだ。
「恋プリ」のゲーム内で「1万回劫火に焼かれても」と大げさに否定した理由もそうだ。
本当に何とも思っていないなら、お兄様の性格上、もっと簡単な言葉で否定した気がする。
そうして――
『待っている』
最後に向けられたあの眼差し。
あの瞬間、幼い頃からずっと一緒にいた私たちが初めて離れ離れになったんだ。
私はお兄様の心を思って枕に顔を埋めて泣いた。
今のお兄様は一人ぼっちなんだ。
いつもそばにいた唯一の存在である私がいないのだから。
こんな風に夢でエルファンス兄様との思い出を見せたのは、前世の記憶を取り戻す前の私、今世のフィーネの意志なのかもしれない。
セイレム様の言葉に心を揺らされる私に、エルファンス兄様は想う気持ちは本物だと思い出させたかった。
そして何より――
『そうして生まれ変わったら、お兄様と結婚して貰う』
フィーネのそんな想いが、雷に打たれる運命を呼んだのかもしれない――
そうだ。簡単な想いなんかではなかった。
『小さい頃からあなただけを、あなただけを見つめてきたの……!
血の雨の中を歩いてでも、この手を鮮血で染め上げても、私はあなたへと辿りつきたかった。
エルファンス兄様、何をしても人を殺してでも、地獄に落ちてもあなたが欲しかった』
私は「恋プリ」の断罪のイベントで、フィーネがエルファンス兄様に最期に訴えた台詞を思い出す。
そう、私のお兄様への想いは血の雨の中を歩いてでも叶えたいほどに深いものだった。
その気持ちをはっきりと意識した今、とても一生ここになんていられない。
なんとしても帰らなくちゃ!
このままお兄様を一人にしておけないし、伝えたい想いもたくさんある。
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