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第一章

義兄の追求

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 堪えきれず両目から熱い涙が吹きこぼれる。

「ごめんなさい、お兄様……二度とあなたに迷惑をかけないし、関わりません。
 だからお願い……どうか許して……!  何度でも謝りますから、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 今の私にはこうしてただ謝ることしかできない。
 醜い容姿で35歳で死んだ私は、人生の喜びをほとんど知らず、部屋の中で孤独死した。
 せっかくこんなに美しく生まれかわったのに、さらに短い人生で終わりたくない。
 今度こそ長生きして、できれば人並の幸せを掴みたい!
 そのためには、死亡フラグである攻略対象のお兄様とのしがらみからも逃れなくてはいけないのだ。
 
 瞳から大粒の涙をポロポロこぼして訴えると、エルファンス兄様は、ほうっ、と熱っぽい息を吐いた。

「まるで真珠のように美しい涙だな。中身には腐った汚物が詰まっていると知っていても、その妖精じみた可憐な容姿には騙されそうになる」

 エルファンス兄様の長く細い指が私の頬に触れ、涙を拭い取る。

「いっそこのまま、まんまと騙されてしまおうか? そうやって弱りきり、儚い風情のお前を見ていると、これまではついぞ抱いたことのない衝動をおぼえる。ああ、わかった。やはりこれがお前の作戦なんだな?」

 切なげな呟きとともに鼻先が触れるほど義兄の顔が迫ってくる。
 悪い予感がして顔をそらそうとしたとたん、がっしり頭を押さえ込まれた。

「……嫌っ」

 拒否しても強引に義兄の唇が私の唇に重なってくる。
 そうして劣情をぶつけるように激しく貪ってきた。

 身をよじりながら必死に抵抗する。

 今の私は義兄に言い寄っていた私とは違う。
 11年より35年の記憶の方が重く、前世の記憶が今世の私を上書きしている格好なのだ。

 男性経験が皆無の私にこの刺激はあまりにも強すぎる。

「……甘い……お前の唇はこんなに……甘かったか?……」

 息つぎするように唇を離し、甘く問うと、また執拗に奪う。

 思わず腰から力が抜けていき、地面に崩れそうになる私を、エルファンス兄様の両腕がしっかりと抱きとめる。
 そうしていったん顔を離すと、息も絶え絶えの私を横抱きにして歩き始めた。

「下ろして……下ろして下さい……」

 いやいやをしながら力なく訴える。

「歩けない癖に」

 意地悪な視線と唇を下ろされ、涙を吸われる。

「……お前がこんなに可愛く見えるだなんて、どうやら俺の目はどうかしてしまったらしい。
 ……思えば、雷に打たれてベッドで眠り続ける無力なお前の姿を見た時から、錯覚は始まっていた……毒婦のようなお前がいたいけな少女にしか見えなかったのだから……俺の可愛いフィー……」

 ずっと疎まれ、時には憎まれているのだと思っていた。

「……可愛い……?」

 生まれ変わる前の私は不細工で暗くて誰にも好かれなかった。
 今生でも皆に嫌われ、たった一人愛してくれているお父様に元に戻って欲しいと思われている私は、誰にも必要とされていない人格だと思えた。

 しかしエルファンス兄様は違うの?

「お兄様は……今の私の方が……好き?」

 期待をこめて訊いてみる。

「ああ……そうだ」

 答えたエルファンス兄様の眼差しはいつになく温かいものだった。
 とたん、初めて自分の存在を肯定されたようで、嬉しさが胸に溢れてきた。

「……ありがとう……」
「フィーネ?」
「私、頑張って……、お兄様や、皆に……これ以上、嫌われないように頑張る……」
「……別に、嫌ってなどいるものか……結局、お前に何をされても……俺は……」

 続きの言葉は飲み込まれた。

 思えば前世も今もずっと一人ぼっちの私。
 死ぬのは怖いけど、孤独なのはもう嫌だ。
 見込みがあるなら、もっとこの人に好かれたい。
 そう願わずにはいられなくて、気がつくとエルファンス兄様の胸に顔をうずめてしゃくりあげていた。

「フィーネ……」
「お兄様……お願い……一人にしないで……」

 そんな私をそのまま寝室まで運ぶと、ベッドに寝かせ、お兄様も身を添わせて横になった。

「分かった、お前が望むなら傍にいよう」

 年頃の兄妹が添い寝なんて凄くおかしいのに純粋に嬉しかった。

 だって本心ではいつだって一人でいるのなんて好きじゃなかった。
 でも人に嫌われがちで悪意ばかり向けられていた私は、いつしか他人が怖くなっていた。
 
 嗚咽する私を慰めるように、エルファンス兄様はずっと頭や髪を優しく撫で続けてくれた。
 そして涙が止まるのを待って顔を近づけてくる。
 再び触れた唇の温もりになんだかほっとして、思わず微笑んでしまう。

「……花のようだな……」

 そのまましばらくベッドで抱き合っていると、階下から「エルファンス」と呼ぶ父の声がした。

「行かないと……」

 名残惜しそうに私の顔の輪郭を指でなぞる。

「うん……分かった。ありがとう、お兄様……」

 最後にまた唇を重ね合わせてから起き上がり、エルファンス兄様は部屋を去って行った。
 一人になった私はようやく思い出す。
 今夜は夕食会で、もうすぐあの二人がやってくることを。

「……今度こそ幸せになるために、頑張らないと……」

 まだ残るエルファンス兄様の温もりに勇気を得ながら、私は自分に言い聞かせた。

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