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番外編 「禁断の花」(ルシアン視点)
4、カリーナと花
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「いった何の騒ぎだ」
「に、兄さん」
近づきながら声をかけると、先日のようにオリバーはぎょっとしたような表情を浮かべた。
「べっ、別に、何でもない! 少し、こいつに、必要な話をしていただけで……」
どう見ても焦って何か誤魔化そうとしている。
「こんなに大勢の人が集まっているのに、何もないことがあるものか!」
僕が鋭く叱責するとオリバーは口ごもり、代わりにカリーナが答えた。
「ルシアン殿下、本当に何でもないんです。ごくごく些細な、どうでもいい内容の話し合いをして、それが今終わったところです――ねぇ、
オリバー殿下?」
反射的に視線を移したとたん、鼓動が大きく跳ねる。
カリーナが笑っていた。
初めて彼女の笑顔を見たが、とても可愛い。
しかし、今はそんな場合ではない。
「本当になんでもないのか? またカリーナ嬢に暴力行為をしていたのではないか?」
さらに追求するとオリバーは飛び上がり、「悪いっ、急用を思い出した!」と慌てふためいた様子で逃げ去っていった。
最後まで挙動不審な奴だ。
これは調べる必要がある。
そう考えていたとき、カリーナに声をかけられた。
「ルシアン殿下、申し訳ないのですが、少しの間この花が人に踏まれないように見ていて頂けますか?」
「……花を? 別に構わないが」
花といってもどう見てもただの野花だ。
とまどいながら返事すると、カリーナは急いでどこかへ駆けていく。
そして少し経ってから、手にシャベルと植木鉢を持って戻ってきた。
「お待たせしました、ルシアン様! 見ていて下さってありがとうございます」
お礼を口にしてから、花の前にしゃがみ込んで周りの地面を掘り始める。
「カリーナ、いったいその花をどうするんだ?」
「はい、ここだと踏まれてしまうかもしれないから、安全な場所に移動するんです」
わざわざこんな雑草を?
思わずそう言いそうになったが、さすがに失礼なので控える。
いったい何の気まぐれか。あるいは何かのアピールなのか?
理解しがたい思いで見下ろしていると、植え替え作業を終えたカリーナが顔を輝かせる。
「これでいいわ」
花が咲くようなその笑顔を見た僕は、一瞬にして魂が抜かれたようになった。
もう可愛いなんて言葉では足りなく、胸がしびれたようになって固まってしまう。
もしや、これが彼女の狙いだったのか。
はっとしたとき、駄目押しのように顔中に僕への好意を溢れさせたカリーナがお礼を言ってくる。
「つきあって下さってありがとうございました。ルシアン様のおかげでとても助かりました」
その瞬間、僕の心は完全にカリーナに落ちた。
さっとお辞儀をして「では、失礼します」と踵を返す彼女を、いつかのように胸を押さえて見つめる。
そして小走りに駆け出すその背中に問う。
「……待て、カリーナ、君はいったい僕をどうしたいんだ?」
しかし、彼女には聞こえなかったらしい。
振り返らず、そのまま去っていった。
でも、聞かずとも答えは医務室でのやり取りからわかる。
彼女は僕の心を弄ぼうとしているのだ。
しばらく呆然として、放課後になってもぼーっとしていた。
一人、校舎の前庭の花壇の前で花を眺めながら、昼間、雑草の花を見て微笑んでいたカリーナを思い浮かべる。
そこへ、庭師が近づいてきた。
「これはルシアン殿下、どうも」
彼は僕にお辞儀してから、腰を落として作業に入る。
手には根の部分を袋に入れた薔薇を持っていて、なんとはなしに見れば、花はしおれかけ、葉も変色していた。
僕は興味を引かれて質問した。
「その薔薇はどうしたのだ?」
「はい、これは、かなり稀少な薔薇なんですが、元々ここに植えてあったのを、先々週別の新しい花壇に移したんです。すると、そのあたりは水はけが悪く、雨が降った後はしばらく湿地状態になるらしくて、根腐れしたんです。だから、腐った根の部分を切り落した上で、ここに植え直しているのです」
「そうすれば、根は再生するのか?」
「もちろんでございます。すぐにまともな根が生えてきますとも」
「……そうか……まともな根が……」
その時、呼ばれる。
「ここにいたのか、探したぞ、ルシアン」
幼馴染みにして生徒会副会長のダニエルだった。
昼休みの中庭での騒ぎの件について、調査をお願いしてあったのだ。
さっそく、報告を聞いた結果、僕はまたオリバーがカリーナに暴力をふるっていた事実を知る。
つまり、カリーナは平然と僕に嘘をついていたのだ。
やはり曲者であり、加えて僕を馬鹿にしているとしか思えない。
どうせこうやって後から知れるのに。
侮辱された気持ちになった僕は、翌日の昼休み、カリーナがいるクラスの教室へ向かう。
ところが、教室内に彼女の姿はなく、ちょうど出てきた女子生徒に訊いてみる。
「カリーナ様なら、ここ数日はパンを買ってきて、教室で食べているようです」
「そうか、ありがとう」
お礼を言って、カリーナが戻ってくるまで待つことにする。
その間、一年生の女子達に周りを囲まれた。
適当に相手をしていたとき、廊下の角からカリーナが現れる。
「に、兄さん」
近づきながら声をかけると、先日のようにオリバーはぎょっとしたような表情を浮かべた。
「べっ、別に、何でもない! 少し、こいつに、必要な話をしていただけで……」
どう見ても焦って何か誤魔化そうとしている。
「こんなに大勢の人が集まっているのに、何もないことがあるものか!」
僕が鋭く叱責するとオリバーは口ごもり、代わりにカリーナが答えた。
「ルシアン殿下、本当に何でもないんです。ごくごく些細な、どうでもいい内容の話し合いをして、それが今終わったところです――ねぇ、
オリバー殿下?」
反射的に視線を移したとたん、鼓動が大きく跳ねる。
カリーナが笑っていた。
初めて彼女の笑顔を見たが、とても可愛い。
しかし、今はそんな場合ではない。
「本当になんでもないのか? またカリーナ嬢に暴力行為をしていたのではないか?」
さらに追求するとオリバーは飛び上がり、「悪いっ、急用を思い出した!」と慌てふためいた様子で逃げ去っていった。
最後まで挙動不審な奴だ。
これは調べる必要がある。
そう考えていたとき、カリーナに声をかけられた。
「ルシアン殿下、申し訳ないのですが、少しの間この花が人に踏まれないように見ていて頂けますか?」
「……花を? 別に構わないが」
花といってもどう見てもただの野花だ。
とまどいながら返事すると、カリーナは急いでどこかへ駆けていく。
そして少し経ってから、手にシャベルと植木鉢を持って戻ってきた。
「お待たせしました、ルシアン様! 見ていて下さってありがとうございます」
お礼を口にしてから、花の前にしゃがみ込んで周りの地面を掘り始める。
「カリーナ、いったいその花をどうするんだ?」
「はい、ここだと踏まれてしまうかもしれないから、安全な場所に移動するんです」
わざわざこんな雑草を?
思わずそう言いそうになったが、さすがに失礼なので控える。
いったい何の気まぐれか。あるいは何かのアピールなのか?
理解しがたい思いで見下ろしていると、植え替え作業を終えたカリーナが顔を輝かせる。
「これでいいわ」
花が咲くようなその笑顔を見た僕は、一瞬にして魂が抜かれたようになった。
もう可愛いなんて言葉では足りなく、胸がしびれたようになって固まってしまう。
もしや、これが彼女の狙いだったのか。
はっとしたとき、駄目押しのように顔中に僕への好意を溢れさせたカリーナがお礼を言ってくる。
「つきあって下さってありがとうございました。ルシアン様のおかげでとても助かりました」
その瞬間、僕の心は完全にカリーナに落ちた。
さっとお辞儀をして「では、失礼します」と踵を返す彼女を、いつかのように胸を押さえて見つめる。
そして小走りに駆け出すその背中に問う。
「……待て、カリーナ、君はいったい僕をどうしたいんだ?」
しかし、彼女には聞こえなかったらしい。
振り返らず、そのまま去っていった。
でも、聞かずとも答えは医務室でのやり取りからわかる。
彼女は僕の心を弄ぼうとしているのだ。
しばらく呆然として、放課後になってもぼーっとしていた。
一人、校舎の前庭の花壇の前で花を眺めながら、昼間、雑草の花を見て微笑んでいたカリーナを思い浮かべる。
そこへ、庭師が近づいてきた。
「これはルシアン殿下、どうも」
彼は僕にお辞儀してから、腰を落として作業に入る。
手には根の部分を袋に入れた薔薇を持っていて、なんとはなしに見れば、花はしおれかけ、葉も変色していた。
僕は興味を引かれて質問した。
「その薔薇はどうしたのだ?」
「はい、これは、かなり稀少な薔薇なんですが、元々ここに植えてあったのを、先々週別の新しい花壇に移したんです。すると、そのあたりは水はけが悪く、雨が降った後はしばらく湿地状態になるらしくて、根腐れしたんです。だから、腐った根の部分を切り落した上で、ここに植え直しているのです」
「そうすれば、根は再生するのか?」
「もちろんでございます。すぐにまともな根が生えてきますとも」
「……そうか……まともな根が……」
その時、呼ばれる。
「ここにいたのか、探したぞ、ルシアン」
幼馴染みにして生徒会副会長のダニエルだった。
昼休みの中庭での騒ぎの件について、調査をお願いしてあったのだ。
さっそく、報告を聞いた結果、僕はまたオリバーがカリーナに暴力をふるっていた事実を知る。
つまり、カリーナは平然と僕に嘘をついていたのだ。
やはり曲者であり、加えて僕を馬鹿にしているとしか思えない。
どうせこうやって後から知れるのに。
侮辱された気持ちになった僕は、翌日の昼休み、カリーナがいるクラスの教室へ向かう。
ところが、教室内に彼女の姿はなく、ちょうど出てきた女子生徒に訊いてみる。
「カリーナ様なら、ここ数日はパンを買ってきて、教室で食べているようです」
「そうか、ありがとう」
お礼を言って、カリーナが戻ってくるまで待つことにする。
その間、一年生の女子達に周りを囲まれた。
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