好きです、先輩。

キリ

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逃げないで、先輩。

生意気な後輩

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「葵先輩、また逃げるんですか?」

試合場を出ていこうとする僕の背中に声がかかる。振り返ると後輩である志摩だった。彼は一年でありながら、団体戦ではレギュラー入りするほどの実力者で、体格も良い。黒く焼けた首筋からは汗が滴っていた。自分の白く細い腕が恥ずかしくなる。
彼は、僕のほしいものを全て持っている。そんな彼に、僕の気持ちなんてわかるはずがない。
僕は何も言わず、志摩に背中を向け、歩き出した。


「昨日の試合は残念な結果に終わったが、みんなよく頑張った。今日からは気持ちを切り替えて、また稽古に励もう。」

部長の言葉を合図にみんながそれぞれ準備を始める。その中で、後輩の七海が部長に、秋月の所在について尋ねていた。七海は秋月が来ないことを知り、しょんぼりと肩を落としていた。こんなとこにもあいつのファンがいるのかと少し羨ましく思う。
ふと視線を感じ、振り向くと志摩がこちらをじっと見ている。

「どうかした?志摩?」

「、、、なんでもないです、、。」

志摩は無表情のままそう言うと、稽古に戻った。相変わらず、変なやつだ。
面をつけ、礼を交わし、竹刀を構える。今日もまたいつも通り"流す"。
稽古が終わり、後片付けをする。部員たちがガヤガヤと部室に引っ込んでいく中、志摩はまだ、素振りをしていた。その直向きさはどこか昔の自分と重なるものがあった。思わず、志摩に声をかける。

「何してるの?」

志摩がこちらを見向きもせず、答える。

「負けたから、悔しくて。
納得、してないので。」

志摩の素振りは、まるで空気を斬るかのように一本一本が洗礼されていて、その動きだけでも彼の努力がうかがえた。ハハッと乾いた笑いを浮かべながら僕は言った。

「そっか。偉いね。まだ一年なのに、僕なんか足元にも及ばないよ。」

志摩は素振りをする手を止め、真っ直ぐに僕を見ながら言う。

「そんなことないと思いますけど。
葵先輩は、綺麗ですよ。」

顔が赤くなるのがわかる。僕は思わず目を逸らし、頭をかいた。

「いや、そんなこと、ないと思うけど、、」

相変わらず真っ直ぐ僕の目を見ながら、志摩は言う。

「俺は嘘は言いません。
葵先輩の剣は繊細で、しなやかで、綺麗です。」

後ろからほかの部員の声が聞こえる。どうやら着替えが終わり、帰宅するようだ。
二人の間にしばらく、沈黙が流れた。
シーンとした空気を断ち切るように、僕はははっと笑って言う。

「ありがとうね。なんか逆に慰めてもらっちゃって。」

その言葉に志摩は少し眉を顰め、ジッと僕を見つめながら言う。

「なんで、逃げるんですか。そんな関係ないみたいに。この前も、今日も。」

その言葉に思わず、拳に力が入る。図星だ。僕は弱い自分を自分のせいにしたくなくて、努力しても敵わない自分を認めたくなくて逃げている。努力から、剣道から、そして志摩から。
そんなこと、僕が1番わかっている。でも、志摩には言われたくない。僕を見下ろすその視線が、僕が志摩より体格的に劣っていることを物語っている。その視線が、その腕が、その体が僕を余計惨めにする。
僕は居た堪れなくなって思わず、志摩に背中を向けて吐き捨てるようにつぶやいた。

「後輩のくせにっ、、、。
なんも、知らないくせにっ!」

走り去ろうとする僕の手を志摩が掴んだ。
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