3 / 7
君が私の名を呼ぶから
しおりを挟む「"高槻千聖"って綺麗だよな。」
「え?」
「名前。"タカツキチサト"ってなんか、響きがすごい好き。」
西日が輝く教室で、そう言ってくしゅっと笑うあなたの顔を、私は今でも忘れられない。
あなたはクラスの人気者で、バスケ部の部長だった。頭も良くて、あなたの周りはいつもキラキラ輝いてた。
一方、私はクラスの中でも目立たなくて、いつも本ばかり読んでた。本は好きだったし、なんの取り柄のない自分は、それでいいと思ってた。
この世界で、私は陰、あなたは陽、二人は全く違う世界線の人だった。
そんな私をあなたが見つけてくれた。
「"タカツキチサト"」
君が私の名前を呼ぶ。それが私にとってどれだけ特別なことだったか、あなたにはわからないだろう。
それがあなたとの一つ目の思い出。
それから私の中であなたは変わった。交わることなどなかったはずなのに、私の世界で、あなたは私の思考の中心になっていた。
教室で話すあなたの声は、誰より通って聞こえた。
たくさんの人が溢れる廊下で、あなたをすぐ見つけることができた。
放課後の教室で、いろんな部が活動する音の中から、あなたの声を判別することができた。最後の大会に向け、一生懸命頑張るあなたを、私は心の中で応援していた。
二つ目の思い出は、クリスマスの日だった。
三日間の補習が終わり、明日から冬休み。センター試験を控える受験生にとって、それは重要な意味を秘めていた。
担任との面談を終え、教室に戻ると、そこには誰もいなかった。あなたを除いて。
ガラガラッー。
扉を開ける音に気付いて、あなたが私を見る。
くしゅっと笑う顔は、西日がなくても輝いて見えた。
「おかえり。 どう、順調?」
久しぶりに私に向けられた言葉に、一瞬声が震えてしまう。
「どう、、、だろね。頑張りたいと思ってる。」
少し沈黙が流れる。あなたは少し俯いてしまった。自分の発言があまりにひねくれている気がして、後悔した。
「高槻はさ、大丈夫だよ。」
「え、、?」
あなたがまたくしゅっと笑う。
「図書室のさ、掲示板で高槻がおすすめしてる本あるじゃん。俺、あれ読んだんだ。すげー良かった。」
一瞬、なんのことか分からず固まってしまう。そもそも、私が図書委員だったことを知っていたことに驚く。それに、その掲示板はもう1年以上前の話だ。
「最初はさ、本じゃなくて、高槻の名前が目に入ったんだ。綺麗な名前だなって。
それで紹介文読んでみたら、本が気になっちゃって。
すごいよなぁ。あんな繊細な文章書けるなんて。名は体を表すってほんとにあるんだなって思ったよ。ありがとな。引き合わせてくれて。」
あなたはまたくしゅっと笑う。
胸がキュッとなったのがわかった。
「高槻は大丈夫。"高槻千聖"。その名前だけでも、もう十分魅力的だよ。」
あなたはいつも私の名前を褒めてくれる。"高槻千聖"なんて平凡な名だ。別に好きでもなんでもない。でも、あなたの声が、あなたの表情が、私をいつも特別にしてくれる。
そんなあなたに私は一言呟いた。
「ありがと。」
君がまたくしゅっと笑って言う。
「どういたしまして。」
あれから気づけば3年が経った。
2人とも無事大学に合格し、私は地元に、あなたは関西へ旅立って行った。連絡先も知らないから、もう二度と会うことはないだろう。
私は今、リクルートスーツに身を包み、髪を束ね、毎日黒いヒールでさまざまなビルを渡り歩いている。
〈内定〉のその文字を見るためだけに。
横断歩道で待っている間、今日受ける会社の資料を再度確認する。
パッポンパッポンー。
信号が青になった。資料から顔をあげ、なんとなく、信号の向こう側の人を見る。
一瞬、大勢の人の中にあなたがいる気がした。胸がギュッとなる。
もう一度、あなたを見ようと大衆に目を向け、今度は注意深く探してみる。
しかし、あなたはいなかった。
自分の見間違いに、残念だなと思う気持ちとほっとする気持ちが生まれた。
あなたの言葉を思い出す。胸がジュワッと暖かくなるのを感じた。
今日受ける企業に着き、面接の順番が来るのを待つ。不思議と緊張はしていない。
「次の方、どうぞ。」
その言葉に私は息を深く吸い込み答える。
「はい。私はー」
名前を口にする。あなたが褒めてくれた私の名を。それだけで、私は私を肯定できる。大丈夫。
「私の名前は"高槻千里"です。」
胸を張って前を向く。その先であなたがまた笑っているような気がした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【フリー台本】二人向け(ヤンデレ多め)
しゃどやま
恋愛
二人向けのフリー台本を集めたコーナーです。男女性転換や性別改変、アドリブはご自由に。
別名義しゃってんで投稿していた声劇アプリ(ボイコネ!)が終了したので、お気に入りの台本や未発表台本を投稿させていただきます。どこかに「作・しゃどやま」と記載の上、個人・商用、収益化、ご自由にお使いください。朗読、声劇、動画などにご利用して頂いた場合は感想などからURLを教えていただければ嬉しいのでこっそり見に行きます。※転載(本文をコピーして貼ること)はご遠慮ください。
片思い台本作品集(二人用声劇台本)
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
今まで投稿した事のある一人用の声劇台本を二人用に書き直してみました。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。タイトル変更も禁止です。
※こちらの作品は男女入れ替えNGとなりますのでご注意ください。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい
👨一人用声劇台本「寝落ち通話」
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
彼女のツイートを心配になった彼氏は彼女に電話をする。
続編「遊園地デート」もあり。
ジャンル:恋愛
所要時間:5分以内
男性一人用の声劇台本になります。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる