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2章
40話
しおりを挟む私たちは一斉に立ち上がり、国王に向かって頭を下げる。
「格式ばった挨拶は今日は無しにしよう。顔を上げてくれ」
国王にそう言われたので私は顔を上げる。
そして改めて国王の顔を見た。
国王、ルイ・フラノス。
普通、国王と言えば立派な髭を蓄えた老人をイメージするが、この国王はそのイメージにそぐわない、見た目二十代後半のイケメンだった。
ルーク王子と同じ金髪に、いつも笑みを浮かべている口元。そして体毛が薄いのか髭は生えておらず、そのせいでより若い印象を受ける。
国王は若くして即位したらしいので、実際に年齢も三十代後半から四十代前半だったはずだ。
そして、続いて国王の横にいる人物に視線をスライドさせて、私は顔を顰めそうになった。
国王の隣にはルークがいたからだ。
「ルーク様……」
「ルーク王子、ごきげんよう」
マーガレットは気まずそうに、クレアは事務的に淡々とルークに挨拶をする。
「クレア、よく来てくれたな!」
そしてルークはクレアだけに上機嫌に挨拶をした。
マーガレットはもうルークの態度に慣れたのかため息をつくだけだった。
「今日はわざわざ来てもらって申し訳ない。婚約破棄の件について、一度にサインを終わらせたくてね」
国王は王城に呼んだ理由を説明する。
しかし肝心のクレアを呼んだ理由については説明されていない。
「あの、私はなぜ呼ばれたのでしょうか?」
クレアが質問する。
「君には息子から大事な話があるそうでね。一緒に呼ばせてもらった」
(っ! そういうことか!)
私はクレアが呼ばれた理由を納得した。
そしてルークが今から話す大事な話の内容も。
「まずは手早く婚約破棄を済ませてしまおう。書類の手続きを忘れるのはいただけないからね」
そして国王の提案により、まずはマーガレットとルークの婚約を破棄することになった。
テーブルの上に一枚の紙とペンが置かれた。
「これにサインすると婚約破棄完了だ」
「よし! これでやっと……!」
ルークは嬉々として素早くサインをする。
「……」
そしてマーガレットも紙にサインをした。
国王は紙を手に取り、両方のサインがきちんと書かれているか確認した。
「うん。これで婚約破棄は完了だ」
国王は紙を使用人に渡し保管場所へと持って行かせた。
「やった! これで婚約破棄だ!」
「ルーク。みっともないから黙りなさい」
ルークがこれみよがしに喜んでいると国王から厳しい口調で注意された。
ルークは決まりが悪そうに黙る。
「では次にルークの大事な話についてなんだけど……」
来た。
恐らくこれが本題だ。
ルークによる『大事な話』の内容と、マーガレットの婚約をまず最初に行ったことから大体の予想はついているが……。
「少しいいですか、父上」
「何だい」
ルークが国王へと話しかけた。
「この部屋に関係ない人物がいます」
ルークは私を指差した。
「これは王族と公爵家の話ですので、関係のない人間は出ていくべきかと」
男爵令嬢である私に出ていって欲しいようだ。
ただの男爵家如きに大事な話とやらを聞いてほしくないのだろう。
まぁ、単純に当て付けと何度もクレアとの仲を邪魔した私を同席させたくないというのもあるのだろうが。
「彼女は私の従者です。同席しても問題ないはずです」
クレアが私を庇う。
私もそれに同調した。
「はい、私はクレア様の従者ですので、離れる訳にはいきません」
「へえ……」
私がそう言うと国王は興味深そうな目で私を観察した。
「君が噂の、派閥でただ一人の従者か。なるほど」
国王は納得したように頷いた。
含みのある言い方だ。
「父上! 話に関係のない人間は部屋から出すべきです!」
ルークが国王へと訴える。
その主張は正しい。
普通は大事な話があるというなら、従者というだけの私はこの部屋から出ていくべきだろう。
しかし今からルークの目的を阻むためにも私はこの部屋から出るわけにはいかない。
クレアを一人にすればどんな未来を迎えるのか容易に想像できる。
だから少しだけコネを使うことにしよう。
「私は従者です。主から離れることはできません」
私は国王の目を見る。
国王は少しの間見つめ合った後、ふっと笑った。
承諾してくれたようだ。
「分かった。彼女がこの部屋にいることを許可する」
「なっ! 何故ですか父上!」
国王は自分の主張が退けられ、疑問の声を上げた。
「何か問題があるのかい?」
「ありますよ!」
ルークは国王へ文句を言う。
「父上が言うからマーガレットの同席を認めたのです! これ以上他の人間は認めたくありません!」
すると突然腕を肘で突かれたので私はそちらを向く。
「あなた、一体何者ですの?」
「え?」
マーガレットが小声で質問してきた。
その目は私に対する疑惑に染まっている。
「いくらなんでも王子よりも男爵家の言葉を受け入れるなんておかしいですわ。それに今何か国王との間でやりとりが合ったように見えましたし……」
「それはいくら何でも考えすぎですよ。ただの偶然です」
「でも」
「私は男爵家なんですよ? 国王の気まぐれですよ」
「うーん……」
マーガレットは疑いながらも、渋々納得せざるを得ないという感じだった。
実際にその勘は正しい。
実は、国王は私の正体を知っている。
まぁ、国王に正体を知られずに商会の運営なんて出来るはずがないので、当然と言えば当然なのだが。
この国一番の大商会であり、公爵家に匹敵すると言うホワイトローズ商会。加えてインフラ整備や孤児院をたくさん作るなど王都の治安維持に多大なる貢献をしており、生活水準を向上させる商品を今まさに作り続けている。
ちなみにその恩恵を一番受けているのは王族だ。
そんなホワイトローズ商会の会長である私に向かって出て行けとは言い難いだろう。
「ルーク。今から話す内容は彼女がいて何か支障があるのか? 他人に聞かれるのが憚られるような、恥ずかしいものなのかい?」
国王は微笑を浮かべながらルークに質問する。
「いえ、それは……」
ルークは口ごもる。
国王はルークに否定させないためすぐにそれを肯定と捉えた。
いや、丸め込んだと言った方が正しいかもしれない。
「では大丈夫だ」
国王は笑顔で頷いた。
ルークは不満そうな顔をして私を睨んだ。
大切な話があるルークには申し訳ないが、許可したのは国王なので許してほしい。
「ではルーク。大事な話を今ここで言ってみなさい」
「えっ? 父上?」
「やましい話ではないのだろう? さっさとここで言ってしまいなさい」
「しかし……」
「かつての婚約者の前で『それ』を言い淀むようなら、私は認めないよ」
「ぐっ……わかりました」
迷うルークに対して国王は厳しく告げる。
そして私は今の会話でルークが何を言うのかを確信した。
ルークは覚悟を決めたように息を吐き、クレアを見る。
「クレア! 俺と婚約してくれ!」
私の予想通り。
ルークの大事な話とはクレアに対するプロポーズだったのだ。
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