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2章

36話

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 マーガレットに突っかかっていたエリザベスを撃退すると私達は空き教室へと帰ってきた。

「というわけでマーガレットさんのお家へ行きましょう!」

「は?」

「え?」

 私の唐突な発言にクレアとマーガレットは素っ頓狂な声を上げた。

「何で急に私の家に?」

「それはズバリ! マーガレットさんの退学を阻止するためです!」

 マーガレットはこのままでは退学してしまうかもしれないと言っていた。
 それを阻止するためにマーガレットの家に行くのだ。

「あ、そうだ。マーガレットさんは退学したくないですよね?」

 まず初めに本人の意思を聞くのを忘れてた。

「は、はい。退学せずに済むならそれが一番なんですけど……でも、阻止するって何をするんですか?」

「直接マーガレットさんのお父さんにお願いしに行きます!」

 しかしクレアは行くのを渋っているようだった。

「いや、何でそんなこと……」

「なーに言ってんですか!」

 私はクレアの肩を組み、後ろを向かせる。
 そしてマーガレットには聞こえないようにクレアに耳打ちした。

「取り巻きの人たちのお願いを断った時、『私』って単語を連呼してたのは私に代わりに助けて欲しかったからでしょ? そこんとこどうなんです?」

「……」

 クレアは居心地が悪そうに無言で私から目を逸らした。
 んん? 否定しませんね……?
 やっぱり図星みたいだ。

「あれあれ? やっぱりそうなんですね? じゃあしのごの言わずに行きましょうか」

「でも俺が行っても……」

「あなたが行かなくてどうするんですか。親友のあなたが直接お願いした方が絶対にいいのに。それに男爵家の私がお願いしても相手にされませんよ」

 マーガレットが退学する原因の一つであるクレアが退学させないようにお願いするだけで全く変わってくるはずだ。
 それにマーガレットによるとクレアは今まで喧嘩していたので仲直りしたことを示すのにも丁度いいはずだ。
 不安要素が少なくなったらマーガレットの在学を認めてくれるだろう。

「それに、クレアさんがそんなにマーガレットさんに対してぎこちないのか分かってるんですよ?」

 もうネタは割れてるのだ。
 私は馬鹿にした口調でクレアに話す。

「どうせ、疎遠になって時間が経ったから女の子にどう接していいか分からなくなったんでしょ? 思春期ですかあなたは」

「シシュンキ?」

 おっと、まだこの世界にはその単語は存在しないんだった。
 コホン、と私は咳払いをして仕切り直す。

「とにかく、クレアさんは女の子と話そうとしたら恥ずかしい気持ちになったり、どうしていいか分からなくなったりするんですよね?」

「ち、ちが……」

「はいはい、素直に認めましょうね。女の子と話すの恥ずかしかったんだよね?」

 私はわざと子供に話しかけるお姉さんみたいな口調でクレアに話しかける。
 当然馬鹿にされたと思ったクレアは顔を真っ赤にした。

「おい! ふざけ──」

「はぁ、全く……そばにこんな美少女がいるというのに、何で女の子の接し方が分からなくなるんですか……」

「いや、お前はそんな感じじゃない」

 真顔で返された。
 私も同じ女の子なんですけど。

 コホン、ともう一度咳払いをして、今度はケラケラと笑う。

「女の子との接し方が分からないなんてそれでも男の子ですか? あ、そう言えば女装しているんでしたね」

 ぷっ、とわざとらしく私は吹き出す。
 あっ、ブチって音した。

「そんなに言うなら行ってやる……! 俺は意気地なしじゃない!」

 はい、一丁上がり。
 クレアは単純で助かる。

「と言う訳でマーガレットさんのお家にいくことになりました!」

 私がくるりと振り返ると、マーガレットがこの短時間で乗り気じゃなかったクレアの気分を変えさせたことに驚愕していた。

「一体何を吹き込んだんですの……?」

「いえ、ちょっと発破をかけただけですけど」

「それであんなにやる気になるなんて、どんな言葉を……!?」

 マーガレットは私にますます戦慄していた。




「それではここでしばらくお待ちください」

 私たちはマーガレットの家へとやって来た。

 アポイント無しの面会依頼だったのだが、マーガレットが起こした問題の当事者であるクレアがやってきたと言うことで、急に私たちに会ってくれることになった。
 クレアを連れて来たのはこういう目的もあった。

「き、緊張しますわ」

「マーガレットさんの家なのに何で緊張してるんですか」

「だって、お父様に何を言われるのかと考えると……」

「大丈夫です」

 そう言ったのはクレアだ。
 マーガレットもクレアがそんなことを言うのが意外だったのか、驚いた表情でクレアを見た。

「あなたが退学にならないように私が何とかします。だから、安心していてください」

「クレアさん……」

「そうです私もいますよ!」

「エマさん……」

 マーガレットは感極まったような表情になった。
 そしてしばらく待っているとマーガレットの父親がやって来た。

「お父様」

 マーガレットが立ち上がる。

「マーガレット。どうしたんだ急に。クレア嬢を連れてきたいだなんて」

 マーガレットの父親は髭を生やした紳士だった。

「クレアさんは面識がありますけど、面識がない人もいるので改めて紹介いたしますわ。私の父のアーノルドです」

 アーノルドという名前らしいマーガレットの父は挨拶をした。

「お久しぶりです」

 クレアはアーノルドへスカートを摘まんでお辞儀をする。いわゆるカーテシーという挨拶だ。
 んっ? もしかして私、クレアのカーテシーを初めて見たんじゃないだろうか。
 いつもより露出が増した太ももを尻目に私もアーノルドへカーテシーをした。

「私はエマ・ホワイトと申します」

 私はアーノルドへお辞儀をする。

 実は私とアーノルドは初対面ではなかったりする。

 というのもホワイトローズ商会とマーガレットの公爵家は何度も取引をしたことがあり、彼とは顔見知りだった。
 そのためアーノルドは私がいると分かると驚いたように目を見開いた。

 しかし私がマーガレットに対して商会の会長であるという正体を隠していることを理解したのか、すぐさま私に合わせて初対面の演技をしてくれた。
 さすが公爵家当主だ。

「こ、これはどうもご丁寧に」

「私は今日は付き添いで来ましたので」

「そうですか。それは安心……んんっ、納得しました」

 そして挨拶が終わるとアーノルドはクレアに向き直る。

「それでクレア嬢、一体今日はどんなご用事で?」

 アーノルドは意外にも公爵家当主だと言うのに私やクレアみたいな子供でも礼儀を持って接してくれる。
 一瞬何でこんなに優しい父からマーガレットがこんな性格になったのかと思ったが、そういえば最近私を助けてくれていたことが判明してたので私は考えを改めた。そういえばマーガレットもいい子でした。

 クレアはアーノルドを真っ直ぐ見てお願いする。

「マーガレットさんを退学にさせないでいただきたいのです!」

「それは……難しいですな。それに元々クレア嬢はマーガレットに迷惑をかけられていた筈では? なぜマーガレットの味方をするのです?」

「確かに私はマーガレットさんに今まで嫌がらせを受けて来ました」

 クレアはちらりとマーガレットを見る。
 マーガレットは申し訳なさそうな表情で縮こまった。

「ですが、元々と言えば私が不可抗力とはいえ、マーガレットさんの婚約者である王子を奪ってしまったことが始まりです。決して故意ではありませんでしたが」

 クレアは故意ではないということを強調する。
 まあ、クレアの意思で奪っていない、というのは大切なことだ。

「それに私達はその件はもうすでに和解していま」「なに……? それは本当かマーガレット」

「はい、お父様。私達は和解しましたわ」

 マーガレットが肯定すると、アーノルドは感慨深そうに息を吐いた。

「そうか……ようやく和解したんだな……」

 恐らく子供同士の仲が悪いということは親にとっても胃が痛くなるようなことなのだろう。
 私も改めて二人が和解したと言葉にしたことに嬉しい気持ちになった。

「ですからマーガレットさんの在学を許可して貰えないでしょうか」

 クレアはアーノルドへお願いする。
 しかしアーノルドの反応は鈍かった。

「うーむ……私としてもそうしたいのはやまやまです。しかし、マーガレットは今学園の中でとても不利な立場にいると聞いています。自業自得と言えばそうですが、親としてそれを我慢しろ、とも言うのもやはり……」

「それは……私が守ります!」

「ほう……?」

 アーノルドは眉を上げた。

「私たちがマーガレットさんの側でずっと危害が加えられないように警護します。このほとぼりが冷めるまで」

「確かに公爵令嬢であるあなたがそばにいるなら手は出せないでしょうが……」

 アーノルドはちらりと私を見た。
 クレアは公爵令嬢と言えどまだ子供。クレアだけではまだ心配なので私にも力を貸して欲しいのだろう。
 アーノルドを安心させるために頷いた。

「もちろん、私も手を貸させていただきます」

 私も協力することを告げると、アーノルドも流石に安心したのか、気持ちの良い笑顔で頷いた。

「わかりました。そこまで仰っていただけるならお預けしましょう」

 これで一件落着。
 そう考えていた時だった。

「ちょっと待ってくださいですわ!」

 マーガレットが待ったをかけた。
 まさかマーガレットから待ったがかかるとは考えておらず、私達は困惑した。

「えっ? どうしたんですかマーガレットさん……」

「私は守られたくありません!」

「は?」

「え?」

 クレアと私の頭に疑問符が浮かんだ。

「別に守ってもらう必要なんてありませんわ! 私だって公爵令嬢なんです! 自分の身くらい一人で守れますわ!」

「えぇ……」

 どうやらマーガレットは守ってもらう、ということが嫌らしい。

「いや、現に守れてなかったじゃないですか」

 クレアが冷静にツッコむ。

「いいえ、あれは凡ミスですわ! もう失敗はしません! ですから守ってもらわなくて結構です!」

「凡ミス……?」

 自分の身を守るのに凡ミスとかあるのだろうか。

「ぐっ……!」

 私が首をひねるとマーガレットは言葉を詰まらせる。

「とにかく! 私は自分の身くらい守れますわ!」

「ちょっと、さっきから何なんですか? 私はあなたのためを思って言ってあげてるんですよ?」

 クレアは苛立った声でマーガレットを睨みつける。

「別に私は守ってくれなんて言ってませんわ! それを守ってあげてるだなんて恩着せがましいでますわよ!」

 確かにクレアはマーガレットの為に今この場に来て、在学のお願いまでしているのだ。
 そのうえ守ると大見得を切ったのにあっさり本人に拒否されてら、腹が立つだろう。

 しかし私はマーガレットの気持ちも分かる。
 対等な友人であり、半ばライバル視もしているクレアに守られる、というのはプライドの高いマーガレットにとっては嫌なのだろう。

 そして古来より「あなたのためを思っていってあげてる」と言われてはいそうですか、とはならないのが人間というものだ。

「だいたいクレアさんは上から目線なんですわ! あなたっていつもそう! ちょっと私より勉強も運動もできるからって私が何も出来ないと思い込んで。私がダメな子だと思ってるんでしょう!」

「そんなわけないでしょう。私は別に見下したりなんかしてません。事実としてあなたが出来ていないんじゃないですか。それに私だって運動も勉強も努力してるんです!」

 クレアとマーガレットは互いにいがみ合う。

 もはや部屋の中の空気は殺伐としており、修羅場と表現してもおかしくない状況になっていた。
 私はとても居心地が悪くなり、隣にいるアーノルドに助けを求めたが、アーノルドは微笑んでいた。
 そして感動したのか、ホロリと流した涙をハンカチでふき取っている。

「えっ?」

 私が何故笑っているんだ? と言う顔をしているとアーノルドは私の視線に気づいたのか説明してくれた。

「いや、昔はこうしていつも喧嘩しあっていたので。やっとここまで来たんだな、と」

 直ぐそこでは結構な修羅場が起きているのだが、アーノルドは何故かその光景を見て心が和んでいるようだ。
 クレアとマーガレットの言い合いはヒートアップしていく。

「大体、凡ミスって何ですか! 今回こうなったのはあなたが勝手に自滅してったからじゃないですか!」

 そしてクレアがその言葉を放った瞬間、ピシリとマーガレットが固まった。
 そしてぷるぷると拳を震わせ始める。
 あ、地雷踏んだ。

「ふ、ふふふ……! ──決闘ですわ!」

 マーガレットがクレアを指差した。
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