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2章
35話
しおりを挟む「…………で、何でここに?」
クレアが耳打ちをしてきた。
目の前にはマーガレットが険しい表情をして椅子に座っている。
「いやあ、色々ありまして。それに一人にしたらまた虐められそうなのででここで匿おうかと」
「それは分かるんだが……どうすんのこの状況?」
マーガレットはクレアと仲直りしたいと言っていたものの、すぐに態度を変えることできないようで未だにクレアを睨んだままだ。
その結果何だかよく分からない雰囲気になっていた。
「クレアさんが何とかしてくれるかなって」
「え、俺任せ?」
「幼馴染でしょ? 何とかしてくださいよ」
私達が顔を近づけあって話していると、マーガレットは頬を膨らませた。
「…………本当にあなた達は仲がよろしいんですのね」
マーガレットは不機嫌そうに眉を寄せてそっぽを向く。
マーガレットの本心を聞いた今だから分かる。あれはちょっと拗ねてる顔だ。可愛い。
「どうするんだよ。不機嫌になったぞ……!」
「まぁ、任せてください。こう見えても幾度となく難しい商談を捌いてきたんです。私にかかれば気まずい空気なんて吹き飛ばして見せますよ!」
私は息巻いてマーガレットの方まで行く。
「とりあえず自己紹介をしましょう!私はエマと言います。え、えーと、こちらはクレアさんです……! そしてこちらはマーガレットさんです! みなさん仲良くしましょう……!」
えいえいおー、と拳を突き上げみた。
「……」
「……へたくそ」
二人とも無言だった。
失敗した。それはもう盛大に。
紹介していくたびにどんどんと冷たい目に変わって行った。
あとそこの変態。ボソッと呟くな。
私は居た堪れない気持ちで椅子に座り直す。
まあ、二人の間には相当深い溝があるのだ。これくらいで何とかなるなんて思っていない。
ただ、対話することは重要だ。
と言うわけで、私はあるものを取り出した。
「お二人とも、今日はこれで遊びませんか?」
「それは……?」
「トランプ、ですの?」
「はい、その通りです!」
私が取り出したのはトランプだ。
マーガレットはトランプを知っているようだったが、クレアは知らないようだ。
「知らないんですの? 最近王都で流行っているゲームですわ。様々な柄のカードがあって、色んなルールで遊ぶことができるんです。ホワイトローズ商会が発明したものですわ」
「へえ……そんなものが」
マーガレットは丁寧にクレアに説明する。
クレアは不思議そうにこのトランプを見ていた。
クレアは女装しているという秘密を抱えているのであまり友達もいなさそうだし、遊んだことがないんだろうか。
「クレアは初めて知ったようなので、今日は簡単なルールのゲームで遊びましょう」
「何で遊ぶんですの?」
マーガレットは少しワクワクした表情で聞いてきた。
あ、そうか。マーガレットも多分あんまり遊んだことがないんだ。
私は友達の少ない公爵令嬢二人に涙が禁じ得なかった。しかしよく考えてみると、前の世界ではともかく、この世界では誰かとトランプをする機会なんて無かった。
どうやらここには友達が少ない似たもの同士が集まってしまったようだ。
「今日遊ぶのは、ババ抜きです」
「ババ抜きですか」
「はい、それなら簡単ですし、クレアさんもすぐに覚えられると思います」
「じゃあルールを説明してください」
私はクレアとマーガレットにルールを説明する。
マーガレットは知っているみたいだったが、確認する意味で再説明した。
「確かに、これなら簡単です」
「はい。それでは早速始めましょう」
私はデッキをシャッフルし、二人に配り始めた。
「あ、そうだ。何か賭けをしませんか」
「お金は賭けませんよ」
すぐにクレアに否定された。
「違います。要は罰ゲームを設けようということです。負けたら勝った人が何か命令できる、みたいなものですね。罰ゲームがあった方が勝負が面白くなると思いませんか?」
「それは面白そうですね」
「ふっ、望むところですわ」
私の言い方が公爵令嬢達の闘争心を刺激したのか、二人は罰ゲームを設けることを了承した。
「じゃあ、始めましょう」
そう言ってババ抜きは始まった。
(ふふふ…………計画通り!)
私は心の中でほくそ笑んだ。
当然、私が急にババ抜きを始めたのには理由がある。
もちろん二人の親交を深めるため、というのもあるが、本命は別だ。
私の狙いはこの罰ゲームをクレア受けさせるためだった。
もっというなら、クレアに女装させるためだ。
クレアに以前女装してもらったように、また女装して欲しいのだ。
(ババ抜きは運の要素が絡むけど、こっちには必勝法がある!)
トランプに小細工がしてあり、私にだけ数字とマークが分かるようになっているのだ。
まぁ、イカサマだ。だがバレなければ問題は無い。
そしてクレアもマーガレットもトランプには疎いようだ。まずバレることは無いだろう。
だからこれを使えば当然一位は容易いということだ。
私は勝利を確信して笑みを溢す。
そして何回か手札を交換していく。
「あがりました」
「えっ?」
その瞬間クレアがあがった。
「もうですの!?」
マーガレットも驚いている。
私も驚いていた。まだ二、三巡しかしていなのに。
そういえばクレアだけ最初から持ち札がとても少なかった。
私がキチンとシャッフルできていなかったのかもしれない。
「運が良かったみたいですね。欲しいカードがすぐに来ました」
クレアは勝利したことが嬉しいのか、屈託のない純粋な笑顔を浮かべていた。
くそう。笑顔だけは本当に可愛い……。
その後、トランプの柄が分かる私がマーガレットに負けるわけもなく、マーガレットが最下位になった。
「そんな……私が負けるなんて!」
マーガレットは悔しがっていた。
「さて、何をしてもらいましょうか……」
クレアが笑みを浮かべて考え込む。
そして妙案を思いついたのか、顔を上げた。
「それじゃあ購買で何か買ってきてもらう、ということで」
「う……分かりましたわ」
購買はいつも私たちが授業を受けている校舎にある。
そのためこの校舎から購買までは地味に遠い。
罰ゲームには丁度いいと言えるだろう。
マーガレットも負けた以上潔く受け入れたのか、素直に購買へと向かうらしい。
「いちご牛乳をお願いします」
「あ、じゃあ私も同じので」
私はクレアと同じものを頼むことにした。
あまり複雑なものにしてもマーガレットを混乱させるだけだろう。
そしてマーガレットは私とクレアから小銭を受け取ると、購買へと向かった。
「それにしても、何を企んでたんだ、お前?」
マーガレットが教室を出た瞬間、クレアがそう言った。
「何のことですか?」
「トランプに細工がしてあっただろ?」
「えっ!?」
「偶然裏面の模様が少し違うことに気づいたんだ」
クレアの言う通りだ。
カードの裏目に細工がしてあり、数字とマークが分かるようになっている。
「な、何のことですか……?」
私は口笛を吹きながらとぼけてみた。
冷や汗をかいていたから、傍目から見たら丸わかりだっただろうが。
「まあ別に負けても良かったんだが、お前が勝ったら邪なお願いをされそうだったからな」
全部お見通しだった。
「ぜ、全然知りませんよ……?」
クレアが目を細めて見つめてくる。
私は目を逸らす。
そしてしばらく経つと、クレアがため息を吐いた。
「全くお前は……」
「申し訳ありません」
私は素直に謝罪した。
「今度からは正直にお願いします」
「そういう問題じゃない!」
「このカチューシャだけでもつけてください」
「つけるか!」
私が差し出したネコミミのカチューシャがはたき落とされた。
ひどい。
と、その時ある違和感を覚えた。
私には何か重要な役目があったような気がする。
「何か忘れているような……あっ!」
「あっ!」
私が思い出すと同時にクレアも思い出したようだ。
そう今日の目的はマーガレットの保護。
一人で出歩かせてはダメなのだ。
罰ゲームのノリですっかり忘れていた。
「まずい! また絡まれてるかも!」
私とクレアは急いでマーガレットを探しに教室から飛び出した。
と言ってもここから購買までの道なんてそう多くないので、マーガレットがどこを通ったかは分かる。
すぐにマーガレットは見つかった。
そして予想通り、また複数人の貴族に絡まれているようだ。
挑発的な言葉を投げかけられたのか、マーガレットは一人だというのに引くことなく言い合いをしている。
近づくとマーガレットに絡んでいる生徒の顔が分かった。
以前私に対して絡んできたエリザベスだ。
エリザベスが手を振り上げる。
その前にクレアがその手を掴んだ。
「何をしているんですか?」
「っ!? クレア様!?」
エリザベスは驚いていた。
ここにいると思っていなかったのか、それともマーガレットを庇ったことに驚いているのか。
恐らく両方だろう。
「な、何でここに……」
「私の質問に答えてください。何をしていたんです?」
「私はただ……」
「ただ、何です? もしかしてマーガレットさんに復讐でもするつもりでしたか?」
「っ!?」
エリザベスは驚いた表情になった。
恐らく図星を突かれたのだろう。
「言っておきます。彼女は私の友人です。いかなる人物であれど、私の友人に手を出すようなら──容赦はしません」
クレアはエリザベスを睨みつける。
マーガレットはクレアに友人と言われ、瞳を潤ませていた。
エリザベスは悔しそうに唇を噛む。
「い、行きますわよっ!」
エリザベスは方向転換し、急いで逃げていった。
「ふう……危なかった。ごめんなさいマーガレットさん。一人で出歩かせたらダメなのに」
私はマーガレットの状態を確認する。
どうやら私たちが来る前に暴力を振るわれたりはしていないようだ。
「それより……クレアさん!」
マーガレットはさっきから露骨に視線を合わせないクレアの腕を掴んだ。
「友人って…………本当ですの?」
「まあ……」
クレアの歯切れが悪い。
恐らく照れているのだろう。
マーガレットは笑顔になった。
「ま、まあ、私と友人になりたくない人間などいないですし!? 友人になってあげてもよろしくてよ!」
あ、調子に乗った。
マーガレットはいつものように胸を張って高笑いをあげた。
「言わなきゃ良かった……」
クレアは調子に乗り始めたマーガレットを見てため息をつく。
その時、マーガレットは顔を逸らして呟くようにクレアに言った。
「で、ですから、その…………よろしくお願いしますわ」
「……………………よろしく」
クレアは長い沈黙の後、マーガレットの手を握った。
クレアとマーガレットはお互いに握手を交わす。
今まで二人の仲は氷のように冷え切っていた。
しかしその日、クレアとマーガレットの間にあった大きな氷は、ほんの少しだけ溶けた気がした。
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