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1章

16話

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 休日。私はクレアの屋敷へと来ていた。
 パーティーに向けてクレアのドレスを新調するためだ。

「お、大っきい……!」

 屋敷を見上げる。
 クレアの屋敷は公爵家というだけあって、私の屋敷の五倍は大きかった。

「公爵家の屋敷は初めてです……」

「き、緊張します」

 採寸とデザインのために連れてきた商会の人間も屋敷の大きさに驚いているようだ。
 しかし、私はこんな豪邸に商談で出入りした経験は数回ある。私は気合いを入れて屋敷を訪ねた。

「ホワイトローズ商会の者です」

「エマ・ホワイト様でございますね。お待ちしておりました」

 門番に声をかけるとまるで一流のホテルマンのように恭しくお辞儀をした。
 流石は公爵家。門番ですら一流を雇っているようだ。
 そして門番が門を開けると、使用人が並んで私たちを迎える。
 男爵家ではあり得ないような待遇に面食らいながらも私たちは屋敷へと向かう。

 そして屋敷に到着した。
 扉が開かれると、私の屋敷の数倍は広いエントランスを通り客人を迎える部屋へと通される。こちらもちょっとした会議室に使えそうなぐらいに広い。いや、机の配置などからして恐らく会議室としても使っているのだろう。

「こちらで少々お待ちください」

 立派な髭を蓄えた老執事がお辞儀をして部屋から出ていく。
 私たちはソファに座るように促されたので座るが、とても座り心地がいい。なんならこの世界に来て座ったソファの中で一番座り心地がいいかもしれない。

(そうだ。次に開発する商品は人をダメにするクッションにしよう)

 私はそんなことを考えながら出された紅茶を飲む。美味しい。
 そしてしばらくすると部屋のドアが開いた。

「待たせたな」

「もー、クレアさんおそ……い?」

 クレアに文句を言おうとした私が固まる。
 部屋に入ってきたのはイケメンだった。
 いや、よく見たらクレアなのだが、見慣れないのと白馬に乗っていたら王子です、と名乗れそうなくらい美少年だったので、私はつい質問した。

「え、クレアさんですか?」

「そうだ。というか、どこをどう見たら俺以外になるんだ」

 クレアは呆れたようにため息をつく。
 服装は白のワイシャツに黒のズボンとシンプルで、髪は後ろで束ねられている。
 いつもの装いとは違い、より男性的なファッションになっていた。

「家では雰囲気が違うんですね……」

「当たり前だ。家でも女装しないといけないなんて疲れるだろ」

 それもそうだ。使用人にすら男性という秘密を隠さないといけないなんて、気が休まるところがない。普通に考えて家では男性として暮らしているだろう。

「でも、女装しなくていいんですか? 私のところの従業員がいるのにその姿で……」

 クレアが女装していることは秘密だ。
 だから何も気にせずに男性の姿のまま出てきたことが不思議だった。

「ああ。顔馴染みの服屋も俺のことを知ってるし、それにお前が連れてくる人間は守秘義務の誓約書にサインさせるって言ってただろ?」

「ええ、そうですけど……」

 確かにその通りだ。
 私が連れてきたのは事前に守秘義務の契約書にサインした者たちで、それを破ったらどんな目に遭うのかも分かってる人間だけだ。
 でも、こんなに全幅の信頼を寄せられていても、それはそれで困る……。

 これから私の性癖を詰め込んだドレスを送るつもりなのに。
 と、その時私はあることに気がついた。

「も、もしかしてクレアさん……!」

「今度はなんだ」

「後ろで髪を括っているということは、いつもの髪型は毎日セットされてるということですか!?」

 括っているのを見る限り、クレアの地毛はサラサラで真っ直ぐで、いつものゆるくパーマがかかったような髪ではない。となるとウェーブのかかったあの可愛い髪型は毎日セットされているということになる。
 あのクレアが、毎朝時間をかけて可愛い髪型をセットしているのだ。

「ああ、なんか毎朝使用人がいつも張り切ってあの髪型にするんだよ。俺は普通で良いって言ってるのに」

「それはそうなりますよ。クレアさんみたいな美形をそのままにするなんて勿体無いですから」

 私はその使用人の気持ちが痛いほど分かった。クレアのような宝石は毎日着飾りたくもなるだろう。
 私の言葉にいつもクレアをお世話しているのだろう使用人の人たちがうんうん、と頷いていた。
 使用人さんグッジョブ……!
 私はその人たちに向けて心の中でサムズアップする。
 すると褒めたのがいけなかったのか、クレアは調子に乗り始めた。

「フッ、ま、確かに俺はイケメンだからな……。どんな髪型でも似合うんだよ」

「いえ、クレア様はイケメンではありません。美少女です」

 使用人の人たちがクレアの言葉を笑顔で否定した。

「え? 何を言ってるんだ。俺は男──」

「美少女です」

 もう一人の使用人がクレアの言葉を遮るようにしてまた否定する。
 私もそれに乗っかった。

「そうです。クレアさんは美少女ですよ。さ、話し込んじゃいましたね。すぐに採寸に取り掛かりましょう」

「え? あ、おい!」

 私はクレアの腕を掴んで強引に用意された着替え用の衝立の前へと連れて行く。
 全く、この家には同志が多すぎる。後で一日だけ希望の髪型にしてもらえないか頼みに行こう。
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