悪役令嬢の取り巻きBから追放された私は自由気ままに生きたいと思います。

水垣するめ

文字の大きさ
上 下
6 / 45
1章

6話

しおりを挟む

 ホワイトローズ商会。

 ここ十年で急激に発展した商会で、その力は今や公爵家に匹敵すると噂されている大商会だ。
 元は小さな商会でしかなかったが、革新的な商品を次々と開発し、国内に瞬く間に普及させた。

 一説によると商会が開発した商品でこの国の文化レベルが一世紀進んだ、とも言われている。
 その大商会の会長が、クレアは私だと言っている。

「何で分かったんですか……?」

 クレアの言葉は当たっていた。
 ホワイトローズ商会の会長は、私だ。

「分かったのはついさっきだ。昨日お前が持っていたハサミで気づいたんだよ」

 クレアの指摘通り、昨日教科書を切り裂く時に使ったのは確かに私の商会で作っているハサミだった。
 誰も気づかないだろうと思い持っていたが、油断していたようだ。

「でも、ハサミなんていくらでも売られていますよ」

 そう、ハサミ自体はもう私の商会からたくさん売られていた。値段も高くない。私が持っていたとしても何もおかしくはない物だ。それを持っていたからと言って私が商会の会長であることには繋がらない。

「それ、商会の新しい試作品だろ? つい最近見る機会があったから偶然覚えていたんだ。まあ、思い出したのもついさっきだけどな」

 確かに、このハサミはまだ売られていない試作品だった。少ない力で切れるように改良された物だ。
 試作品は公爵家や王家に送っているので、クレアが見たというのも嘘ではないだろう。

「男爵家の娘が、大商会の試作品を持っているなんておかしい。だから気づいたというわけだ」

「そうですか……それで、私が大商会の会長だと暴いて、何をするつもりですか?」

「お前の反応を見るに、誰にもバレたくないんだろ? だから、取引だ」

「取引?」

「俺が女装していることをお前が黙っている限り、俺はお前がホワイトローズ商会の会長だと言いふらしたりしないことを誓おう。どうだ?」

「ふむ……」

 私は考える。
 確かに私がホワイトローズ商会の会長であることはバレたくはない。
 加えて私は別にクレアの正体を公表したりするつもりはないので、別にこの取引は悪い物ではない。

「分かりました。取引成立です」

「いいだろう。ならこれにサインしろ」

 クレアは一枚の紙を取り出した。
 どうやらこの取引を証明するための誓約書のようだ。後で知らないふりができないよう、ご丁寧に二枚きちんと用意されている。
 私たち商人が契約を結ぶ際によく使う方法だ。

「よくご存知で」

「勉強したからな」

 私は意外だった。
 貴族というものは商人のビジネス的な考えや金に対する執着を嫌がる。
 しかし案外クレアはそういった忌避感がないらしい。
 私はペンを取り出してサインする。
 クレアが肩をすくめて呟いた。

「これで女装なんかが好きな変態と話さなくて済むようになるな。清々する」

 ピタリ、とペンを止めた。

「…………今なんとおっしゃいました?」

「女装なんて変態趣味の奴とこれ以上同じ空気が吸いたくない、と言ったんだが?」

 クレアに変態扱いされ、私はカチン、ときた。
 私はちょっと女装が好きなだけで、断じて変態な訳ではない。

「女装している本人に言われたくないんですが?」

「は? 俺の女装は無理やりさせられてるだけで俺の意思じゃない。自ら好んで女装を性癖にしてお前の方が変態に決まってるだろ」

「性癖は個人の自由でしょ? それに女装だからと悪い物決めつけるのは、ちょっと価値観が古いんじゃないんですか?」

 女装を馬鹿にされたことで私は完全に頭に血が昇っていた。
 乙女といえ、女装を馬鹿にされ引くことはできない。
 これは誇りをかけた戦いなのだ。

「この変態」

「客観的に見たら女装してるあなたの方が変態です」

「はっ、よく言うな。可愛い俺のことが大好きなくせに」

 そう言ってやれやれ、と肩をすくめながらクレアは笑う。
 私は悟った。「あ、コイツは私が一番苛つくタイプだ」と。
 どうにも前世からナルシストの俺様キャラは妙に鼻について仕方がないのだ。

「はぁ!? 言っておきますが、私はあなたの見た目と服装に恋してるだけです。中身は全く好きじゃありませんから勘違いしないでください! このナルシスト!」

「なっ!? お前なんてことを言うんだ!」

 私たちはいがみ合う。

「お前の方が変態だね」

「いいえあなたの方が変態ですね」

「…………やるか?」

「上等です。表出てください」

 私たちは至近距離で頭を突きつけ、睨みあう。

「ふん、やめだやめ。女に暴力を振るうのは好きじゃないからな」

「あーあー。逃げちゃいましたか。そんなところまで女々しいんですね」

 私が煽るとクレアからプチン、と音がした。

「分かった。本気でやってやる。公爵家に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる」

「そっちこそ大商会を育てた私の力を見くびらないことですね」

 一触即発。
 その時、教室のドアが開かれた。

「ようやく見つけましたわ!」

 大声で叫びながら入ってきたのはマーガレットだった。
 後ろにはぞろぞろと取り巻き達を連れている。
 マーガレットは歩き回ったせいか、少し息切れしていた。

「なっ!?」

 そして教室に入ってくるや否や、近くで睨みある私とクレアを見て、なぜか驚愕の声を上げる。

「あ、あなた達! 一体どういう関係ですの!」

「お……私たちは別に特別な関係ではありません。本当に」

 もうすでにクレアは令嬢モードに入っていた。
 本当に猫を被ることだけはピカイチだ。

「ええ、そうです。この人とは友人ではありません。絶対に」

 私とクレアは語尾を強調して主張する。
 こんなナルシスト俺様男とは、絶対に友達になんかなれない。

「じゃあどんな関係ですのよ!」

 マーガレットが質問してくる。

(どんな関係かなんて、そんなの──)

 クレアとは断じて友達なわけではない。
 そう、言葉で表すなら──

「「ちょっと協力し合う関係なだけです」」

 私たちがそう答えると、今度は取り巻き達が驚いたように目を見開いていた。
 マーガレットに至っては「そんな……」と呆然と呟いている。
 何かおかしなことを言っただろうか?

「わ、私はもう帰りますわ!」

 そしてマーガレットは慌てたように突然走り去って行った。

「マーガレット様!?」

「ま、待ってください!」

 取り巻き達はその後ろを追いかけていく。
 私はその姿を呆然と見送った。

「な、何だったんでしょう……」

「さあ……?」

 私とクレアはまだこの時、マーガレットに言った言葉の意味を深く考えていなかった。

 そして翌日、私はその言葉の意味を理解することにる。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

21時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

両親から謝ることもできない娘と思われ、妹の邪魔する存在と決めつけられて養子となりましたが、必要のないもの全てを捨てて幸せになれました

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたユルシュル・バシュラールは、妹の言うことばかりを信じる両親と妹のしていることで、最低最悪な婚約者と解消や破棄ができたと言われる日々を送っていた。 一見良いことのように思えることだが、実際は妹がしていることは褒められることではなかった。 更には自己中な幼なじみやその異母妹や王妃や側妃たちによって、ユルシュルは心労の尽きない日々を送っているというのにそれに気づいてくれる人は周りにいなかったことで、ユルシュルはいつ倒れてもおかしくない状態が続いていたのだが……。

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します

nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。 イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。 「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」 すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。

この国では魔力を譲渡できる

ととせ
恋愛
「シエラお姉様、わたしに魔力をくださいな」  無邪気な笑顔でそうおねだりするのは、腹違いの妹シャーリだ。  五歳で母を亡くしたシエラ・グラッド公爵令嬢は、義理の妹であるシャーリにねだられ魔力を譲渡してしまう。魔力を失ったシエラは周囲から「シエラの方が庶子では?」と疑いの目を向けられ、学園だけでなく社交会からも遠ざけられていた。婚約者のロルフ第二王子からも蔑まれる日々だが、公爵令嬢らしく堂々と生きていた。

私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました

新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。

姉が私の婚約者と仲良くしていて、婚約者の方にまでお邪魔虫のようにされていましたが、全員が勘違いしていたようです

珠宮さくら
恋愛
オーガスタ・プレストンは、婚約者している子息が自分の姉とばかり仲良くしているのにイライラしていた。 だが、それはお互い様となっていて、婚約者も、姉も、それぞれがイライラしていたり、邪魔だと思っていた。 そこにとんでもない勘違いが起こっているとは思いもしなかった。

そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。

木山楽斗
恋愛
伯爵家の令嬢であるアルシエラは、高慢な妹とそんな妹ばかり溺愛する両親に嫌気が差していた。 ある時、彼女は父親から縁を切ることを言い渡される。アルシエラのとある行動が気に食わなかった妹が、父親にそう進言したのだ。 不安はあったが、アルシエラはそれを受け入れた。 ある程度の年齢に達した時から、彼女は実家に見切りをつけるべきだと思っていた。丁度いい機会だったので、それを実行することにしたのだ。 伯爵家を追い出された彼女は、商人としての生活を送っていた。 偶然にも人脈に恵まれた彼女は、着々と力を付けていき、見事成功を収めたのである。 そんな彼女の元に、実家から申し出があった。 事情があって窮地に立たされた伯爵家が、支援を求めてきたのだ。 しかしながら、そんな義理がある訳がなかった。 アルシエラは、両親や妹からの申し出をきっぱりと断ったのである。 ※8話からの登場人物の名前を変更しました。1話の登場人物とは別人です。(バーキントン→ラナキンス)

義妹のせいで、婚約した相手に会う前にすっかり嫌われて婚約が白紙になったのになぜか私のことを探し回っていたようです

珠宮さくら
恋愛
サヴァスティンカ・メテリアは、ルーニア国の伯爵家に生まれた。母を亡くし、父は何を思ったのか再婚した。その再婚相手の連れ子は、義母と一緒で酷かった。いや、義母よりうんと酷かったかも知れない。 そんな義母と義妹によって、せっかく伯爵家に婿入りしてくれることになった子息に会う前にサヴァスティンカは嫌われることになり、婚約も白紙になってしまうのだが、義妹はその子息の兄と婚約することになったようで、義母と一緒になって大喜びしていた 。

処理中です...