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1章
6話
しおりを挟むホワイトローズ商会。
ここ十年で急激に発展した商会で、その力は今や公爵家に匹敵すると噂されている大商会だ。
元は小さな商会でしかなかったが、革新的な商品を次々と開発し、国内に瞬く間に普及させた。
一説によると商会が開発した商品でこの国の文化レベルが一世紀進んだ、とも言われている。
その大商会の会長が、クレアは私だと言っている。
「何で分かったんですか……?」
クレアの言葉は当たっていた。
ホワイトローズ商会の会長は、私だ。
「分かったのはついさっきだ。昨日お前が持っていたハサミで気づいたんだよ」
クレアの指摘通り、昨日教科書を切り裂く時に使ったのは確かに私の商会で作っているハサミだった。
誰も気づかないだろうと思い持っていたが、油断していたようだ。
「でも、ハサミなんていくらでも売られていますよ」
そう、ハサミ自体はもう私の商会からたくさん売られていた。値段も高くない。私が持っていたとしても何もおかしくはない物だ。それを持っていたからと言って私が商会の会長であることには繋がらない。
「それ、商会の新しい試作品だろ? つい最近見る機会があったから偶然覚えていたんだ。まあ、思い出したのもついさっきだけどな」
確かに、このハサミはまだ売られていない試作品だった。少ない力で切れるように改良された物だ。
試作品は公爵家や王家に送っているので、クレアが見たというのも嘘ではないだろう。
「男爵家の娘が、大商会の試作品を持っているなんておかしい。だから気づいたというわけだ」
「そうですか……それで、私が大商会の会長だと暴いて、何をするつもりですか?」
「お前の反応を見るに、誰にもバレたくないんだろ? だから、取引だ」
「取引?」
「俺が女装していることをお前が黙っている限り、俺はお前がホワイトローズ商会の会長だと言いふらしたりしないことを誓おう。どうだ?」
「ふむ……」
私は考える。
確かに私がホワイトローズ商会の会長であることはバレたくはない。
加えて私は別にクレアの正体を公表したりするつもりはないので、別にこの取引は悪い物ではない。
「分かりました。取引成立です」
「いいだろう。ならこれにサインしろ」
クレアは一枚の紙を取り出した。
どうやらこの取引を証明するための誓約書のようだ。後で知らないふりができないよう、ご丁寧に二枚きちんと用意されている。
私たち商人が契約を結ぶ際によく使う方法だ。
「よくご存知で」
「勉強したからな」
私は意外だった。
貴族というものは商人のビジネス的な考えや金に対する執着を嫌がる。
しかし案外クレアはそういった忌避感がないらしい。
私はペンを取り出してサインする。
クレアが肩をすくめて呟いた。
「これで女装なんかが好きな変態と話さなくて済むようになるな。清々する」
ピタリ、とペンを止めた。
「…………今なんとおっしゃいました?」
「女装なんて変態趣味の奴とこれ以上同じ空気が吸いたくない、と言ったんだが?」
クレアに変態扱いされ、私はカチン、ときた。
私はちょっと女装が好きなだけで、断じて変態な訳ではない。
「女装している本人に言われたくないんですが?」
「は? 俺の女装は無理やりさせられてるだけで俺の意思じゃない。自ら好んで女装を性癖にしてお前の方が変態に決まってるだろ」
「性癖は個人の自由でしょ? それに女装だからと悪い物決めつけるのは、ちょっと価値観が古いんじゃないんですか?」
女装を馬鹿にされたことで私は完全に頭に血が昇っていた。
乙女といえ、女装を馬鹿にされ引くことはできない。
これは誇りをかけた戦いなのだ。
「この変態」
「客観的に見たら女装してるあなたの方が変態です」
「はっ、よく言うな。可愛い俺のことが大好きなくせに」
そう言ってやれやれ、と肩をすくめながらクレアは笑う。
私は悟った。「あ、コイツは私が一番苛つくタイプだ」と。
どうにも前世からナルシストの俺様キャラは妙に鼻について仕方がないのだ。
「はぁ!? 言っておきますが、私はあなたの見た目と服装に恋してるだけです。中身は全く好きじゃありませんから勘違いしないでください! このナルシスト!」
「なっ!? お前なんてことを言うんだ!」
私たちはいがみ合う。
「お前の方が変態だね」
「いいえあなたの方が変態ですね」
「…………やるか?」
「上等です。表出てください」
私たちは至近距離で頭を突きつけ、睨みあう。
「ふん、やめだやめ。女に暴力を振るうのは好きじゃないからな」
「あーあー。逃げちゃいましたか。そんなところまで女々しいんですね」
私が煽るとクレアからプチン、と音がした。
「分かった。本気でやってやる。公爵家に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる」
「そっちこそ大商会を育てた私の力を見くびらないことですね」
一触即発。
その時、教室のドアが開かれた。
「ようやく見つけましたわ!」
大声で叫びながら入ってきたのはマーガレットだった。
後ろにはぞろぞろと取り巻き達を連れている。
マーガレットは歩き回ったせいか、少し息切れしていた。
「なっ!?」
そして教室に入ってくるや否や、近くで睨みある私とクレアを見て、なぜか驚愕の声を上げる。
「あ、あなた達! 一体どういう関係ですの!」
「お……私たちは別に特別な関係ではありません。本当に」
もうすでにクレアは令嬢モードに入っていた。
本当に猫を被ることだけはピカイチだ。
「ええ、そうです。この人とは友人ではありません。絶対に」
私とクレアは語尾を強調して主張する。
こんなナルシスト俺様男とは、絶対に友達になんかなれない。
「じゃあどんな関係ですのよ!」
マーガレットが質問してくる。
(どんな関係かなんて、そんなの──)
クレアとは断じて友達なわけではない。
そう、言葉で表すなら──
「「ちょっと協力し合う関係なだけです」」
私たちがそう答えると、今度は取り巻き達が驚いたように目を見開いていた。
マーガレットに至っては「そんな……」と呆然と呟いている。
何かおかしなことを言っただろうか?
「わ、私はもう帰りますわ!」
そしてマーガレットは慌てたように突然走り去って行った。
「マーガレット様!?」
「ま、待ってください!」
取り巻き達はその後ろを追いかけていく。
私はその姿を呆然と見送った。
「な、何だったんでしょう……」
「さあ……?」
私とクレアはまだこの時、マーガレットに言った言葉の意味を深く考えていなかった。
そして翌日、私はその言葉の意味を理解することにる。
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