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しおりを挟む「いた~い! 痛いわ!」
目の前で、義妹のイルマが泣いている。
今年で十五歳になるというのに、好きなものを好きなだけ食べ、醜く太った彼女は豚のような泣き声をあげて必死に腕や膝をさすっていた。
理由は只今階段から落ちたからだ。
落ちた、といっても段差三つほどの高さからだ。普通の人間は殆ど怪我などしない。
普通の人間ならばもしかすれば足を挫いたりするかもしれないが、クッション代わりの脂肪に包まれた彼女がそうなるとは思えない。現に今も足首ではなく膝や二の腕をさすっている。
それに、床に倒れ込むとき、ポヨン、と脂肪で体が跳ねるという嘘みたいにコミカルな光景も見た。怪我なんてしていないはずだ。
「何があった!」
ドタドタと音を立てて父のフランクが走ってきた。
父もイルマと同じく醜く太り、顔に玉のような汗を浮かべながら走ってきた。少しの距離を走るのでも疲れるようで、肩で息をしている。
「おとうさま! リーナが私のことを階段から突き落としたの!」
イルマがひと目で演技と分かる棒読みで父に訴えかける。
普通ならこの状況を信じるはずは無いのだが──
「何だと!?」
父はあっさりと信じた。
イルマに甘い彼はイルマの言葉を疑ったりしないのだ。
加えて、私は父に嫌われている。
昔はイルマと変わらず愛してくれていたのに、いつらか父は私を目の敵にし、イルマだけを大事にするようになった。
「お前は何ということをしたんだ!」
「いえ、ここから突き落とすわけが……」
「ええい黙れ! またイルマを虐めたのだろう! 全て分かっているんだ!」
私はため息をついた。話にならない。
「何!? 何があったの!?」
今度は義母のエルザがやって来た。
イルマや父フランクほどでは無いが、彼女も例に漏れず太っている。父と再婚しこの家に来たときは痩せていたが、結婚生活を送るうちに太ってしまった。
エルザはイルマを見つけると悲鳴をあげて駆け寄った。
「ああイルマ可哀想に……リーナ! あなたがやったんでしょう!」
「していません」
「あなたはいつもそうね! イルマばかりを虐めて! それなのにしてません、の一点張りで恥を知りなさい!」
まるで私がずっとイルマを虐めていたみたいな言い方たが、事実無根だ。するわけが無い。
そして今気づいたが、二人とも駆けつけるのが早すぎではないだろうか。
イルマが泣き声を上げてから駆けつけるまでがどう考えても早い。
まるで示し合わせていたかのように。
(ああ、そういうことですか……)
私を目の敵にしていた三人は、とうとう結論に辿り着いたのだ。
──私をこの家から追い出せばいい、と。
「もう我慢ならん! お前みたいな人間をこのブラウン伯爵家に置くことは出来ない! ──お前をこの家から絶縁する!」
それは予定調和のように。
父は私に対して絶縁する、と告げた。
今絶縁なんて叩きつけても自分の力で暮らしていけるはずのない十六歳の娘に。
私は、
「──いいでしょう。この家から出ていって差し上げます」
追放を、受け入れた。
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