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40話 倒れたノエル

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アンナからの知らせを聞いた途端、私は脇目も振らずに走り出していた。
ノエル様の部屋まで走っている間、私は不安に押しつぶされそうだった。

「ノエル様!」

ノックすらせずノエル様の部屋の扉を開ける。
飛び込むようにノエル様の部屋の中に入るとノエル様はベッドの上で上半身を起こして座っていた。
熱があるのか頬が赤く、少し苦しそうに呼吸をしている。

「ノエル、様……!」

私はショックで言葉が出なかった。

「リナリア……え?」

ノエル様が目を開け始めていたが、私は踵を返して走り出していた。

「リナリア!?」

後から追いついてきたアンナが私の背中に向かって叫ぶ。
だがその声には目もくれず私は走っていた。
目指すのは厨房だ。

「厨房を貸してください!」
「へ?」

私は急いで厨房へ駆け込み、そして厨房を借りると厨房にある限りの薬草を入れてお粥を作る。
このお粥は私が実家にいた頃、熱を出したときに自分で作っていたものだ。看病してくれる人なんて当然いなかったので、病気に効きそうな薬草を自分で調べて作る他なかった。
その結果出来たのがこの薬草粥だ。
本で読んだ薬草をありったけ入れているので直ぐに熱は下がる。ただ、その分凄く苦い。
そして出来上がった薬草粥を急いでノエル様の元まで運んでいく。

「お願いします! 食べてください!」

私はほとんど泣きながらノエル様に薬草入りのお粥を差し出した。

「……」

ノエル様はそれを見て、何も言わずに私の差し出したスプーンからお粥を食べた。
ノエル様が顔を顰めた。

「……苦いです」
「当然ですこれくらい! だって……信じてたんですよ。無茶しない、って言ってたのに! 心配で心配でたまらなかったのに、なんで倒れてるんですか! 私の気持ちを考えてください!」

不安と、悲しみと、心配とをごちゃ混ぜにして私は叫ぶ。

「……申し訳ありません」

私が涙を流しながらノエル様の胸を叩くとノエル様は申し訳なさそうに謝った。

「仕事、手伝います」

私は鼻を啜りながらノエル様を睨んだ。

「え?」
「当たり前じゃないですか。こんなに念を押したのに倒れたんですから、手伝うに決まってます」
「そ、それは……」
「ここで仕事を手伝わせてくださらなかったらもうずっと口を利きません。それに一日中泣いてノエル様を責めます。それでも良いんですか?」
「それは困ります……」
「それに……私、ノエル様に会えなくて寂しいです。もっとお話したいです。だからお仕事を手伝わさせてください。駄目ですか?」

私はノエル様を見上げる。
この言葉はここ最近ノエル様と話す機会すら少なくなってしまった私の本心だった。
しかし何かおかしなことを言ってしまったのか、私がそう言うとノエル様はいきなり固まった。

「……それを最後に持ってくるとは、あなたも強かになりましたね」
「え?」

強か?何のことだろうか。私はただ思ったことを言っただけだ。
ノエル様が私の頭に手を乗せて撫でる。

「分かりました、リナリア。私の仕事を手伝って貰っても良いですか?」
「もちろんです」

私は目尻に溜まった涙を拭って微笑んだ。




そして私が落ち着いてきた頃にノエル様は私に改めて謝った。

「すみません。少し疲れが出たようです。ですがただの熱なのですぐに仕事には戻れると……」

ノエル様がまるでこの後仕事に戻るような仕草を見せ始めていたので、私は慌てて阻止する。

「駄目です! ちゃんとお薬を飲んでください! お医者様は……!」
「今馬車で急いで呼びに行かせていますので、もうしばらくすればやってくるかと……」

代わりに答えてくれたのは側でずっと見守ってくれていたメイド長のクラリスだった。

「そ、そうなんですね……」

私は自分の行動が尚早であったことを理解した。
お医者様が来るなら別に薬草粥を作る必要はなかったのだから。

「申し訳ありませんノエル様……! 私、勝手に薬草粥なんか作って……あ! それに毒味も……!」

ノエル様に薬草粥を食べさせようと必死で、毒味を通すのを忘れていた。

「毒味は……もういいんです」
「え?」
「リナリアの作る食事に毒味が必要ないのはもう分かっていますから」

それはつまり、信用してもらえたということだろうか。
毒味が要らないくらい信頼されているというのは嬉しいが、そんなにあっさり信じられると私も照れてしまう。

「その……リナリア」

ノエル様が歯切れ悪く切り出してきた。

「何でしょう」 
「実は……すみません。もう一つ嘘をついていました」
「え?」
「リナリアに仕事をさせたくない理由は本当ですが、もう一つ理由があったのです」
「それは何ですか?」
「それは……口に出すのは少し恥ずかしいのですが」

私が追求するとノエル様は言い出しづらそうな表情になった。
よほど恥ずかしい理由なのだろうか。

「この際なんですから白状してください」

私が少し非難の色を含めて目を細めるとノエル様は観念したのか話し始めた。

「実は……リナリアといると、どうしてもリナリアを構ってしまうと思ったんです」
「……え?」

私はポカンと口を開けた。

「その……リナリアが近くにいるとリナリアばかりに意識が行って、仕事がおろそかになってしまって。というかもう既にかなり仕事が疎かになっているというか……そのせいでここまで無茶をせざるを得なくなったと言うか……」

ノエル様が気まずそうに顔を逸らす。
それは、つまり。
もう既に私に気を取られて仕事が疎かになった結果、この仕事の量になったという訳で……。
私の顔が真っ赤に染まった。

「そんな……まさか……」

私はあまりにも突然だったので口に手を当てて驚いていた。
チラリと伺うとノエル様も気恥ずかしそうな表情になっている。

「えっと……その……ありがとうございます……?」

何かを言わなければと思いそう言ったのだが、余計におかしなことを言ってしまった。
奇妙な沈黙が流れる。
私は居た堪れなくなって、取り敢えず部屋から逃げ出すことにした。

「そ、それでは失礼します!」
「あっ……」

このままここにいても目も合わせられないと思った。
それぐらい私の頭の中は困惑していた。
まるで逃げるようにして自分の部屋へと戻ってくると、またさっきみたいにベッドに飛び込む。

「~~~っ!!」

枕に顔を押し当てながら声にならない叫び声をあげる。

「どうしたのよ。また戻ってきて」

私と一緒に部屋に戻ってきたアンナが呆れたようにため息をついていた。

「アンナさん! 聞きましたか! 今の言葉!」

私はガバッと顔を上げてアンナ質問する。

「き、聞いてたけど……」

食い気味に聞いてきた私にアンナは若干引いていた。

「何ですかあれ! 何ですかあれ! ノエル様は本当にもうっ……!」

私は行き場のない感情が枕に振り下ろす。
ポス、と力の無い音がした。
私はそれからしばらくそのままだった。
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