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5話 公爵様と婚約
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ソファに座っている公爵は今まで見たことがないくらい容姿が整っていた。
金色の髪に青色の瞳。
見る人が見たらきっと彼のことを『王子様』なんて呼んだのではないだろうか。
柔和そうな笑顔を浮かべているが、威厳のようなものが公爵様にはあった。
二十歳だったはずだが、立ち振る舞いはすでに公爵のものだった。
流石若くして先代に公爵の座を譲られただけはある。
私がそう考えていると、父が公爵様に対して頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ネイジュ公爵様」
「急に押しかけてしまったにも関わらずこうして迎え入れてくれたことを感謝します。そういえば、確か伯爵は先代と面識があったとか」
恐らく公爵家から借金をした時の話だろう。
「はい、こちらこそ先代様には格別のご配慮を頂きまして、今回の婚約も我ら一同感謝しております」
父は公爵様に対して謙る。
しかし心の中ではそんなことを思っていないであろうことはありありと分かった。
「私の妻と子供たちを紹介させていただきます。妻のカトリーヌと、娘のローラ、リナリアです」
そして私たちはそれぞれ公爵様に挨拶をした。
「ん? おかしいですね、確か伯爵の夫人は白金色の髪をしていたと記憶していたのですが……」
公爵様は首を傾げる。
自分の記憶とは違って、父の妻の髪色が違うことに疑問を感じているのだろう。
カトリーヌの髪色は赤色。白金色とはほど遠い。
父は慌てて公爵様に言い訳をする。
「前の妻は七年前に亡くなりまして、こちらが現在の妻です」
「そうでしたか。お気の毒に」
「いえ、前の妻が亡くなった時は深い悲しみを感じていましたが、七年も前ですからもう踏ん切りはついております」
父は目元の涙を拭うふりをする。
悲しんでいたなのどの口で言っているのだろう。母が亡くなった当日にはカトリーヌとローラを連れてきたくせに。
公爵様は本題である婚約の話を切り出した。
「それで、今回の話ですが」
「はい、婚約の件、喜んで受けさせていただきます」
父がそう言うと公爵様は驚いたように眉を上げた。
それは婚約の話を了承したことではなく、了承した父の顔を見てだろう。
父は笑っていた。心の底から出てきた笑みだった。
一応貴族として表情は取り繕っているが、それでも隠し切ることのできない歓喜の色が父の表情には滲んでいた。
「……私のお願いは少々強引であったという自覚はあるのですが」
公爵様は父に遠回しになぜそんなに喜んでいるのかを質問する。
恐らく公爵様の言葉を代弁するなら『借金の形として売り飛ばすように迫ったはずなのに、そんなに喜んでいるなんて娘を売り飛ばすことを何とも思っていないのか?』と言う意味だ。
そうするように誘導している公爵様が言うのもおかしいと思うが、父の態度はもっとおかしい。
本来なら子供を売り飛ばすことを受け入れる親なんていないのだから。
「いえいえ、公爵様の婚約者になるほど光栄なことはありませんから。そうだろう、リナリア!」
父が私に話を振ってきた。
頷け、と言う意味だ。
「はい、その通りでございます。公爵様の婚約者になれること、この上ない光栄です!」
父に命令された通り、私は大人しく頷くが、最後の方に少々本音が混じって喜んでしまった。でも婚約できて嬉しいのは本心だ。だってこの屋敷から出ることができるのだから。
それに貴族の言葉遣いを習ったのは随分前で、そこから本でしか学んでいないので間違った言い回しをしているかもしれない。
私の反応を見て公爵は何か得心したのか「そうか……」と呟いてこめかみを抑えた。
しかしすぐに頭を振って元の優しそうな笑顔に戻る。
「いえ、ありがとう。婚約をここまで喜んでもらえるなんて嬉しい限りです。それで、そちらの彼女が今回の私の婚約者と言うことでよろしいでしょうか」
「これは紹介が遅れました。私の娘のリナリア・マリヤックと申します」
「リナリア・マリヤックです。初めまして公爵様。このような婚約のお話をいただけて光栄です」
私は公爵様に二度目の挨拶をした。ドレスの裾をつまんでする貴族の挨拶であるカーテシーも久しぶりだったのでぎこちなかったかもしれない。
しかし公爵はそんなことはおくびにも出さず、私の手を取り口をつける挨拶をした。
「リナリア嬢。初めてお目にかかります。私はノエル・ネイジュ公爵です。婚約の話を受け入れてくださり感謝します。情熱的な赤色のドレスがあなたの美しい白金色の髪によく似合っていますね」
恐らく全く似合っていないろうが、公爵様は私のドレスをマナーとして褒めてくれた。
恐ろしく整った顔が近くにあることに少しドキドキとした。
そして挨拶が終わると今度は公爵様が父に質問した。
「社交界ではローラ嬢しか見たことがありませんでしたし、二人娘がいるなんて伺ったことも無かったので驚きましたが、リナリア嬢は今まで何かご病気でも患っていたのですか?」
十七歳にもなるのに今まで社交界に出たこともなく、それでいて話も聞いたことがないとくれは真っ先に伺うのは病気だろう。
父が焦って公爵様に説明する。
「そ、そうなのです。リナリアは昔から病弱でして、最近までは社交界にすら出れない状態でしたので……」
「なるほど、それでこれほどまで細いのですね」
父は冷や汗をかく。
「で、ですが今はもう健康です! 婚約者として問題なくお仕えできるかと!」
「そうですね。少なくとも今は健康的な問題は無さそうだ」
公爵様がそういうと父はほっと安心したように息を吐いた。
そして今度は忘れないうちに、と公爵様へごますりをしながら近寄る。
「それで借金の件なのですが……」
「はい、私の屋敷にて正式に婚約を結び次第借金については精算させていただきます」
「はっ、はい! よろしくお願いします!」
父は分かりやすく喜んだ。
「ん……?」
今、一瞬公爵様が父を睨んでいるように見えたけど気のせいかな……。
しかしやはり私の気のせいだったのだろう、公爵様はすぐに柔和な笑みに戻って私に話しかけてきた。
「それではリナリア嬢。下に馬車を待たせています。今から私の屋敷へ行きましょう」
「え?」
突然の話に困惑したが、別に待つ必要はないのでそれも当然だろう。
「荷物などがあれば積み込ませますが」
「あ、えと……荷物は、ないです」
貴族の令嬢が婚約して相手の屋敷へと行くのに荷物が無いなんておかしいのは分かっているが、無いものはないのでそういうしかなかった。
私が持っていける荷物はこのドレス以外に無いのだから。
「……」
私の言葉に公爵様は何かを考え込む。
私はなぜだかわからないが気まずくなって必死に何か持っていく物はないかと考えた。
「あ、でも母のペンダントが……」
そう言って首からかけてあるペンダントを触ろうとするが──無かった。
「な、なんで……どこに」
私は焦って必死に記憶の中を探る。
そして体を洗う際に脱いだ服と一緒に使用人に預けていたことを思い出した。
「あ、あの…………お、お父様……」
「なんだ」
お父様なんて呼んだのは久しいぶりなので私は少し言葉を詰まらせつつも父に尋ねる。
父は私にお父様と呼ばれたことに不機嫌そうな表情になる。
「使用人の方に、母の形見を預けているんです」
「知らん。そんなもの置いていけばいいだろう」
「それは出来ません!」
自分で想像していたよりも大きい声が出た。
父もカトリーヌもローラも、驚いたように目を見開いて私を見ていた。
「あれは大事な形見なのです。お願いですから、持っていかせてください」
今度は大きな声が出ないように言葉を区切りながら私はそう言った。
父は今までずっと大人しく従っていた私に反抗的な態度を取られたことが相当屈辱だったらしい。
顔を真っ赤にして今にも怒鳴り出しそうになっていた。
「お父様、お願いします」
しかし私は引かなかった。
あのペンダントは母の大切な形見だったからだ。
絶対に手放すことはできない。
「貴様──」
父が今にも怒鳴り出しそうになったその時。
「伯爵。私からもお願いします。そのペンダントを持っていく許可を」
公爵様が私と一緒に父にお願いしてくれた。
公爵様が一緒にお願いしてくれたことで、父はたじろいだ。
「で、ですが……」
「形見とは誰にとっても大切なはずです。それに、同じく奥様を亡くされた伯爵なら彼女の気持ちが分かるでしょう?」
「ぐ……分かりました。すぐに持って来させます」
父は悔しそうに歯軋りをしながらも使用人に私のペンダントを持って来させるように命令した。
そしてすぐにペンダントが持って来られた。
私はそのペンダントを使用人から受け取ると、ぎゅっと力強く握る。
そして私は公爵様にお礼を言った。
「ありがとうございます。公爵様」
「いえいえ、大切な物だったのでしょう?」
「はい、大切です。どんな物よりも」
公爵様はニッコリと笑う。
そして公爵様は私を見ているとその先にある窓から何かを見つけたらしい。
「ん? あれは……」
私も振り返ってその視線を追う。
「あっ」
公爵様の視線の先にあるのは私が住んでいたボロ小屋だった。
貴族の屋敷になぜあんなボロボロの木組の小屋があるのかが不思議なようだ。
「あれは何でしょう」
公爵様は父に質問する。
父は今までで一番の焦りを見せながら応えた。
「あ、あれは……う、馬小屋です!」
「あれが馬小屋? 窓がついていますし、どう見ても人が住むための小屋に見えますが……」
「ま、間違えました! 確かにあれはただの小屋です! 以前思いついて建てたはいいものの、全く使っておりません!」
「なるほど。そうですか」
公爵様は父の説明に納得したようだ。
そんなに気になっていることでも無かったのだろう。
私と父はなんとか切り抜けることができた、とホッとする。
「それではリナリア嬢、行きましょうか」
「……はい!」
公爵様が腕を差し出してきた。
一瞬意味が分からなかったが、すぐにエスコートしてくれているのだと分かった。
あくまでこの婚約はすぐに破棄するのに、私のことを婚約者として扱ってくれるらしい。
誰かに優しさを向けられたのは久しぶりで、私は嬉しくなってしまい返事の声が少し大きくなってしまった。
「……」
しかし公爵様は私の表情を見て、また険しい顔になった。
「あ、あの……どうかしましたか?」
「……いえ、何でもありません。では、行きましょう」
そして私は屋敷の前に用意されていた馬車に乗り込み、公爵様の屋敷へと向かった。
金色の髪に青色の瞳。
見る人が見たらきっと彼のことを『王子様』なんて呼んだのではないだろうか。
柔和そうな笑顔を浮かべているが、威厳のようなものが公爵様にはあった。
二十歳だったはずだが、立ち振る舞いはすでに公爵のものだった。
流石若くして先代に公爵の座を譲られただけはある。
私がそう考えていると、父が公爵様に対して頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ネイジュ公爵様」
「急に押しかけてしまったにも関わらずこうして迎え入れてくれたことを感謝します。そういえば、確か伯爵は先代と面識があったとか」
恐らく公爵家から借金をした時の話だろう。
「はい、こちらこそ先代様には格別のご配慮を頂きまして、今回の婚約も我ら一同感謝しております」
父は公爵様に対して謙る。
しかし心の中ではそんなことを思っていないであろうことはありありと分かった。
「私の妻と子供たちを紹介させていただきます。妻のカトリーヌと、娘のローラ、リナリアです」
そして私たちはそれぞれ公爵様に挨拶をした。
「ん? おかしいですね、確か伯爵の夫人は白金色の髪をしていたと記憶していたのですが……」
公爵様は首を傾げる。
自分の記憶とは違って、父の妻の髪色が違うことに疑問を感じているのだろう。
カトリーヌの髪色は赤色。白金色とはほど遠い。
父は慌てて公爵様に言い訳をする。
「前の妻は七年前に亡くなりまして、こちらが現在の妻です」
「そうでしたか。お気の毒に」
「いえ、前の妻が亡くなった時は深い悲しみを感じていましたが、七年も前ですからもう踏ん切りはついております」
父は目元の涙を拭うふりをする。
悲しんでいたなのどの口で言っているのだろう。母が亡くなった当日にはカトリーヌとローラを連れてきたくせに。
公爵様は本題である婚約の話を切り出した。
「それで、今回の話ですが」
「はい、婚約の件、喜んで受けさせていただきます」
父がそう言うと公爵様は驚いたように眉を上げた。
それは婚約の話を了承したことではなく、了承した父の顔を見てだろう。
父は笑っていた。心の底から出てきた笑みだった。
一応貴族として表情は取り繕っているが、それでも隠し切ることのできない歓喜の色が父の表情には滲んでいた。
「……私のお願いは少々強引であったという自覚はあるのですが」
公爵様は父に遠回しになぜそんなに喜んでいるのかを質問する。
恐らく公爵様の言葉を代弁するなら『借金の形として売り飛ばすように迫ったはずなのに、そんなに喜んでいるなんて娘を売り飛ばすことを何とも思っていないのか?』と言う意味だ。
そうするように誘導している公爵様が言うのもおかしいと思うが、父の態度はもっとおかしい。
本来なら子供を売り飛ばすことを受け入れる親なんていないのだから。
「いえいえ、公爵様の婚約者になるほど光栄なことはありませんから。そうだろう、リナリア!」
父が私に話を振ってきた。
頷け、と言う意味だ。
「はい、その通りでございます。公爵様の婚約者になれること、この上ない光栄です!」
父に命令された通り、私は大人しく頷くが、最後の方に少々本音が混じって喜んでしまった。でも婚約できて嬉しいのは本心だ。だってこの屋敷から出ることができるのだから。
それに貴族の言葉遣いを習ったのは随分前で、そこから本でしか学んでいないので間違った言い回しをしているかもしれない。
私の反応を見て公爵は何か得心したのか「そうか……」と呟いてこめかみを抑えた。
しかしすぐに頭を振って元の優しそうな笑顔に戻る。
「いえ、ありがとう。婚約をここまで喜んでもらえるなんて嬉しい限りです。それで、そちらの彼女が今回の私の婚約者と言うことでよろしいでしょうか」
「これは紹介が遅れました。私の娘のリナリア・マリヤックと申します」
「リナリア・マリヤックです。初めまして公爵様。このような婚約のお話をいただけて光栄です」
私は公爵様に二度目の挨拶をした。ドレスの裾をつまんでする貴族の挨拶であるカーテシーも久しぶりだったのでぎこちなかったかもしれない。
しかし公爵はそんなことはおくびにも出さず、私の手を取り口をつける挨拶をした。
「リナリア嬢。初めてお目にかかります。私はノエル・ネイジュ公爵です。婚約の話を受け入れてくださり感謝します。情熱的な赤色のドレスがあなたの美しい白金色の髪によく似合っていますね」
恐らく全く似合っていないろうが、公爵様は私のドレスをマナーとして褒めてくれた。
恐ろしく整った顔が近くにあることに少しドキドキとした。
そして挨拶が終わると今度は公爵様が父に質問した。
「社交界ではローラ嬢しか見たことがありませんでしたし、二人娘がいるなんて伺ったことも無かったので驚きましたが、リナリア嬢は今まで何かご病気でも患っていたのですか?」
十七歳にもなるのに今まで社交界に出たこともなく、それでいて話も聞いたことがないとくれは真っ先に伺うのは病気だろう。
父が焦って公爵様に説明する。
「そ、そうなのです。リナリアは昔から病弱でして、最近までは社交界にすら出れない状態でしたので……」
「なるほど、それでこれほどまで細いのですね」
父は冷や汗をかく。
「で、ですが今はもう健康です! 婚約者として問題なくお仕えできるかと!」
「そうですね。少なくとも今は健康的な問題は無さそうだ」
公爵様がそういうと父はほっと安心したように息を吐いた。
そして今度は忘れないうちに、と公爵様へごますりをしながら近寄る。
「それで借金の件なのですが……」
「はい、私の屋敷にて正式に婚約を結び次第借金については精算させていただきます」
「はっ、はい! よろしくお願いします!」
父は分かりやすく喜んだ。
「ん……?」
今、一瞬公爵様が父を睨んでいるように見えたけど気のせいかな……。
しかしやはり私の気のせいだったのだろう、公爵様はすぐに柔和な笑みに戻って私に話しかけてきた。
「それではリナリア嬢。下に馬車を待たせています。今から私の屋敷へ行きましょう」
「え?」
突然の話に困惑したが、別に待つ必要はないのでそれも当然だろう。
「荷物などがあれば積み込ませますが」
「あ、えと……荷物は、ないです」
貴族の令嬢が婚約して相手の屋敷へと行くのに荷物が無いなんておかしいのは分かっているが、無いものはないのでそういうしかなかった。
私が持っていける荷物はこのドレス以外に無いのだから。
「……」
私の言葉に公爵様は何かを考え込む。
私はなぜだかわからないが気まずくなって必死に何か持っていく物はないかと考えた。
「あ、でも母のペンダントが……」
そう言って首からかけてあるペンダントを触ろうとするが──無かった。
「な、なんで……どこに」
私は焦って必死に記憶の中を探る。
そして体を洗う際に脱いだ服と一緒に使用人に預けていたことを思い出した。
「あ、あの…………お、お父様……」
「なんだ」
お父様なんて呼んだのは久しいぶりなので私は少し言葉を詰まらせつつも父に尋ねる。
父は私にお父様と呼ばれたことに不機嫌そうな表情になる。
「使用人の方に、母の形見を預けているんです」
「知らん。そんなもの置いていけばいいだろう」
「それは出来ません!」
自分で想像していたよりも大きい声が出た。
父もカトリーヌもローラも、驚いたように目を見開いて私を見ていた。
「あれは大事な形見なのです。お願いですから、持っていかせてください」
今度は大きな声が出ないように言葉を区切りながら私はそう言った。
父は今までずっと大人しく従っていた私に反抗的な態度を取られたことが相当屈辱だったらしい。
顔を真っ赤にして今にも怒鳴り出しそうになっていた。
「お父様、お願いします」
しかし私は引かなかった。
あのペンダントは母の大切な形見だったからだ。
絶対に手放すことはできない。
「貴様──」
父が今にも怒鳴り出しそうになったその時。
「伯爵。私からもお願いします。そのペンダントを持っていく許可を」
公爵様が私と一緒に父にお願いしてくれた。
公爵様が一緒にお願いしてくれたことで、父はたじろいだ。
「で、ですが……」
「形見とは誰にとっても大切なはずです。それに、同じく奥様を亡くされた伯爵なら彼女の気持ちが分かるでしょう?」
「ぐ……分かりました。すぐに持って来させます」
父は悔しそうに歯軋りをしながらも使用人に私のペンダントを持って来させるように命令した。
そしてすぐにペンダントが持って来られた。
私はそのペンダントを使用人から受け取ると、ぎゅっと力強く握る。
そして私は公爵様にお礼を言った。
「ありがとうございます。公爵様」
「いえいえ、大切な物だったのでしょう?」
「はい、大切です。どんな物よりも」
公爵様はニッコリと笑う。
そして公爵様は私を見ているとその先にある窓から何かを見つけたらしい。
「ん? あれは……」
私も振り返ってその視線を追う。
「あっ」
公爵様の視線の先にあるのは私が住んでいたボロ小屋だった。
貴族の屋敷になぜあんなボロボロの木組の小屋があるのかが不思議なようだ。
「あれは何でしょう」
公爵様は父に質問する。
父は今までで一番の焦りを見せながら応えた。
「あ、あれは……う、馬小屋です!」
「あれが馬小屋? 窓がついていますし、どう見ても人が住むための小屋に見えますが……」
「ま、間違えました! 確かにあれはただの小屋です! 以前思いついて建てたはいいものの、全く使っておりません!」
「なるほど。そうですか」
公爵様は父の説明に納得したようだ。
そんなに気になっていることでも無かったのだろう。
私と父はなんとか切り抜けることができた、とホッとする。
「それではリナリア嬢、行きましょうか」
「……はい!」
公爵様が腕を差し出してきた。
一瞬意味が分からなかったが、すぐにエスコートしてくれているのだと分かった。
あくまでこの婚約はすぐに破棄するのに、私のことを婚約者として扱ってくれるらしい。
誰かに優しさを向けられたのは久しぶりで、私は嬉しくなってしまい返事の声が少し大きくなってしまった。
「……」
しかし公爵様は私の表情を見て、また険しい顔になった。
「あ、あの……どうかしましたか?」
「……いえ、何でもありません。では、行きましょう」
そして私は屋敷の前に用意されていた馬車に乗り込み、公爵様の屋敷へと向かった。
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