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第一話
しおりを挟むある屋敷の中庭の一角に設置されている小さな丸テーブルには、一人分のお茶と焼き菓子が置かれている。
椅子に座っているストロベリーブロンドの女性は優雅にカップに口を付け読書をしていた。
空は晴れ渡り、庭の木々が日の光を程よく緩和してくれる。時折り吹く穏やかな風が心地良い。
ここはロワリエ侯爵家の屋敷であり、侯爵家の長女であるクリスタ・ロワリエは、今日は特別な用事もなく天気も良いので外で読書をする事にした。
人払いをし一人静かな時間を過ごしていたが、不意に視線を感じ顔を上げた。
「またテディを買収されたんですか」
「人聞きが悪いな。これはただの取り引きだよ」
テディはロワリエ家の使用人で、クリスタが生まれた時には既に屋敷で働いていた。明るく気さくで働き者だが、困った事に何時も彼に買収されてこうやって中へと入れてしまう。
彼は本来、出入り禁止になっているのだが……。
「はい、これはクリスタに。今日は特製アップルパイだよ」
「ありがとうございます……」
そう言って彼は布を被せたバスケットをテーブルに置いた。中からはアップルパイの甘くて良い匂いがする。
因みにこのアップルパイが今日の買収の品だ。
テディは甘党なので金品などではなく甘い物の誘惑に負けてしまう。
「お父様に見つかったら叩き出されますよ」
「大丈夫だよ。ここは執務室からは見えないだろう」
空いている向かい側の椅子に座ると、彼は手際よくクリスタの皿に切り分けられているアップルパイを乗せてくれた。
「はい、あ~んして」
「自分で食べれます。子供扱いしないで下さい」
フォークで一口にしたアップルパイを口元へと差し出され不満気に彼を見る。だが彼は笑みを浮かべ手を引っ込めるつもりは全くないようだ。
仕方なくそれを食べると、彼は満足そうに笑った。
端正な顔、肩までの銀色の髪は一つに縛り、サファイアのように美しい青い瞳の彼はブラッド・ラヴァン。
クリスタの幼馴染であり元婚約者でもある。
侯爵家の嫡男で歳は二十二歳、その容姿や肩書き、穏やかな性格から男女問わず人気がある。
何時も相談に乗ってくれる頼り甲斐のある優しい人だが、少し意地悪な面もあったりする。
婚約は破談となってしまったが、幼馴染という事もあり未だに交流は続いている。ただ正直、父は良い顔をしない。現に屋敷を出入り禁止にしているくらいだ。
「それで今日はどうされたんですか?」
「あぁ、そうそう。うっかりしていたよ」
一応用件を訊いてみるが、嫌な予感しかしない。
「君の婚約者、浮気しているよ」
「……」
(やっぱり……)
「あれ、驚かないのかい」
「ブラッド様の意地悪」
絶対分かっている癖にそんな風に訊いてくる。
流石に驚く筈もない。何故なら浮気されるのはこれで十八回目であり、歴代の婚約者達との婚約破棄の理由は十中八九これだ。
「一応お聞きしますが、どうやって知ったんですか?」
「偶然君の婚約者と女性が一緒にいる所を見たんだ」
「偶然、ですか?」
「そう偶然だよ」
こんなやりとりも十八回目だ。
彼は毎回"偶然"クリスタの婚約者の浮気現場を目撃している。そんなに都合良く居合わせるものだろうか。
なんだか腑には落ちないが、毎回調べると本当に黒なので嘘を言っている訳ではない。
それより今回もまた婚約がダメになるかと思うと気が重くなる。父が落胆する姿が目に浮かぶようだ。
「そんなに拗ねないでよ」
「別に拗ねてません」
「まあ拗ねてる顔も可愛いから僕は一向に構わないけど」
「だから拗ねてないです! もう茶化さないで下さい」
「はは、ごめん。それより早くロワリエ侯爵に報告しないと。このまま結婚したら大変な事になるよ。もし結婚後に浮気が発覚したら、お相手殺されるんじゃない?」
冗談のように言っているが、冗談では済まないだろう。父は死ぬほど不貞が嫌いだ。流石に殺す事はあり得ないが、相手の家を潰すくらいはしそうで怖い……。
「ほら、急いで」
ブラッドに急かされクリスタは席を立った。
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