彼の子を身篭れるのは私だけ

月密

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十話

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ーー当日。

 リーザは、昨夜殆ど眠る事が出来なかった。
 まさか前日になってあんな事を告げられるとは思わず、途方に暮れた。
 一瞬ヴィルヘイムに知らせなくてはーーそう考えたが、母から言い付けでられた使用人達から見張られており屋敷からは一歩たりとも出る事は出来ず……それにーー。

 知らせた所でどうするのだろう?

 ふと思ってしまった。
 以前確かに彼から求婚を受けた。だがその後彼が結婚について何か話してくる事は無かった。
 夜会に出れば必ず彼から声を掛けられ、二人きりになれば抱き合い口付けをして少しだけ触れ合う仲ではあるが、彼はそれ以上はしてこない。よくよく考えて見れば、なんて不安定で曖昧な関係なのだろう。

(本当に彼は他の女性には反応しないのだろうか? もしかしたら騙されている? でも何の為に?)

 自問自答を繰り返し不毛な時間だけが過ぎていき、結局何も出来ないまま今日を迎える事になってしまった。
 
「失礼致します。フォート侯爵夫妻及び御子息様がお見えになられました」

 朝早くから強制的に全身を無駄に着飾らされたリーザは、どこかぼんやりとした思考の中で応接間へと向かった。
 
 


 頼りない洋燈の灯りだけが薄暗い部屋の中を照らしている。
 リーザはただ揺らめく火を呆然と眺めていた。

 顔合わせも終わり食事を摂った後、両親達はそのまま酒を呑みながら雑談を始めた。
 リーザは支度をする為に先に下がった。
 湯浴みを済ませ寝衣に着替え客間で彼を待っていると、暫くして部屋の扉が軽く叩かれる。その瞬間、心臓が大きく脈打ち身体が強張った。

「リーザ嬢」
「っーー」

 扉が閉まり鍵を掛ける音が耳に付く。
 俯きベッドの端に座っているリーザの元へとゆっくりと足音が近付いて来るのが分かった。
 男の靴が洋燈の灯りに照らしだされ視界に映る。そして靴はリーザの正面で止まった。

「怯えないで、リーザ嬢。大丈夫、優しくするから」
 
 音もなく伸びて来た手に思わず身体をすくめた。
 ヴィルヘイムの顔が頭に浮かび、瞳の奥が熱くなる。

「ねぇ、リーザ嬢。僕の事覚える?」
「ーー?」

 不審に思いながらも恐る恐る顔をあげてみると、困った様に笑う彼と目がった。
 何処かで会った事がある様な、ない様な、ある様な……やはり記憶にない。
 困惑していると、彼は軽快に笑い出し今度はリーザの前に跪いた。

「お初にお目に掛かります、レディー。僕の名はエリク・フォート、この国の平和と秩序、貴女の様なか弱く美しい女性を守る為に! 騎士を務めております。僕は今胸が張り裂けそうな程の衝撃を受けています。それは何故だかお分かりになりますか? それは、貴女という女神と出会えたからです!」
「ぁーー!」

 瞬間記憶が蘇り小さく声を洩らした。
 一ヶ月程前に開かれた夜会で出会った人物だ。確か、ヴィルヘイムが友人だと話していた。
 
「あの時の……」
「ようやく思い出してくれたかな、レディー?」

 エリクはリーザの隣に腰を下ろすと、意外な事を話し出した。







 
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