10 / 16
十話
しおりを挟む
ーー当日。
リーザは、昨夜殆ど眠る事が出来なかった。
まさか前日になってあんな事を告げられるとは思わず、途方に暮れた。
一瞬ヴィルヘイムに知らせなくてはーーそう考えたが、母から言い付けでられた使用人達から見張られており屋敷からは一歩たりとも出る事は出来ず……それにーー。
知らせた所でどうするのだろう?
ふと思ってしまった。
以前確かに彼から求婚を受けた。だがその後彼が結婚について何か話してくる事は無かった。
夜会に出れば必ず彼から声を掛けられ、二人きりになれば抱き合い口付けをして少しだけ触れ合う仲ではあるが、彼はそれ以上はしてこない。よくよく考えて見れば、なんて不安定で曖昧な関係なのだろう。
(本当に彼は他の女性には反応しないのだろうか? もしかしたら騙されている? でも何の為に?)
自問自答を繰り返し不毛な時間だけが過ぎていき、結局何も出来ないまま今日を迎える事になってしまった。
「失礼致します。フォート侯爵夫妻及び御子息様がお見えになられました」
朝早くから強制的に全身を無駄に着飾らされたリーザは、どこかぼんやりとした思考の中で応接間へと向かった。
頼りない洋燈の灯りだけが薄暗い部屋の中を照らしている。
リーザはただ揺らめく火を呆然と眺めていた。
顔合わせも終わり食事を摂った後、両親達はそのまま酒を呑みながら雑談を始めた。
リーザは支度をする為に先に下がった。
湯浴みを済ませ寝衣に着替え客間で彼を待っていると、暫くして部屋の扉が軽く叩かれる。その瞬間、心臓が大きく脈打ち身体が強張った。
「リーザ嬢」
「っーー」
扉が閉まり鍵を掛ける音が耳に付く。
俯きベッドの端に座っているリーザの元へとゆっくりと足音が近付いて来るのが分かった。
男の靴が洋燈の灯りに照らしだされ視界に映る。そして靴はリーザの正面で止まった。
「怯えないで、リーザ嬢。大丈夫、優しくするから」
音もなく伸びて来た手に思わず身体をすくめた。
ヴィルヘイムの顔が頭に浮かび、瞳の奥が熱くなる。
「ねぇ、リーザ嬢。僕の事覚える?」
「ーー?」
不審に思いながらも恐る恐る顔をあげてみると、困った様に笑う彼と目がった。
何処かで会った事がある様な、ない様な、ある様な……やはり記憶にない。
困惑していると、彼は軽快に笑い出し今度はリーザの前に跪いた。
「お初にお目に掛かります、レディー。僕の名はエリク・フォート、この国の平和と秩序、貴女の様なか弱く美しい女性を守る為に! 騎士を務めております。僕は今胸が張り裂けそうな程の衝撃を受けています。それは何故だかお分かりになりますか? それは、貴女という女神と出会えたからです!」
「ぁーー!」
瞬間記憶が蘇り小さく声を洩らした。
一ヶ月程前に開かれた夜会で出会った人物だ。確か、ヴィルヘイムが友人だと話していた。
「あの時の……」
「ようやく思い出してくれたかな、レディー?」
エリクはリーザの隣に腰を下ろすと、意外な事を話し出した。
リーザは、昨夜殆ど眠る事が出来なかった。
まさか前日になってあんな事を告げられるとは思わず、途方に暮れた。
一瞬ヴィルヘイムに知らせなくてはーーそう考えたが、母から言い付けでられた使用人達から見張られており屋敷からは一歩たりとも出る事は出来ず……それにーー。
知らせた所でどうするのだろう?
ふと思ってしまった。
以前確かに彼から求婚を受けた。だがその後彼が結婚について何か話してくる事は無かった。
夜会に出れば必ず彼から声を掛けられ、二人きりになれば抱き合い口付けをして少しだけ触れ合う仲ではあるが、彼はそれ以上はしてこない。よくよく考えて見れば、なんて不安定で曖昧な関係なのだろう。
(本当に彼は他の女性には反応しないのだろうか? もしかしたら騙されている? でも何の為に?)
自問自答を繰り返し不毛な時間だけが過ぎていき、結局何も出来ないまま今日を迎える事になってしまった。
「失礼致します。フォート侯爵夫妻及び御子息様がお見えになられました」
朝早くから強制的に全身を無駄に着飾らされたリーザは、どこかぼんやりとした思考の中で応接間へと向かった。
頼りない洋燈の灯りだけが薄暗い部屋の中を照らしている。
リーザはただ揺らめく火を呆然と眺めていた。
顔合わせも終わり食事を摂った後、両親達はそのまま酒を呑みながら雑談を始めた。
リーザは支度をする為に先に下がった。
湯浴みを済ませ寝衣に着替え客間で彼を待っていると、暫くして部屋の扉が軽く叩かれる。その瞬間、心臓が大きく脈打ち身体が強張った。
「リーザ嬢」
「っーー」
扉が閉まり鍵を掛ける音が耳に付く。
俯きベッドの端に座っているリーザの元へとゆっくりと足音が近付いて来るのが分かった。
男の靴が洋燈の灯りに照らしだされ視界に映る。そして靴はリーザの正面で止まった。
「怯えないで、リーザ嬢。大丈夫、優しくするから」
音もなく伸びて来た手に思わず身体をすくめた。
ヴィルヘイムの顔が頭に浮かび、瞳の奥が熱くなる。
「ねぇ、リーザ嬢。僕の事覚える?」
「ーー?」
不審に思いながらも恐る恐る顔をあげてみると、困った様に笑う彼と目がった。
何処かで会った事がある様な、ない様な、ある様な……やはり記憶にない。
困惑していると、彼は軽快に笑い出し今度はリーザの前に跪いた。
「お初にお目に掛かります、レディー。僕の名はエリク・フォート、この国の平和と秩序、貴女の様なか弱く美しい女性を守る為に! 騎士を務めております。僕は今胸が張り裂けそうな程の衝撃を受けています。それは何故だかお分かりになりますか? それは、貴女という女神と出会えたからです!」
「ぁーー!」
瞬間記憶が蘇り小さく声を洩らした。
一ヶ月程前に開かれた夜会で出会った人物だ。確か、ヴィルヘイムが友人だと話していた。
「あの時の……」
「ようやく思い出してくれたかな、レディー?」
エリクはリーザの隣に腰を下ろすと、意外な事を話し出した。
14
お気に入りに追加
1,448
あなたにおすすめの小説
俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?
イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」
私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。
最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。
全6話、完結済。
リクエストにお応えした作品です。
単体でも読めると思いますが、
①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】
母主人公
※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。
②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】
娘主人公
を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡
王城の廊下で浮気を発見した結果、侍女の私に溺愛が待ってました
メカ喜楽直人
恋愛
上級侍女のシンシア・ハート伯爵令嬢は、婿入り予定の婚約者が就職浪人を続けている為に婚姻を先延ばしにしていた。
「彼にもプライドというものがあるから」物わかりのいい顔をして三年。すっかり職場では次代のお局様扱いを受けるようになってしまった。
この春、ついに婚約者が王城内で仕事を得ることができたので、これで結婚が本格的に進むと思ったが、本人が話し合いの席に来ない。
仕方がなしに婚約者のいる区画へと足を運んだシンシアは、途中の廊下の隅で婚約者が愛らしい令嬢とくちづけを交わしている所に出くわしてしまったのだった。
そんな窮地から救ってくれたのは、王弟で王国最強と謳われる白竜騎士団の騎士団長だった。
「私の名を、貴女への求婚者名簿の一番上へ記す栄誉を与えて欲しい」
王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!
奏音 美都
恋愛
ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。
そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。
あぁ、なんてことでしょう……
こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!
《R18短編》優しい婚約者の素顔
あみにあ
恋愛
私の婚約者は、ずっと昔からお兄様と慕っていた彼。
優しくて、面白くて、頼りになって、甘えさせてくれるお兄様が好き。
それに文武両道、品行方正、眉目秀麗、令嬢たちのあこがれの存在。
そんなお兄様と婚約出来て、不平不満なんてあるはずない。
そうわかっているはずなのに、結婚が近づくにつれて何だか胸がモヤモヤするの。
そんな暗い気持ちの正体を教えてくれたのは―――――。
※6000字程度で、サクサクと読める短編小説です。
※無理矢理な描写がございます、苦手な方はご注意下さい。
【R18】王と王妃は側妃をご所望です。
とらやよい
恋愛
王太子妃になるべく厳しく育てられた侯爵令嬢イエリンだったが、努力の甲斐なく彼女が王太子妃選ばれることはなかった。
十代で夢破れ第二の人生に踏み出しても、見合いすら断られ続け結婚もできず六年が経過した。立派な行き遅れとなったイエリンにとって酒場で酒を飲むことが唯一の鬱憤の捌け口になっていた。
鬱々とした日々の中、ひょんなことから酒場で出会い飲み友になったアーロン。彼の存在だけが彼女の救いだった。
そんな或日、国王となったトビアスからイエリンを側妃に迎えたいと強い申し入れが。
王妃になれなかった彼女は皮肉にも国王トビアスの側妃となることになったのだが…。
★R18話には※をつけてあります。苦手な方はご注意下さい。
今日も殿下に貞操を狙われている【R18】
毛蟹葵葉
恋愛
私は『ぬるぬるイヤンえっちち学園』の世界に転生している事に気が付いた。
タイトルの通り18禁ゲームの世界だ。
私の役回りは悪役令嬢。
しかも、時々ハードプレイまでしちゃう令嬢なの!
絶対にそんな事嫌だ!真っ先にしようと思ったのはナルシストの殿下との婚約破棄。
だけど、あれ?
なんでお前ナルシストとドMまで併発してるんだよ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる