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六十七話
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「エミリア」
廊下を早歩きする彼女の後をマリユスは追いかける。
その後姿から、本当は走り出したいのだと伝わってきた。だが彼女は常日頃から淑女として~などと言って礼儀作法に厳しいので我慢しているのだろう。
中庭まで足を止める事なく辿り着くと、エミリアは椅子に座った。そして大きく息を吐く。
ただ単に歩き疲れた様にも見えるが、恐らく怒っている。
「エミリア……」
彼女の正面にマリユスも腰掛けた。
「私、謝罪は致しませんから」
「うん」
「間違った事なんて一言たりとも申しておりませんもの」
「うん」
「だって、酷過ぎますわ」
マリユスは目を見張る。何故なら何時も気位が高く毅然としているエミリアが、瞳いっぱいに涙を溜め溢れない様にと堪えていたからだ。
「どうしてあんなに酷い事を仰れるのか分かりません。確かに私は、まだベルティーユ様にはお会いした事はありませんわ。ですが、ずっと以前からお姉様からはベルティーユ様の事を聞き知っておりました。私がリヴィエに興味を抱いたきっかけもベルティーユ様のお話を聞いたからですの。お姉様が手放しで称賛されるくらい素晴らしい方のお兄様が国王ならきっと素晴らしい国なのだろうと想像しただけで胸が躍りましたわ。私が勝手に期待していただけですけど、正直幻滅しております。……こんな事、マリユス様に仰るべきではないとは分かっておりますの。ですが……」
躊躇いながらも彼女の頬に触れると、まるで小動物の様に頬を擦り寄せてくる。素直に愛らしいと思った。
「エミリア、ごめん」
「どうしてマリユス様が謝られますの?」
「僕が無力だから……。本当なら、弱っている兄上を支えなくてはならない立場なのに何も出来ない。僕が確りしていたら、もう少し違ったかも知れない……。兄上が姉上を責める事もエミリアを幻滅させる事もなかったかも……」
ディートリヒが不安定な時だからこそ支えなくてはならないのに、自分にはそれが出来ない。
王族としても弟としても失格だ。
「マリユス様!」
「⁉︎」
いきなり手を掴まれたかと思えば両手で確りと握られる。そのまま凝視されマリユスはたじろぐ。
「私を、ベルティーユ様に会わせて頂けませんか」
翌日、エミリアがどうしてもベルティーユに会ってみたいと言うので仕方なく彼女を姉の部屋まで連れて行く事になった。
ただベルティーユの部屋の前にはディートリヒの命令で見張りがいる。取り敢えずダメ元でマリユスが声を掛けると内緒で中に入れてくれた。
「初めまして、ベルティーユ様。お会い出来まして光栄です。私、エミリア・パシュラールと申します。ベルティーユ様の事は予々姉からお話をお聞きしております」
「初めて、エミリア様。此方こそお会い出来て嬉しいです。所でお姉様とは……」
「ブルマリアス国の元王弟の妻サブリナです。ご存知あるかと思うのですが……」
「え、サブリナ様の妹君ですか⁉︎」
そこから二人は初対面とは思えないくらい意気投合し終始愉し気に話に花を咲かせていた。マリユスの存在などはすっかり忘れ去られ、一人寂しく只管お茶を啜る。
約八年振りの再会なのだ。正直、自分だってもっと姉と話したいと不満はあったが、邪魔をしてベルティーユから叱られるのも嫌だ。
物心ついた時には既に母がいなかったマリユスにとってベルティーユは姉であり母代わりでもあった。
兄と同じで正義感の強い姉からは良く叱られた。普段は本当に優しい人だが、こう見えて怒るとかなり怖い。
「二人は恋人なの?」
「は?」
暫し意識を飛ばしている間に話はとんでもない方向に進んでいた。
思わず間の抜けた声が出てしまう。
「ち、違いますわ! こんな頼りない方、私には相応しくありませんもの」
相変わらず躊躇う事なく失礼な発言をする様は寧ろ清々しくさえ思える。
「それはこっちの台詞だ! 僕だってこんなじゃじゃ馬、願い下げだ!」
「まあ! マリユス様、失礼にも程がありますわ!」
「ふふ」
「姉上、笑わないで下さい……」
マリユスとエミリアのやり取りを見たベルティーユに笑われた。恥ずかし過ぎる。
「エミリア様」
不意にベルティーユは居住まいを正すと、真剣な表情を浮かべる。それに倣いエミリアの表情も真剣なものへと変わった。
「マリユスは昔から泣き虫で落ちつもなくて確かに頼りないかも知れません。でもね、思い遣りがあって優しい所とか意外と努力家だったり良い所も沢山あります。だから、見離さないであげて欲しいんです」
(姉上……)
「弟を、これからも宜しくお願い致します」
「……ベルティーユ様にお願いされてしまいましたら致し方がございません。承諾致しました。お任せ下さい」
戯けた様に言ってエミリアが笑うと、ベルティーユも穏やかに微笑んだ。
廊下を早歩きする彼女の後をマリユスは追いかける。
その後姿から、本当は走り出したいのだと伝わってきた。だが彼女は常日頃から淑女として~などと言って礼儀作法に厳しいので我慢しているのだろう。
中庭まで足を止める事なく辿り着くと、エミリアは椅子に座った。そして大きく息を吐く。
ただ単に歩き疲れた様にも見えるが、恐らく怒っている。
「エミリア……」
彼女の正面にマリユスも腰掛けた。
「私、謝罪は致しませんから」
「うん」
「間違った事なんて一言たりとも申しておりませんもの」
「うん」
「だって、酷過ぎますわ」
マリユスは目を見張る。何故なら何時も気位が高く毅然としているエミリアが、瞳いっぱいに涙を溜め溢れない様にと堪えていたからだ。
「どうしてあんなに酷い事を仰れるのか分かりません。確かに私は、まだベルティーユ様にはお会いした事はありませんわ。ですが、ずっと以前からお姉様からはベルティーユ様の事を聞き知っておりました。私がリヴィエに興味を抱いたきっかけもベルティーユ様のお話を聞いたからですの。お姉様が手放しで称賛されるくらい素晴らしい方のお兄様が国王ならきっと素晴らしい国なのだろうと想像しただけで胸が躍りましたわ。私が勝手に期待していただけですけど、正直幻滅しております。……こんな事、マリユス様に仰るべきではないとは分かっておりますの。ですが……」
躊躇いながらも彼女の頬に触れると、まるで小動物の様に頬を擦り寄せてくる。素直に愛らしいと思った。
「エミリア、ごめん」
「どうしてマリユス様が謝られますの?」
「僕が無力だから……。本当なら、弱っている兄上を支えなくてはならない立場なのに何も出来ない。僕が確りしていたら、もう少し違ったかも知れない……。兄上が姉上を責める事もエミリアを幻滅させる事もなかったかも……」
ディートリヒが不安定な時だからこそ支えなくてはならないのに、自分にはそれが出来ない。
王族としても弟としても失格だ。
「マリユス様!」
「⁉︎」
いきなり手を掴まれたかと思えば両手で確りと握られる。そのまま凝視されマリユスはたじろぐ。
「私を、ベルティーユ様に会わせて頂けませんか」
翌日、エミリアがどうしてもベルティーユに会ってみたいと言うので仕方なく彼女を姉の部屋まで連れて行く事になった。
ただベルティーユの部屋の前にはディートリヒの命令で見張りがいる。取り敢えずダメ元でマリユスが声を掛けると内緒で中に入れてくれた。
「初めまして、ベルティーユ様。お会い出来まして光栄です。私、エミリア・パシュラールと申します。ベルティーユ様の事は予々姉からお話をお聞きしております」
「初めて、エミリア様。此方こそお会い出来て嬉しいです。所でお姉様とは……」
「ブルマリアス国の元王弟の妻サブリナです。ご存知あるかと思うのですが……」
「え、サブリナ様の妹君ですか⁉︎」
そこから二人は初対面とは思えないくらい意気投合し終始愉し気に話に花を咲かせていた。マリユスの存在などはすっかり忘れ去られ、一人寂しく只管お茶を啜る。
約八年振りの再会なのだ。正直、自分だってもっと姉と話したいと不満はあったが、邪魔をしてベルティーユから叱られるのも嫌だ。
物心ついた時には既に母がいなかったマリユスにとってベルティーユは姉であり母代わりでもあった。
兄と同じで正義感の強い姉からは良く叱られた。普段は本当に優しい人だが、こう見えて怒るとかなり怖い。
「二人は恋人なの?」
「は?」
暫し意識を飛ばしている間に話はとんでもない方向に進んでいた。
思わず間の抜けた声が出てしまう。
「ち、違いますわ! こんな頼りない方、私には相応しくありませんもの」
相変わらず躊躇う事なく失礼な発言をする様は寧ろ清々しくさえ思える。
「それはこっちの台詞だ! 僕だってこんなじゃじゃ馬、願い下げだ!」
「まあ! マリユス様、失礼にも程がありますわ!」
「ふふ」
「姉上、笑わないで下さい……」
マリユスとエミリアのやり取りを見たベルティーユに笑われた。恥ずかし過ぎる。
「エミリア様」
不意にベルティーユは居住まいを正すと、真剣な表情を浮かべる。それに倣いエミリアの表情も真剣なものへと変わった。
「マリユスは昔から泣き虫で落ちつもなくて確かに頼りないかも知れません。でもね、思い遣りがあって優しい所とか意外と努力家だったり良い所も沢山あります。だから、見離さないであげて欲しいんです」
(姉上……)
「弟を、これからも宜しくお願い致します」
「……ベルティーユ様にお願いされてしまいましたら致し方がございません。承諾致しました。お任せ下さい」
戯けた様に言ってエミリアが笑うと、ベルティーユも穏やかに微笑んだ。
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