冷徹王太子の愛妾

月密

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六十一話

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 更に十日余りが過ぎた。
 
「どうしてお前が此処にいるんだ」

 団員等の集まっている広間に立ち寄ると、その中に明らかに見覚えのある部外者が一人紛れ込んでいた。

「ロラン様……」

 隣にいたベルティーユはその人物に目を見張り呆気に取られる。当然自分だって同じだ。

「やあ兄さんとベル」

 何でもない様に笑顔で軽く挨拶をするロランに、レアンドルは呆れながらも弟の腕を掴み立たせるとその場から引き摺り出した。
 場所を別室に移し、取り敢えず長椅子に座らせる。

「一体此処で何をしている」

 レアンドルが王となった後、ロランからは王位継承権を剥奪した。無論城からは追放し郊外の屋敷へと追いやった後は慈善活動を命じそれ以外の外出は禁止していた、所謂軟禁状態だった筈だが……。

「暇だからついて来ちゃった」

 ヘラっと笑いそんな事を話すが、まあ十中八九嘘だろう。そんな下らない理由で、監視の目を潜り抜けこんな所まで追いかけてくる筈がない。ロランににとって何の得もないのだから。

「ロラン、余り俺を舐めているとその首を刎ねる事になるぞ」
「え……」
「本来ならそうするべきだったが、情けで生かしてやっているだけという事を忘れるな」

 クロヴィスに加担しベルティーユに危害を加えレアンドルを欺いた罪は決して軽くない。だがしかし、そもそもの発端は前国王等の陰謀であり、クロヴィスもロランもあの父に踊らされていた。妹のブランシュは捨て駒にされ、弟達は利用され翻弄されたに過ぎない。だからと言って私情を挟むべきではないとは分かっているが……冷酷非道と呼ばれた自分もどうやら人の子だったらしい。命を奪う事は出来なかった。

「分かってるよ、そんな事……」

 自嘲するロランに溜息が出る。
 相変わらず何がしたいのか理解不能だ。

「それで、本当に何しに来たんだ」
「兄さんの代わりだよ」

 そう言って今度は不敵に笑った。

 


「私はロラン様の意見に賛成です」
「必要ない。それにもし勘付かれたらどうするつもりだ」

 今日の夕刻にリヴィエの船が入港したと連絡が来た。明日の朝には港に向かう事になる。だがその前に面倒な事になった。ロランの所為だ。弟が余計な提案をした事で、あれからずっとベルティーユと押し問答になっている。
 話を聞けばロランは騎士団員等に紛れついて来たらしいが、その理由がレアンドルの影武者になりに来たという。何を莫迦げた事をと思ったが、まさかのベルティーユがロランに賛同をした。
 
「大丈夫です、お兄様ならきっと赦して下さいます。お兄様はそこまで心が狭くありません。それにもしもの時は、彼方の使い等がレアンドル様と弟を勝手に勘違いをしたと言って押し通せばいい。証拠なんてないんですから。どちらにせよ些末な事です」

 そんな簡単な話ではない。だがまさか彼女がそんな事を考えるなど意外だった。
 ベルティーユの言い分に、逞しくなったとレアンドルは呆気に取られる。

「敵陣に赴くのですから、この先は何が起こるか分かりません。ロラン様には申し訳ありませんが、予防線を張っておくにこした事はないかと思います」
「だが、しかし……」
「今レアンドル様を失えば、リヴィエとブルマリアスの和解の機会は永遠に失われるかも知れません。お願いします、リヴィエやブルマリアスの民や未来の為にも」
「……分かった」

 正直納得はしていないが、レアンドルは折れた。それにベルティーユの気持ちも分からなくはない。和解が成されるまでは絶対に死ぬ訳にはいかない。

(彼女には一生敵いそうにないな……)

「俺は良い妻を持って幸せ者だな」
「それは私も同じです」

 長椅子に腰掛け、ベルティーユを自らの膝の上に座らせた。
 もう幾度となく身体を重ねているというのに、こんな事で恥ずかしがる彼女が堪らなく愛らしい。
 早く正式に彼女を娶り自分のものだと周りに示したい。そうすれば彼女を失うかも知れないという事の恐怖から少しでも逃れられるかも知れない。

「それは……まだ持っていたんだな」

 不意にベルティーユは懐から香り袋を取り出した。大切そうに手で包み込んでいる。

「当然です。大切な物ですから」
「そうか。だが落ち着いたら、もっと良い物を新調しよう。次は君が選んでくれ。指輪だけではなく、挙式のドレスなども必要だな」

 レアンドルが真面目にそう話すと、ベルティーユははにかんだ。

「指輪もそうですが、この香り袋も同じくらい大切です」
「それは俺だってそうだ。多忙で入れ替えが出来ていなかったが、無事帰還したら久々にやってみるか」
「でしたら同じ香りがいいです。そうすれば何時でもレアンドル様を感じる事が出来ますから」
「そうか……」

 彼女が嬉々として指輪やドレスを選ぶ姿や、一緒に香り袋の中身を作り愉し気にしている彼女が目に浮かぶ様だ。
 そしてそのドレスや指輪を身に付け赤い絨毯を歩き、自分の隣で幸せそうに微笑む彼女の姿を思い描きレアンドルも笑んだ。
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