冷徹王太子の愛妾

月密

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五十五話

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「犠牲になるのが貴方方の大切な人でも同じ様に言えますか? 大切な親、妻や子、友人……誰かの幸せの為に殺す事が出来ますか? 誰かの幸せの為に貴方方自身が今、死ねますか?」

 謁見の間へとベルティーユが入って来た瞬間、レアンドルは夢でも見ているのかと目の前の光景に目を見張った。更に彼女の後に続いて現れたクロヴィスとロランを見て困惑する。一体何が起きていると。
 無論それはレアンドルのみならずその場にいる者達は一様に驚愕をしていた。そんな中、彼女は靴音を鳴らしながら堂々と歩いて来るとレアンドルの横を擦り抜け一歩前へと出た場所で足を止めた。そしてオクタヴィアンや側近等や兵士等と対峙をする。

「小国リヴィエの姫君には、私の考えはちと難しかった様だ」
「そうですね、私には貴方方の考えは分かり兼ねますし分かりたくありません。私は国が違えど話す事が出来れば分かり合えると信じていました。リヴィエとブルマリアスは和平を結べると信じていました。でもそもそもそれすら茶番でしかなかった」

(ベルティーユ……)

 彼女からヒシヒシと怒りが伝わって来るのを感じる。

「貴方は始めからリヴィエと和平など結ぶつもりはなかったんですよね?」
「……」
「ブランシュ王女にリヴィエの王ディートリヒの謀殺を命じたのは貴方ですね」

 ベルティーユの言葉にレアンドルは視線を落とし側近等は騒然となる。

「ドニエ侯爵との書簡での遣り取りや彼の屋敷の使用人等からの証言、ドニエ侯爵の娘からの証言もありますよ……国王陛下」

 怒りに満ちた表情を浮かべたロランは冷静に淡々と話すとオクタヴィアンを睨み付けた。

「俺はあんたを絶対に赦さない」
「父上……何故ブランシュにその様な命を下したのですか。もし仮にリヴィエの国王の謀殺に成功してもブランシュには自害する様に命じてあったんですよね⁉︎ 何故ですか⁉︎ ブランシュは父上の娘ではないのですか⁉︎」

 久々に見たクロヴィスは以前とは違い何処か虚で覇気を全く感じられなかった。興奮した様子でオクタヴィアンを問い質す。すると側近等も口々にベルティーユ達の言葉が事実かどうかを問いかける。当然だ。もしこれが事実ならば彼女の言う通りリヴィエとの和平など茶番に過ぎない。
 七年程前、側近等の中にはリヴィエとの和平に反対している者もいたが意外にもリヴィエとの和平に前向きな者が多かった。その理由は多々あるが、このまま行けばブルマリアスに未来がないと考えているからだ。今でさえ多くの国々から恨みを買い嫌厭されている。これから先、オクタヴィアンの体制を続けていけば大陸全ての国を敵に回す事になりブルマリアスは陸の孤島と化すだろう。幾ら大陸一の大国であろうとそうなれば先は知れている。国が維持できなくなり自滅するか、他国から袋叩きにあい破滅するか……何れにせよ未来などない。だからこそリヴィエとの和平はブルマリアスにとっても希望だった筈だった。

「まあ失敗に終わったがな。全く六年の歳月が水の泡だ。我が娘ながらに情けない。ブランシュに自害を命じたのは何方にせよ、生きていると面倒になる。それに後々理由付けにも使えるからのう。生きているより死んだ方が価値が出るというものだ。そもそもリヴィエなどの小国と大国であるこのブルマリアスが対等の立場になろうなど烏滸がましい話だったのだ。だが向こうから和平の申し出があったのはまさに僥倖だった。あの孤島に巣篭もりされたままでは此方は手も足も出せないからのう。それなのにも関わらず、外交の力で他国を使い我が国を攻め立てようとしてくる小賢しさよ」

 リヴィエの国王を討ち取った所で他国の様に侵略は出来ない。ならば何の為にそんな事をしようとしたのか。最早その問い自体が愚問なのだ。始まりは違ったかも知れないが、今やブルマリアスとリヴィエの戦いに意味はない。ただただ相手が憎いのだ。それは遥か昔から続いて来た慣習の様に身体や思考に染み付き、ブルマリアスの血に刻まれた呪いではないかとさえ思てしまう。きっとそれはリヴィエも同様だろう。
 
 玉座に座り独善的な言葉ばかりを並べるオクタヴィアンを見て急に滑稽に思えてきた。語るに落ちた彼にブルマリアスの国王としての威厳や誇りは何処にも感じられない。どんな言い訳を並べようとも、結局はリヴィエをのさばらせたくないとの自分本位なくだらない感情だ。
 レアンドルはゆっくりと前進し上段に足を掛けると兵士等が一斉に斬り掛かって来る。だが瞬く間に薙ぎ払う。オクタヴィアンの長年護衛を務めている大柄の剣士と対峙するも、なんて事はなかった。レアンドルの敵ではない。

「貴方の時代、いやこれまでのブルマリアスは終わった。時代は変わる……俺が変える。古き因果は俺が断ち切るっ‼︎」

 逃げる事も臆する事もなく玉座に座り続けるオクタヴィアンに迷う事なくレアンドルは剣を振り下ろした。その瞬間、目が合った父は笑って見えた。
 大量の血飛沫が宙を舞い、首が床に転がった。その光景に側近等はその場に膝をつき降伏の意思を示す。ただ一人を除いて。

「私達は悪くないっ! 我が国ブルマリアスは絶対的な正義だ‼︎ 悪いのは憎きリヴィエだっリヴィエだっリヴィエだー‼︎‼︎‼︎」

 気が触れ様に叫び短剣を鞘から抜き、ジャコフはある一点だけを目指し突進をする。

「ベルティーユっ‼︎‼︎‼︎」

 床を蹴り上げ彼女の元へと走る。ジルベールや他の団員等も駆け出すのが視界に映るが、誰もが彼女からは距離がある。このままでは間に合わないっーー。

 ズシュッーーそんな鈍い音が響き、短剣が肉体を貫いた。そして力なくゆっくりと床に転がった。

「ゔっ、グッ‼︎」

 次の瞬間ジークハルトがジャコフを斬り捨てると呆気なく彼は絶命した。

「クロヴィス様⁉︎」
「兄さんっ‼︎」

 ベルティーユを庇ったクロヴィスは床に転がり苦痛に顔を歪ませながらも、彼女を見て笑った。

「ベル……ベル……」

 必死に彼女を呼ぶ声に、ベルティーユはクロヴィスの前に膝をつく。震える伸ばされた手を両手で握り締めた。

「ごめん、ごめんね…………謝っても赦されないって、分かってる……でも、君を、傷付けたかった訳じゃない、んだ……っ、でも、ブランシュが死んだって、聞いて……頭が、真っ白になって……訳がわかなく、なって……本当、はっ、和平が……結ばれたら、きみに結婚を申し込もうって、おもっ……てた、んだ…………ず、っと、ベルが、好き、だっ、た…………」

 息をするのが苦しいのか、話す声は徐々に掠れていく。血が止めどなく流れ落ち床を赤く染め、クロヴィスの瞳からは涙が一雫溢れた。

「べる……これ、を」

 ポケットから取り出したのは小さな布袋だった。クロヴィスは震える手でそれをベルティーユに差し出した。


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