冷徹王太子の愛妾

月密

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五十四話

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 こんな状況でも眉一つ動かす事もなく堂々と玉座に座り此方を見据える国王に流石だと思ったーー。

 明け方に出立してから城に辿り着いたのが同日の夕暮れだった。闇に紛れ攻め入る事も考えるが、かなりの犠牲が予想出来る。成功率は上がるが余り好ましい作戦ではないと断念した。
 レアンドル達は城の後方に陣構え、夜が明けるのを待った。そして空が白み始めた頃、レアンドルは騎士団を率いて城へと攻撃を開始した。
 半日掛けて城内への突入が成功し、此処からは各部隊に分かれての行動となる。レアンドルはジークハルトと共にふた部隊を連れ国王のいるであろう謁見の間を目指した。

 多勢に無勢ではあったが、そんな事は物ともせずにレアンドル達は向かって来る敵兵を薙ぎ払う。
 まさか生まれ育ったこの城に攻め入る事になろうとは思わなかった。迷いはないが今更ながらに複雑な気分だった。
 血飛沫を幾度も浴びながらようやく謁見の間へと辿り着く。重圧のある華美な扉を開け放つと国王とその側近等がいた。

 レアンドルは剣を鞘へと収め、ゆっくりと中へと足を踏み入れる。兵士らは緊迫した様子で剣を構えており、側近等は情けない事に見るからに弱腰に見える。そんな中、こんな状況下であるにも関わらず一人だけ普段と何ら変わらない異質な存在がいる。国王のオクタヴィアンだ。

「随分と騒がしいな、レアンドル」

 涼しい顔をしてレアンドルを見据えるオクタヴィアンにたじろぎそうになる。これまで父に逆らった事など一度たりともなかった。幼い頃から植え付けられた父への服従心の所為かも知れない。無意識に逆らう事に恐怖を感じている。

「フッ、どうした、態々私に会いに来たのだろう? 何をそんな所で突っ立っている」

 上から押さえ付けられる様な重圧に唇をキツく結んだ。
 
「レアンドル、確りしろ」

 少し離れた後方からジークハルトが声を掛けてくる。その声に我に返りレアンドルは拳を握り締め背筋を正しオクタヴィアンを見据えた。

「俺が此処に来た理由は一つだけです。長く続いて来た悪政を終わらせる為ーーその為に俺は貴方を討つ」

 レアンドルが一歩踏み出すと兵士等がオクタヴィアンの前に壁を作る。それと同時にレアンドルは剣を抜いた。

「私の首一つ取った所でこのブルマリアスは変わらぬぞ」

 冷笑しているオクタヴィアンの言葉は正しい。王の権威は絶大だ。だが国を維持するには此処にいる国の中枢と呼べる側近等の力が必要不可欠であり、例えオクタヴィアンを討ちレアンドルが王になろうが彼等に王として認めさせ従わせる力が無ければただの王という名の道化となるだけだ。そんな事は疾うの昔から理解している。だがいざオクタヴィアンの前に立ち、格の違いを感じてしまい臆する自分がいる。果てして本当に自分が玉座に座るに相応しいのだろうかと迷いや不安が生じてくる。

「レアンドル、先程このブルマリアスを悪政と称したが何故そう言える? 確かに今のブルマリアスの体制に不満を持つ民もいよう。だが戦をし国土を広げ国を豊かにする事の何がおかしい? 幸福は無償では手に入らぬ。それ相応の対価としての犠牲が必要となるのは当然であり致し方のない事だ。お前なら誰よりもそれを実感してきたのではないか」
「っーー」

 常に戦に身を置いてきたレアンドルだからこそ分かると言いたいのだろう。恩恵を受ける側であり犠牲になる側でもある。これまで多くの仲間達が犠牲になる様を見て来た。その一方でそれがあったからこそこの国の民達が豊かに暮らす事が出来ている様を見て来た。無論自分も同じだ。それを否定する事は出来ない。だがーー。

 邪念に惑わされ、此処まで来てどうする事も出来ずただただ困惑する自分が情けない。ジークハルトが何かを喚いているが言葉として認識が出来ない。雑音に聞こえてしまう。聞きたくないオクタヴィアンの言葉ばかりが耳に入ってくる。自分の信じる正義が曖昧になり思考が鈍っていく感覚がした。

「レアンドル、今からでも遅くない。考えを改め今度こそ私の意に逆らわず付き従うと約束するならば、お前を王太子へと戻そう。何しろクロヴィスは思った以上に不甲斐なく王太子の器ではないと思っていた所でな」
「俺は……」

 レアンドル様ーー。

 不意に彼女が呼ぶ声が、姿が思い浮かんだ。内ポケットに入れている香り袋を衣服の上から握り締める。そうだ彼女と約束をした。リヴィエと和平を結び、争いのない国にする。もう誰も嘆く事のない犠牲を払わなくても幸せに暮らせる国にーー。

(俺は一体何をしている)
 
 レアンドルは剣を握り直すと、オクタヴィアンを見据えた。もうそこに迷いはない。その事を感じ取ったオクタヴィアンは呆れ顔で溜息を吐いた。そして右手を上げ攻撃の合図を兵士等に送ったーー。

「レアンドル様」

 その時だった。此処にいる筈のない彼女が現れた。

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