冷徹王太子の愛妾

月密

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四十八話

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 ゆっくりと瞼を開けると見慣れぬ天井が視界に映った。頭がボンヤリとして何があったのか思い出せない。

「ベルティーユ、目を覚ましたのか」

 低く落ち着いた男性の声にベルティーユは首を傾けその声の主を探すと、ベッドの真横に座っているレアンドルの姿を見つけた。
 次第に意識がハッキリとしてくると、自分の左手を彼が握っている事に気付く。

(夢じゃない……)

 そしてその瞬間、記憶が蘇ってきた。

「レアンドル、さま……」
「あぁ、どうした」
「レアンドル、さまっ」
「ベルティーユ、大丈夫だ、俺は此処にいる」

 彼と離れて、まだ大して経っている訳ではない。それなのにも関わらず酷く彼が懐かしくて恋しくて仕方がない。まるでもう何年も会っていなかった様にさえ錯覚をしてしまう。それだけこの二ヶ月にも満たない間が恐ろしく長く感じた。
 ベルティーユは身体を起こそうと身動ぐが、彼に止められた。早く彼に触れたくて仕方がないともどかしさ感じていると、レアンドルが覆い被さる様にしてベルティーユを抱き締める。

「ベルティーユっ、君が無事で良かった……。帰還し直ぐに屋敷に戻ったが、屋敷内は酷く荒らされホレス達も居らず、君の姿もなく……直ぐにクロヴィスが君を連れ去ったのだと分かった。そう理解した瞬間、気が狂いそうになったよ。君の姿を見るまで、生きた心地がしなかった……」

 温かい……彼の温もりを全身に感じる。レアンドルの大きな手がベルティーユの頬に何度となく触れ、灰色の瞳に真っ直ぐに見つめられたまま唇が重ねられた。そしてベルティーユの瞳からは涙が流れた。

「ベルティーユ」
「っ……レアンドル様、シーラがっ……私の所為でっ」

 彼女が斬られ倒れる姿が蘇り、抑え切れない嗚咽が涙と共に溢れ出す。
 レアンドルは眉根を寄せ心配そうに指でその涙を優しく拭ってくれた。


「そうか、そんな事が……」

 一頻り涙を流して少し落ち着いたベルティーユは身体を起こしレアンドルと向き合うと、これまでの事の経緯を全て説明をした。彼が遠征に出てから今日までの話を……。クロヴィスが屋敷に押し入って来た事、地下室に監禁されていた事やシーラが助けに来てくれた事と彼女の素性ーー。
 話し終えると彼は何とも言い難い表情を浮かべる。それは怒りの様な悲しみの様な、将又呆れている様にも見えた。

「正直、それでも俺は彼女を赦す事は出来ない」
「レアンドル様……」
「だが命を懸けて君を助け出し、こうやって俺の元へと君を無事に帰してくれた。その事に関しては心から感謝と敬意を示したい」

 レアンドルのその言葉にベルティーユはまた瞳の奥が熱くなり泣きそうになった。

「そう言えば、ヴェラやホレスさん達は」
「拘束され城の地下牢に入れられたと報告は上がっているが、詳細までは分からない」
「そう、何ですか……」
「気休めに聞こえるかも知れないが、拘束したという事は何か目的があっての事だろう。そう易々殺されたりはしないと俺は思っている。だからそんな顔をするな」

 レアンドルはベルティーユを抱き寄せると、安心させる様に背中を優しく摩ってくれた。



「やはりまた熱が上がってきてしまいましたね。だからあれ程無理しないで下さいと言ったのに……」

 その日の夜中、レアンドルは高熱を出した。ルネが言うには戦さ場で毒の塗られたナイフで刺されたそうだ。それなのにも関わらず彼は休む間もなく帰還し途中敵と戦闘を繰り広げながらも、この古城まで辿り着いた。その時点でかなりの負荷が身体に掛かっている。そして落ち着く間もなくベルティーユを助け出し今に至る。そうとは知らずに一人取り乱し情けない。本来ならば自分ではなく彼がベッドでゆっくりと身体を休めなくてはならなかった筈なのに彼はベルティーユが目覚めるまで側に付き添い、更には意識が戻ってからも暫くベルティーユを宥めてくれていた。きっとかなり無理をしていたのだろう。

「ルネさん……レアンドル様は、大丈夫なんですか」

 頬を上気させ息苦しそうに呼吸を繰り返し、兎に角汗が酷い。ベルティーユが布で何度拭っても止めどなく流れてくる。

「彼は幼い頃から毒には慣らされているので、簡単には死んだりしないとは思います。ただ毒にも種類がありまして……僕が処方する薬の中には効果的な物はありませんでした。そうなると水分を多く摂取し毒を可能な限り早く体内から排出するしかありません。そして後は本人の体力次第です」
「そんな……」
「大丈夫ですよ、彼はそんな柔じゃない」

 言葉と裏腹にルネの表情は暗い。その事から極めて深刻な状況なのだと感じ取れた。

「私が、見ていますのでルネさんはお休み下さい」
「ですがそういう訳には」
「ルネさんまで倒れてしまったら、騎士団にとってかなりの痛手になってしまいます。私は、皆さんと違って戦う事も治療をする事も出来ません。今私に出来る事といえば、ただ彼の側に付いている事だけなんです。何かあれば直ぐに呼びますから、お願いします」

 水桶の水で布を濡らし絞る。その布でレアンドルの額や首筋を拭うと少しだけ表情が和らいだ気がした。
 手を握ると握り返そうと反応を見せるが、力が入らないのか僅かに動いただけだった。

「っ……」
「レアンドル様⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎ もしかして寒いんですか……?」

 少し前までは暑そうにしていたのが急に身体を震わせ始めた。十分な掛布は用意してあるが大して役には立ちそうもない。

「……」

 ベルティーユは少し考えると、自らの衣服を脱ぎ始めた。全て取り払い一糸纏わぬ姿になるとその状態のままベッドへと入り込み今度は彼の衣服も脱がしていく。そしてレアンドルを包む様にして抱き締めた。
 以前彼と何度となくまぐわった時に教えて貰った。人肌で熱を移し温める事が出来るのだと。

「神様……どうか彼を連れて逝かないで下さい」

 祈りながらベルティーユはキツく目を瞑った。

 
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