冷徹王太子の愛妾

月密

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三十六話

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 ベルティーユは湯浴みを済ませ、自室で身支度を整える。ヴェラに髪を梳かして貰い、ドレスを選びお気に入りの香り袋を懐に忍ばしせる。まるで逢瀬にでも行く様に思えるが、残念ながらそうではない。
 レアンドルと結ばれた夜から数日、今日彼は全ての仕事をお休みするらしい。昨夜城から戻ったレアンドルからそう告げられた。更に今日は一日一緒に過ごしたいと言われ、ベルティーユは快諾をした。

「ヴェラ、変なところはありませんか?」

 姿見の前で何度も確認しては同じ事を訊ねる。その度にヴェラから笑顔で「とてもお綺麗です」と言葉を貰うが自信がない。
 逢瀬ではないが、それでも何時もより少しでも彼から可愛く綺麗に見られたい。所謂乙女心だ。


「お待たせして申し訳ありません」

 中庭に行くと既にレアンドルの姿があった。彼はベルティーユに気がつくと読んでいた本を閉じテーブルの上に置いた。

「いや、今来た所だ」

 そうは言うが彼の読んでいた本に視線を向けると、栞の位置が割と進んでいる様に見える。元々読んでいた可能性もあるが、彼の後ろに控えているハンスを見ると首を横に振り笑っていた。やはり随分と待たせてしまっていたようだ。それなのにも関わらず、彼はベルティーユが気に病まぬ様にとそう言ってくれた。そんな細やかな優しさが嬉しくて仕方がない。

「少し庭を散歩しないか」
「はい」

 手を差し出され迷わずその手を取った。ベルティーユの歩みに合わせてゆっくりとレアンドルが歩き出す。今はもうレアンドルの手には手袋はされておらず、直に温もりが伝わってきた。

「綺麗……でも何時の間にこんなに沢山の花を、どうされたんですか?」

 元々中庭は奇麗に手入れはされていた。だが花などの色味はなく、すっきりとした空間だった。

「あーその……少し前に植えさせたんだ」

 レアンドルの言葉に改めて中庭を見渡す。午前の柔らかな日差しに照らされ涼やかな風が木々や花々を揺らしている。花があるだけでまるで違う場所にいる様だ。

「レアンドル様は魔法使いみたいですね」
「魔法使い?」
「はい、だってこんなに短期間で中庭をお花でいっぱいに出来るなんて凄い事です」

 自然と笑みが溢れ握っていた彼の手を少しだけ強く握った。すると彼もまた優しく握り返してくれる。見上げれば、ベルティーユの目を見て彼もまた微笑んでくれた。


「その花はジニアというんだ。此処からあそこの角まで全て同じ花だ」

 白、ピンク、オレンジ、黄、赤、色や形が違うのだが、これ等全て同じ花だと言われ目が丸くなる。

「種類が様々で、庭師にどれがいいか訊かれたんだが……選べなくてな。全部植えさせた」

 彼の豪快さに思わず笑うと、恥ずかしいのか頬を染め顔を背けてしまった。

(あ、頬が赤くなった)

 珍しい彼の姿に愛おしさを感じる。

「これはゼラニウムだ」

 その後も花の説明をして貰いながらゆっくりと中庭を散歩する。花まで詳しいなんて博学だと感心していると、赤やピンクの花の前で止まりレアンドルは一輪ずつそれ等を手折った。

「君に受け取って欲しい」
「ありがとうございます」

 差し出された花を受け取り気恥ずかしさから思わず視線を逸らすと、彼はベルティーユの髪をひと束掬い上げ口付けを落とした。

「そろそろお茶にしようか」

 白い楕円のテーブルへと戻ると既にお茶や菓子が用意されていた。レアンドルに促され先に座るとその隣に彼が座った。ふと彼と初めてこの場所でお茶をした事を思い出す。あの時は端と端に座り、向かい合わせにならない様に絶妙に僅かに椅子をずらして座った。今考えるとあからさま過ぎてかなり失礼な態度だ。それでもレアンドルは一切怒る事はなかった。

「ん? どうかしたか」
「い、いえ!」

 ぼうっとしながら彼を凝視していた。声を掛けられベルティーユは慌ててハンスが淹れてくれたお茶に口をつける。
 それにしても……ベルティーユは隣で同じ様にお茶を飲んでいるレアンドルを盗み見た。
 気合いを入れて支度をしてきたベルティーユとは違って、レアンドルは何時もと変わらない。だが彼は元々美青年故何を着ても日常動作でさえ絵なる。ただお茶を飲んでいるだけなのに素敵だ。改めてそう実感する。それにレアンドルと床を共にしてから妙に意識してしまい、彼と顔を合わす度に心臓が高鳴り身体が熱くなる。

「そうだ、ベルティーユ。君に頼みがあるだ」
「?」
「俺に香り袋の作り方を教えてくれないか」

 意外なお願いに一瞬目を丸くする。だが直ぐに立ち上がり、今度はベルティーユがレアンドルの手を引いて自室へと向かった。

「意外と、難しいものなんだな……」

 真剣な表情で針に糸を通す姿が実に愛らしい。とても大国ブルマリアスの騎士団長には見えない。きっとルネが見たら、腹を抱えて笑うに違いない。

「宜しければ私が致しますよ」
「いや、いい。最初から最後まで自分でやりたいんだ」

 その後、ようやく針に糸を通す事が出来たレアンドルだったが、今度は縫う事が出来ずに苦戦する。取り敢えず一通り作り方を説明をしてまた後日にした。何故ならこのままでは日が暮れる所か、明日の朝にでもなり兼ねない……。


「次はベルティーユのしたい事を教えてくれ。敷地内からは出してやれないが、それ以外の事なら出来だけ君の希望を叶えたい」
「……」

 意外なレアンドルからの申し出に、ベルティーユは直ぐにある事が頭に思い浮かぶが言い出せずに黙り込む。

「遠慮はいらない。もしやりたい事がないなら欲しい物でも構わない。仕立て屋や宝石商でも呼ぼうか」

 ベルティーユは首を横に振ると、彼は少しだけ困った顔をする。きっとどうしていいのか分からないのだろう。

「本当に、何でもいいんですか」
「構わない」
「でしたら……レアンドル様とダンスがしたいです」
「ダンス? そんな事でいいのか?」
「はい」

 ベルティーユはその日の夜、レアンドルとダンスの約束をした。

 
 
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