冷徹王太子の愛妾

月密

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二十四話

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 お茶の後、今日はシーラは庭掃除の為いなかった。アンナが空になったカップを片付け、ヴェラがテーブルクロスなどを回収していた。

「ヴェラ……」
「如何なさいましたか」

 一瞬言い淀むが、ベルティーユは確りと彼女の目を見て口を開く。

「ありがとう」

 笑い方を忘れてしまったので正直上手く笑えているか不安だが、確りと言えた。彼女には本当にお世話になったので、最後くらいちゃんとお礼を言っておきたかった。
 ヴェラは目を見張り暫く立ち尽くしていたが「勿体無いお言葉でございます」と言うと深々頭を下げた。そんな中、アンナはベルティーユとヴェラのやり取りを無言のまま見ていた。


『私の知り合いにベルティーユ様の事を匿って下さるという方がいるんです。心配しなくても大丈夫ですよ。ベルティーユ様の事情も全てご理解している方なので。それにこの事は、国王陛下も了承済みです』

 ベルティーユはリヴィエの人質であり、本来ならば自分の身であっても好き勝手は出来ない。レアンドルに引き取られ、彼の承諾なくして屋敷を離れるなどあり得ない。ずっとそれが当然だと思っていたが、シーラがそんな事を言い出した。

『そしてこれが陛下の捺印が入った承諾書です』

 そもそもベルティーユは処刑される身だったのにも関わらず、ブルマリアスの国王が了承しているとはおかしな話だ。だがレアンドルにベルティーユを妾にする許可を出したのも国王だと考えればそんな事もないのかもと思えてくる。国王からすれば、ベルティーユがレアンドルの手から別の人間の手に渡った所で何の支障もないのかも知れない。結局は最終的に管理しているのは国王なのだから。

『レアンドル様にご迷惑が掛からない様に、夜の内に屋敷を出ましょう』

 本当は彼の側にいたい。妾だって構わない。でもそれは自分本位な考えだ。レアンドルには幸せになって欲しいと願っている。彼の役に立てないのならせめて、邪魔にはなりたくない。
 シーラがお古の女なんて男性からしたら邪魔だと話していたが、本当にその通りだと思う。アンナが最初から自分に冷たかった理由が今ならよく分かる。二人の幸せにベルティーユは邪魔な存在でしかないのだ。でも彼は優しくて責任感が強い人だから、ベルティーユを見捨てる事が出来ないのだろう。それなら自分からいなくなればいい。
 色んな言い訳を並べて無理やり自分自身を納得させているが、結局はただ怖いだけだ。レアンドルがクロヴィスの様に変わってしまうのが怖い。彼を好きな気持ちのまま彼の元から去りたいーー。


 その夜、シーラが部屋へとやって来た。何時もと違うのは頭からすっぽりと外套マントを被っている事だ。

「ベルティーユ様、これを着て下さい」

 彼女の着ている黒い外套マントと同じ物を手渡されそれを頭から被った。

「さあ、行きましょう」
「待って下さい、荷物を……」

 ベルティーユの私物はこの屋敷に来てからレアンドルから与えられた物しかない。なので端から持って行くつもりはなかった。だが、彼との思い出があるお香だけはどうしても手放したくなくて小さな布袋に包んで準備しておいた。
 慌ててベルティーユが布袋を掴むが、シーラに取り上げられてしまい床に投げ捨てられてしまう。

「っーー」
「荷物は邪魔になります。大丈夫です。なら、また同じ物を用意して下さいますよ」

 シーラに手を引かれ、言われるがままに駆け出した。お香を投げ捨てられた瞬間、心が折られてしまった気がした。
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