冷徹王太子の愛妾

月密

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八話

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 王太子であり騎士団長も務めるレアンドルは、城を空ける事が多い。
 今現在、リヴィエとは休戦し和平協議が行われているが、他国とは変わらず戦乱を繰り広げているからだ。そしてその自国ブルマリアスは大陸一とも称される程の大国だが、それには相応の理由がある。簡潔に言えば他国を侵略し国を広げている。弱小国や資源が豊富な国々に目を付け、適当な理由を付けては攻め入り略奪する。普通に考えれば明らかに理不尽で悪以外の何者でもないが、この国ではこれが正義だ。他国を攻め落とせばその功績を讃えられ勇士となれる。そして正に今がそうだ。

 レアンドルは国王の命によりとある国との戦さ場に赴いていた。無論結果はブルマリアスの圧勝だ。無事帰還したのも束の間、帰還直後信じられない事を耳にした。人質としてリヴィエで暮らしていた妹ブランシュの訃報だ。しかもその理由は病や事故などでない。リヴィエ国王が妹を陵辱しその事に嘆いたブランシュは自ら命を絶ってしまったという。正直、真意については疑わしい。リヴィエとの六年にも渡る和平協議は、互いに譲歩した末にようやく決着が付く寸前だった。それなのにも関わらず、タイミングが悪過ぎる。そんな疑いを抱く中、更に驚愕な話を聞かされる事になった。弟のクロヴィスが人質として預かっていたリヴィエの王妹を陵辱した挙句、その彼女は今は古い東の塔で幽閉されており更に明日にでもという。ブルマリアスの北の地は一年の半分は極寒だ。かなり過酷になる事は予想に容易い。彼女は今後リヴィエへの揺さぶりに利用されるだろうが、価値がなくなれば直ぐに処分するつもりなのが分かる。
 レアンドルはその話の直後、父である国王の執務室へと向かった。
 
 オクタヴィアン・ブルマリアス。この国の最高位に君臨する男。暗い金髪と弟達と同じヘーゼルの瞳、背はレアンドルより低いがかなり恰幅がよく存在感がある。父は昔から威圧感が強く傲慢さが酷い。同じ空間にいるだけで息苦しさを覚える程だ。そんな父がレアンドルは好きではない。

 帰還の報告を済ませ、何時も通り父からは功績に対しての褒美を問われた。なので迷わずレアンドルは口を開く。

『ベルティーユ・リヴィエを俺に下さい』

 父は相当驚いたのか目を見張っていた。普段無表情で淡々としている父が珍しい。

『……どうするつもりだ』
『以前から妾が欲しかったんです。適任だと思いませんか? 弱小国とはいえ王妹である娘を王太子である俺の玩具にするんです。きっとこんな話をリヴィエの王が耳にすれば、はらわたが煮えくり返るに違いない。こんな痛快な事はありませんよ』
『未だ妻の一人も娶らず妾が欲しいとな』

 まるでレアンドルの真意を探る様に向ける視線に、態と大袈裟に嘲笑して見せた。その一方で背には冷たい汗が流れるのを感じていた。交渉に失敗すれば後はない。

『相分かった』
『ありがとうございます、父上』

 暫し間があったが承諾を得る事が出来た。
 レアンドルは頭を下げ、早々に踵を返す。此処で襤褸を出す訳にはいかない。
 去り際、父から「次も期待している」と声を掛けられ内心笑った。重々分かっているが、自分は父にとって所詮駒に過ぎないのだと改めて感じた。



◆◆◆


「敷地内からはお出にはなれませんが、庭などでしたら構わないとレアンドル様が仰っておりました。屋敷の周囲は厳重な警備が敷かれておりますので、ご安心下さい」

 窓辺に座り外を眺めているとヴェラが気を使ってそう声を掛けてきた。

 ベルティーユが目を覚ましたの数日前の事だ。ヴェラからの話ではベルティーユは屋敷に来て応接間で話をしている最中に意識を失い倒れたという。それから十日余り熱に浮かされ続けていたそうだ。途中何度か意識を取り戻した事を朧げだが覚えている。その時に彼を見た気がするが、流石に幻だろう。

「お身体の調子は如何ですか?」
「大丈夫、です……」

 まだ完全ではないが、十日以上も眠っていたお陰で身体の痛みも大分引いた。長時間の歩行などはまだ難しいが、少しの移動なら支障はない。ベルティーユを診てくれたルネによれば、後半月もすれば完治するそうだ。

「あの、ヴェラさん」
「ベルティーユ様、使用人の私などに敬称は不要でございます」
「……ヴェラ」
「はい、如何なさいましたか」

 ベルティーユはあからさまに視線を逸らし、唇をキツく結んだ。
 笑顔が素敵で、優しくて温かくて良い人だと思う。だが、怖い。六年間、あんなにも優しくしてくれていたクロヴィスやロラン、侍女達が一瞬にして豹変をした瞬間が頭から離れない。凍える様に冷たく嘲笑う様な眼差しと、何度も何度もベルティーユを罵りながら殴られーー。
 
「ベルティーユ様?」
「え……」
「顔色が優れない様ですので、少しお休みになっては如何でしょうか」
「っ‼︎」

 呆然とするベルティーユの身体を支え様とヴェラが手を伸ばしてきたが、反射的に彼女の手を弾いてしまった。

「ぁ……ごめんな、さい……」

 取り乱し立ち上がるが、それ以上動けずにその場に蹲る。ヴェラの顔を見るのが怖かった。
 どれくらいそうしていたのか分からないが、次第に意識が遠くなり身体から力が抜け落ちた。



 






 




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