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プロローグ
しおりを挟む昼間だというのに薄暗く、少し肌寒い。石壁に囲まれ、冷たく固い石畳が身体に負荷をかける。
頭上から僅かに射し込む日差しを数える事十回。此処には時計は疎か椅子やベッドすらもない。水や食事も満足に与えて貰えず……と言っても食べる気力など今の自分にはない。ただ時間が過ぎるのを待つだけだ。
だが元々衰弱していた身体はそろそろ限界かも知れない。随分と昔に感じるが、あれからまだ十日しか経っていない。
「うわ、やっぱり埃臭いな」
暗い牢には似つかわしくない軽快な声に、ベルティーユは目を覚ました。膝を抱え身体を小さくしながら壁に背を預けたままいつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
「ロラン、お兄様……」
癖っ毛の短い黄みが強い金髪の中肉中背の青年は、見張りの兵と一言二言話すと人払いをする。
「あのさ、もうその呼び方やめてくれる? 凄く不愉快なんだよねー」
「ぁ、ごめんなさい……」
彼は舌打ちをすると此方に背を向け鉄格子に凭れ掛かった。
「正直クロヴィス兄さんが、あんたの事をどう思っていたかなんて分からない。でも俺は、初めからあんたが大嫌いだった。お兄様って呼ばれる度に虫唾が走って吐き気がしたよ」
少し前まで冗談を言って笑わせてくれていた彼はもういない。彼だけじゃなく、ロランの兄であるクロヴィスや侍女達も皆、皆変わってしまった……。いや、もしかしたら本当は始めから何も変わってないのかも知れない。ずっと心内に留めてくれていただけで、それが彼女の死が引き金となり表面化しただけ。
「そうだ、あんたの処遇が決まった。五日後、処刑が執行される」
「……」
「何か言えば? 無反応とか萎えるんだけど」
「……」
「もっとさ、泣き叫んで命乞いしなよ。死にたくないって、言えよ‼︎」
ベルティーユが黙り込んだままでいる事に余程腹が立ったのか、ロランは舌打ちをして振り返ると鉄格子を拳で叩いた。
ヘーゼル色の瞳が洋燈の光を受け揺れている。彼からは確かな怒りを感じるが、それと共に深い悲しみも伝わってきた。きっと彼女を亡くした事が辛いのだろう。
呆然とその瞳を眺めていると、不意に彼はポケットに手を突っ込むと小さな麻袋を取り出した。そしてそれを牢の中へと乱暴に放り投げる。
「……?」
「餞別…………じゃあね。もう会う事もないから」
彼の靴音が遠ざかるのを耳にしながら、ベルティーユは力無く麻袋を拾い上げた。中身を確認すると、そこには飴玉が数個入れられていた。それは、何時だったかベルティーユが気に入ったと話した飴だった。
飴を一粒指で摘み上げ良く見える様に目線の高さまで持ち上げる。
この六年間は、無意味な時間だったのだろうかーー。
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