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十一話

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 フィオナが出掛けた日から一ヶ月が過ぎた。あれからローデヴェイクとは気不味い関係になってしまった。相変わらず彼は朝早く出掛けて夜遅く帰宅しているのだが、見張られている気がする。無論多忙な彼がではなく、使用人等に監視をさせていると思われる。
 あの夜、苛立った様子の彼に少し乱暴に抱かれた。言い付けを破ったフィオナが悪いと分かっている。だがーー。

(ローデヴェイク様だって……)

 あの日、買い物を済ませたフィオナは好奇心に負け少しだけ街中を散策する事にした。
 初めて見る都会の街並みに興奮しながら歩いていると、彼がいた。
 綺麗な女性の肩を抱き、寄り添うにして歩いていた。誰が見ても恋人同士だと直ぐに分かる。ショックだった。まるで後頭部を鈍器で殴られたくらいの衝撃を感じた。
 現実だと思いたくなくて、放心状態のまま後をつけた。すると程なくして彼は女性の元から去って行った。
 
『先程の男性とは、どのような関係なんですか』

 はしたない。嫉妬なんて見苦しい。淑女の風上にも置けないと頭では理解している。だが気が付けば女性にそう訊ねていた。

『何貴女、もしかしてロイの知り合い? 言っておくけど貴女みたいな小娘なんて、彼は相手にしないわよ。彼はね、私みたいな美人でスタイルのいい女性にしか興味ないから』
『……』
『何、その顔は』
『彼は見た目で人を選ぶ人じゃありません』

 その瞬間、頬に痛みが走った。気が付けば地べたに倒れ込み、立ちあがろうとするが脚を捻ったようで立つ事が出来ない。
 後方から「大丈夫ですか⁉︎」そう言いながら慌てて侍従等が駆け寄って来た。

『少し身なりがいいからって、調子に乗るんじゃないわよ!』

 捨て台詞を吐き、女性は立ち去った。

 結局彼には話せなかった……話すのが怖かった。
 あの女性は恰好からして恐らく平民だろう。伯爵家出身であるフィオナとローデヴェイクでさえ、正直身分差で悩むのだ。幾らローデヴェイクが変わり者だとしても、彼女と結婚する事は難しいだろう。そう考えた時にようやく腑に落ちた。

 自分は彼女の代わりであり、お飾りの妻だったーー。

 田舎貴族で大した家柄でもないフィオナなら丁度いいのだ。もしあの女性の存在が明るみになろうが何の支障も無い。まだ婚姻関係ではないが、今後結婚した後もフィオナから離縁を申し出る事は家柄的にも難しいだろう。
 
 分かっている。貴族の結婚なんてこんなものだ。嫁ぎ先があるだけ感謝しなくてはならない。だからーー。

「悲しくなんて……」

 悲しくなんて無いのに、何故か涙が溢れてしまう。
 でもそれなら初めから、優しくなんてしないで欲しかった。ただの政略結婚だと言ってくれれば良かったのにーーあんな風にキスをされて抱かれたら、誰だって勘違いしてしまう。

 嫉妬する醜い自分なんて消えてなくなればいいーーこんな醜い自分を彼に見せたく無い。

 今夜も寝付く事が出来ず、気が付けば不安に駆られ此処にいた。
 薄暗い地下へと続く階段を降りて行くと、徐々に肌寒さを感じ身動ぎ手にした洋燈の灯が揺れる。
 重厚のある扉を開け、順番に部屋に置かれた洋燈に火を灯していった。すると薄暗かった視界は鮮明になっていく。

「……」

 対の棺ーー。
 婚約指輪ならぬ婚約棺。
 正直、始めは怖過ぎる‼︎  と思った。だがこれも彼からの贈り物には違いない。他にもドレスや装飾品など数えきれないくらいの贈り物を貰ったが、その中でもこれは特別に思えた。
  
「……」

 暫く棺を眺めていたが、フィオナは中へ入り横になってみた。
 
「私……一人で何してるのかしら……」

 客観的に見たら、かなり頭のおかしい行動をしている気がする。これでは彼の事を変わってるなんて言えない……。

「部屋に戻って寝よう……」

 流石に冷静になり苦笑すると、フィオナは身体を起こし立ちあがろうとしたがーー力なくまたその場に寝転んだ。

『私と一緒に、お墓に入ろう』

『君のキスで目覚めた瞬間、これは運命だと感じたんだ。あぁ君と一緒のお墓に入りたいと、私の心が叫んだ。こんな気持ちは、生まれて初めてなんだ』

『フィオナ、君と一緒に死にたい、結婚しよう』

『これは君の棺と対になっているんだ』

『フィオナ、分かるかい? 私達は今一つになってるんだよ』

『ずっと、こうして繋がりたかった』

『そう、なら言いたくなるようにしてあげようか』

『こういうのも悪くないね』
 
『さて、フィオナ。君には少しお仕置きが必要みたいだ』

 頭の中に彼の声が聞こえる。
 寂しくて、遂に幻聴まで聞こえてきたみたいだーーもうこれは、かなり重症だ。

『フィオナ』

 彼の優しく甘い声に次第に目蓋が重くなり、そのまま目を閉じた。
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