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六話

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「他に必要な物があれば何でも言ってくれて構わない。君は私の妻になるのだから、遠慮は不要だよ」

 それだけ言うとローデヴェイクは部屋から出て行った。
 壁紙からカーテン、調度品類全てがフィオナの好みである事に目を見張りつつクローゼットを開けた。すると中には、何十着もの煌びやかなドレスが掛けられている。侍女からは「この部屋にある物全て、旦那様がお選びになられた物です」と聞かされ呆気に取られた。
 先程他に必要な物があれば……などと言われたが、十分過ぎる。寧ろこれ以上何かを望むなど天罰でも下りそうだ。

 その日からフィオナの生活は一変した。
 行儀見習いとして城で働いていたフィオナだったが、国王陛下からの命により暇を出されてしまった。住まいは強制的にこのミュラ家へと移され、毎日まるで何処ぞの国の姫の如く着飾らされ、三食豪華な食事からティータイムには高級菓子が食べ放題! それに多くの使用人に傅かれて過ごしている。
 生家では質素倹約が当たり前だったので、未だにこれが現実だと思えない。
 思わず自らの頬を抓ってみるがーー。

「痛い……」

 夢なんかじゃなかった。
 ただこのまま流されるままで良いのかと、フィオナのちっぽけな自尊心が言っている。
 しかし、しがない田舎貴族の小娘が王族相手に太刀打ちなど出来る筈もない。それにこれはフィオナ自身だけの問題ではなく、何かあればセルフィーヌ家が没落に追いやられる事は避けられないだろう。想像するだけで背筋に冷たいものが走る。
 そもそも良く良く考えれば、このままなら結婚する事が出来るのだから、本来の目的であった”行き遅れの回避”は果たせる。出会い方や流れは予想外過ぎたが、悪くないかも知れない。
 ローデヴェイクは少し……大分変わってはいるが博学で眉目秀麗、地位や名誉もあり、結婚相手として過分と言ってもいい程に理想的だ。それに何より優しい。出来た主人の為か、使用人達もフィオナの事を丁重に扱ってくれる。正に至れり尽くせりだ。


「ただいま、フィオナ」
「お、お帰りなさいませ」

 仕事を終え帰宅したローデヴェイクを出迎えると、彼は当然の様に抱き締め執拗にキスをする。毎日の事だが未だに慣れない。彼とのキスは嫌ではないが、使用人等も居るのでもう少し軽めでお願いしたいのが本音だ。
 
「じゃあフィオナ、お休み」

 夕食を終えた後は、別々の部屋で就寝をする。
 フィオナはベッドに横になり寝返りを何度もうつ。
 雑念の所為で寝付けないーー。

 毎日とても幸せだ。

(今日出されたマドレーヌは最高に美味だったし)

 正直始めは彼の突拍子もない告白に狂気すら感じたが、あれから別段彼に変わった様子はない。相変わらず穏やかで優しい。当然の様に毎日抱き締めたり激しいキスをしてくるが、一応婚約者であるので問題はない。毎日「好き」「愛している」「可愛い」とも甘い言葉をくれる。不満などある筈はない。ただ、どうしても気掛かりな事がある。

ーー死体愛好家。

 あの言葉がどうしても気になり頭から離れないでいた。

『墓地でよく目撃されているのよ。何でも、夜な夜な土を掘り起こしては好みの死体を漁って……』

『うん、想像通りだ。良く似合っているよ』

『私からの君への愛の証だよ』
 
『君と一緒に死にたい』

 死体愛好家……墓荒らし……対の棺……。

 頭の中を延々とつまらない妄想が駆け巡る。

(優しい振りをしているが、本当は生きている人間には興味がないとかーーま、まさか……)

 フィオナの脳裏に一つの仮説が立つ。
 日々多忙な彼は、墓荒らしをする時間が勿体ないと感じている。若しくは好みの死体が中々見つからずにいた。それならばいっそ生きている内から確保しておけば楽だと考えた。
 周囲からの目もあるので、結婚すると言いくるめ屋敷に囲い外部との接触を完全に遮断さた。流石に突然失踪すれば騒ぎになってしまうからだ。怪しまれない様にとフィオナの事をちやほやしたり散々贅沢をさせ油断させ、折を見てーー。

(え、え? ちょっと待って⁉︎ それだとこのままだと私……やっぱり、こ、殺されるの⁉︎)

 そうなると国王陛下も、共犯者となる。可愛い弟の為に一肌脱いじゃいました的な? いやいや、流石にそれは飛躍し過ぎだろう。
 取り敢えずややこしいので一旦棺の件は忘れて考えてみる。
 そもそも噂話なども半分位は信憑性にかける。少し……大分変わっているが悪い方ではない、多分。あんなに優しい方が嘘を吐いて騙しているなんて思えない、多分。もしそうならフィオナは人間不信に陥りそうだ……。
 それに、何時もフィオナの為に甘い物を用意してくれて彼自身も甘い物が好きだ。

(甘い物好きに悪い人はいない!)

 確かそんな名言を聞いた事がある様な気がする。

(あれ子供好き、ううん動物好きだったかしら……? まあ、似た様なものよ、うん)

 フィオナは、自分の都合の良い様に捉え現実逃避すると眠りに就いた。



「じゃあフィオナ、お休み」

 ぎゅっと抱き締められながら、じっくり練っとりとまるで味わうようにしてキスをされる。
 日に日に時間も長くなり、息が続かず頭が痺れてくらくらしてしまう。
 だが彼は平然としてフィオナから離れると、何事もなかった様に寝室へと下がってしまう。その様子に少し寂しさを抱えながらもフィオナも踵を返した。
 

 湯浴みを済ませ、寝衣に着替えると侍女は部屋から下がる。
 フィオナは棚から本を持って来ると、ベッドに腰掛けた。栞のページまで捲り続きを読み始める。だが思いの外残りのページが少なく直ぐに読み終えてしまった。
 壁時計を見るが、まだ寝るには早い。
 この部屋の棚の本はこれで最後だ。少し悩むが、フィオナは立ち上がると部屋を出た。

「確か、ローデヴェイク様のお部屋は……」

 以前彼の部屋には沢山の本があると聞かされ「読みたかったら何時でもおいで」と言われていたのを思い出した。結局まだ一度も訪ねた事はないが、部屋の場所は口頭で説明をされていたので何となく分かる。
 暗い廊下を歩きながら、彼の部屋に近付くほどに胸が高鳴りが大きくなっていく。
 でもこんな時間に女性が男性の部屋を訪れるなど、彼にはしたないと思われるかも知れないと少し不安もある。引き返した方がいいと頭で考えつつ、足は彼の部屋へと向かって行った。

「多分、この部屋ね。どうしよう、今更だけどやっぱり戻った方がーー」

 ローデヴェイクの部屋まで来てみたが、いざとなると中々扉をノックする事が出来ずにいた。暫く悩んでいると扉が勝手に開いた。





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