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十五話
しおりを挟む力なくベッドに横たわるアリシアの額に自分のそれを合わせる。
柔らかな頬を撫でながら、赤くぷっくりとした唇を親指で触れると彼女は吐息を洩す。
普段天使の様に愛らしい彼女からは想像すら出来ないーー女の色香が漂い実に艶かしく見える。
男を知るとこんなにも変わるのかと、目を見張った。それと同時に、生唾を呑む。
彼女の身体を考えれば流石に今日はもう無理強いはさせられないが、本心は今直ぐにでも貪りたくて仕方がないが諦めた。
暫くしてアリシアが落ち着くと、少し話をする事にした。
無論衣服は身に着ける。
あのままの姿でも構わなかった。寧ろあのままが良い。だが目の保養になる一方で拷問とも言えるので、互いの為に服を着た。
きっと今この場にカイが居たならば、あの生意気な側近は不毛な事に思考を使うなと嘲笑するだろうが、リーンハルトにとってはかなり重要な事だ。
「アリシア、すまなかった。少し、無理させてしまったね」
「い、いえ! リーンハルト様は悪くありません! 元はと言えば、私がいけないんです……」
艶かしい彼女も良いが、やはり何時もと変わらない可愛らしい彼女も良い。
「あの、リーンハルト様」
「どうしたの」
「実は先日……リーンハルト様とセレスティーヌ様の会話を盗み聞きしてしまったんです……。そこで、リーンハルトがセレスティーヌ様にーー」
「好きだよ、愛してるって言ってた?」
「っ⁉︎」
弾かれた様に顔を上げ目を見開く彼女は、大きな琥珀色の瞳を潤ませて今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。
それを見て、嗜虐心が駆り立てられ思わず喉を鳴らした。
抑制するのが辛い。
身体が疼き、また彼女を自分の下に組み敷いて奥まで穿ち啼かせたい衝動に襲われる。
だが決して態度には出さず、冷静を装った。
『ねぇ、どうして私よりあの子が良いの?そんなにあの子が事が好き?』
「そう聞かれたからーー「好きだよ、僕はアリシアを愛している」そう答えたに過ぎない。でも君が隠れていた場所からは、少し距離があったから、全ては聞こえなかったかも知れないね」
「⁉︎」
あの時、アリシアが盗み聞きしていた事は当然知っている。だから態と彼女にも聞こえる様に話したのだが……少し誤算があった。
影からの報告書には、アリシアはリーンハルトの間接的な愛の言葉に感極まり涙を流していたとあったが、その後アリシアが侍女のライラに話した内容とは大きく食い違っている事が分かり、そこで自分の失態に気が付いた。
ただ正直、彼女が自分の為に胸を大きくしたいと悩む姿を想像すると何とも言い難い昂揚感が湧き起こり悪くないとも思った。
「気が付かれていたんですか……」
「この僕が、君の気配に気付かない訳がないよ」
真相を知り彼女の不安は解消された筈だが、それでもアリシアは表情は晴れない。
「で、でも、最近のリーンハルト様は何時も素気なくて、もう私に飽きてしまったのだとばかり……。舞踏会の時も、セレスティーヌ様を……」
「君が、オズワルドと随分と仲が良いみたいだったから嫉妬していたんだ。君の気を引きたくて、態と素気ない態度で距離を取ったりしてーー笑ってくれていいよ。十も歳の離れた弟に嫉妬なんて、自分でも大人気ないと分かってるんだ」
「では……私の事が嫌になってしまった訳ではないんですか」
大きな琥珀色の瞳を見開いている彼女の頬に触れると、まるで小動物の様に頬を擦り寄せてくる。そんな彼女の瞳からは宝石と見まごう様な美しい涙が溢れていた。
愛おしくて仕方がないーー。
「勿論だよ。君は自惚れていたって言っていたけど、自惚れなんかじゃない。僕の特別はこれまでもこれからもずっと君だけだよ、アリシア」
◆◆◆
リーンハルトから真相を聞かされたアリシアは、ずっと張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れてしまいまた涙が溢れてしまった。
こんなに涙を流したのは、初めてかも知れない。幼い頃でも記憶にないと笑った。
「リーンハルト様」
安心したアリシアは、ふと部屋を見渡す。すると何か違和感を覚えた。
窓がない、それに何処か見覚えがある様な、ない様な……ーー。
「どうしたの?」
「そういえば、このお部屋は一体……」
「あぁ、僕の秘密の部屋だよ」
「秘密の部屋……?」
リーンハルトはアリシアの問いに鮮やかに笑って見せ、立ち上がった。そしてテーブルの上に飾られていたウサギの縫いぐるみを手にする。
正直、彼と縫いぐるみの組み合わせに違和感しかない。
アリシアは小首を傾げる。
「ねぇ、アリシア。この縫いぐるみ、可愛いと思わないかい?」
確かに可愛く思えるが、年季が入っているのか少し汚れている様に見えた。それにーー。
「ほら、アリシア」
頗る愉しそうな彼が次にクローゼットを開けると、そこには何故かドレスや靴や帽子、スカーフがありーーどう見ても女性用にしか見えなかった。しかもどれも見覚えのある物ばかりだーー。
「リーンハルト様……これは」
「見覚えがあるだろう? 此処にある物、殆どが君が以前使っていた物だよ。流石にベッドや調度品は僕が用意した物だけどね」
「あ、道理で……ーー」
(ぇ……え⁉︎ え⁉︎)
完全に思考が止まった。
同じ言語を使っている筈なのに、彼が何を言っているのか全く理解出来ない。
「要するに、この部屋の九割は君で構成されていると言っても過言ではない、という事だよ。素晴らしいだろう?」
(そんな事、胸を張って言われても困ります‼︎)
「僕の部屋はまた別にあるんだけど、アリシア不足で死にそうな時は、此処に来て一人寂しく自分を慰めているんだ」
憂を帯びた表情の彼に思わず見惚れてしまうが、冷静になって考えるとサラリと凄い事を言っている。
「でも、もうその必要もないけどね」
「っ⁉︎」
呆気に取られていると、何時の間にか目の前に彼が立っていた。
「さぁ、アリシア、僕に教えて? 君の全ては誰のモノ?」
「ーー」
以前なら強制的に言わされていた。
だが、今は違う。何故ならアリシア自身が、彼のモノでありたいと望んでいる。
「私の身も心も全て、リーンハルト様のモノです」
「あぁ、良い子だね、アリシア」
頬に手を添えられ上を向かせられると、彼の美しい蒼眼に射抜かれる。こうなると、もう彼から逃げられないーー。
彼は妖艶に笑み、ご褒美とばかりにアリシアに口付けを落とした。唇を薄く開くと彼の舌が侵入してくる。
互いに貪る様にして舌を絡ませ激しく求め合い、互いの唾液を流し込む。
彼の唾液はどんな甘味よりも甘くて美味しい。
頭が痺れて、身体中が疼くのを感じた。
こんな事考えるなんて、はしたないと思いながら思考が止まらない。
彼が欲しくて堪らないーー。
「リーンハルト様は、誰のモノなんですか」
唇を離すと、二人を繋ぐ透明の糸がツッーと切れた。
アリシアの口の端から溢れてしまった唾液を、彼が舐めて綺麗にしてくれる。
「勿論、君と出会った瞬間から、僕の全ては君のモノだよ」
「ぁ……‼︎」
腕を掴まれ、彼の脚の間の膨らみに触れさせられる。
恥じらいから、身体を震わすが彼はそんなアリシアを見て笑ったーーそして耳元で甘く囁く。
「僕のコレも、勿論僕の子種もアリシア、全部君だけのモノだよ」
「リーンハルト、様っ……」
「あぁ、恥じらう君も可愛いね、堪らないーー愛しているよ、僕だけのアリシア」
「私も、リーンハルト様を愛していますーー」
◆◆◆
あれからセレスティーヌは迎えに来た両親等に捕まり強制送還された。
何でも、婚約者がいるにも関わらず浮気したのは本当はセレスティーヌの方だったらしく、その所為で婚約破棄をされた為、リーンハルトの元へと逃げてきたと聞いた。あわよくば、アリシアを押し退け自分がリーンハルトの妻の座に収まろうという魂胆だったらしいが、リーンハルトが拒否し敢え無く失敗に終わった。
アリシアはリーンハルトからの強い要望もありオズワルドの教育者を解任され、オズワルドにはリーンハルトが連れて来た強面の少し狼顔の男性が就くことになった。あの時のトラウマがあるオズワルドは、文句も言わず大人しく勉学に励んでいる。
彼曰く「僕のアリシアに手を出そうとした罰だよ」との事らしい。
暫く兄からの厳しい愛の鞭に、弟は耐える日々を送った。
数年後ーーリーンハルトとアリシアは無事結婚しアリシアは王太子妃となり、更に数年後にはリーンハルトが国王に就任すると共に彼の唯一の妃となった。
リーンハルトは愛妻家で知られ、生涯アリシア妃以外の妃を迎える事は無かった。
リーンハルトの死後、偶然彼の秘密の部屋を見つけた侍従がその中で見たものは、アリシア・ヴェルネに関する報告書の山だった。内容は彼女との出会いから、結婚後もずっと続いており何十年にも渡るものだったと語る。侍従は更に部屋の中を検分すると、そこにはアリシア・ヴェルネの物で溢れ返っていた。彼曰く、この部屋の九割は彼女で構成されていると言っても過言ではないらしい……。
侍従は「あの、聖人君子だった陛下がーー」と暫し放心状態となり、見なかった事にしてその部屋の扉を静かに閉じたとかいないとかーー。
お終い
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此れこそ憧れの“愛”❣️ですね〜💕
面白かったです。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございます!
リーンハルトによく似た息子なら、きっと共感する筈です(笑)(´ー`*)ウンウン