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第二王子の初恋
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「昨日の舞踏会で、僕を悪者から剣で守ってくれた、あのご令嬢に一目惚れしました!僕の婚約者は彼女がいいです!」
10歳の第二王子ティムが朝食の席で発した言葉に、その場は凍りついた。
その言葉に、国王と王妃と16歳の第一王女ヘレンはフリーズした。14歳の第一王子リアムだけは、面白そうに皆の様子を眺めながら食事を続けている。
国王は眉根を下げながら、怒ったような口調で言った。
「女性の身で剣を使うなど·····そんなみっともない、不作法な女はダメだ!」
国王の言葉に、第二王子ティムはふわふわ巻き毛の金髪を乱して首を振り叫んだ。
「嫌だ!僕の初恋なんだ。諦めない!父上だってこの舞踏会で婚約者を見つけるように僕に言ってたではありませんか!」
意固地になり始めた第二王子ティムに、王妃が自分の大きなお腹を撫でながら、諭すように言った。
「女性は、今の私のように妊娠して活発には動けなくなる時が来るわ。そのご令嬢に剣で守ってもらいたくて、傍にいて欲しいと考えているのなら、それは難しいと思うわ」
第二王子ティムは、妊婦である王妃には強く反発できず、大人しく言い返した。
「それは分かっています母上。私は、彼女に守って欲しいと思っているのではないのです。彼女の剣に惚れたのではなく、転んだ僕の手を引っ張って起こしてくれた時に触れた、彼女の剣ダコに惚れたのです。前時代的でお堅いこの国で、女性の身でありながら剣の鍛錬を日々行ってきている·····そんなストイックさに惚れたのです」
第二王子ティムからの思わぬ反論に王妃が黙ると、今度は金髪をウェーブの第一王女ヘレンがにこやかに話しかけた。
「ふふふ、まだ10歳なのに、難しい言葉を沢山話せるようになったのね。いいわ。お姉ちゃんが特別に貴方の運命の相手を占ってあげる」
第一王女ヘレンはおもむろに両手の親指を、鼻の穴の中に突っ込んだ。一見マヌケにも見えるポーズだが、これは彼女が未来視する時の必要動作なのだ。
10分後、両親指を鼻の穴から引っこ抜き、第一王女ヘレンは眉根を下げながら言った。
「少しだけ見えたわ·····貴方の運命の相手は·····手に剣ダコがある相手だわ」
その言葉に、国王と王妃は頭を抱えたのだった。
***
この国には100年に1度、未来視の能力を持つ王女が生まれる。だが、未来視を出来るのはこの国の王族にまつわる、ちょっとした情報だけである。
例えば、王妃のお腹に今いる子供は女の子であるとか、国王は何歳で禿げ始めるとか、そんな程度である。そして、彼女自身にまつわる情報は一切占えないのだ。
しかし、噂とは大きくなりがちなもので『未来を知ることが出来る王女を手に入れよう』と、隣国から刺客が送り込まれるようになった。
舞踏会に第一王女ヘレンを狙った刺客が参加するという情報を掴んだ国王は、王女に護衛をつけることにした。
しかし、この国の慣習では舞踏会で未婚女性のすぐ側には男性の護衛はつけられない。男性護衛は壁の傍で、控えていなくてはならないのだ。
そして、女が剣を持つ事は、はしたないと言われているこの国では、女騎士は一人もいなかった。
苦肉の策で考えられたのは小柄な男性騎士を女装させ、舞踏会中の第一王女ヘレンの警護についてもらう事だった。
そんな中で白羽の矢が立ったのは、最近、第一王女付き護衛になったケビンであった。
彼は女装の命令に、とても抵抗した。ケビンは自分が小柄で女顔である事に、誰よりもコンプレックスを感じてきたからだ。
しかし、王命との事で逆らう事が出来ずに、ケビンは泣く泣く女装して、ご令嬢として舞踏会に参加したのだった。
「あれ、ケビンか?うっわぁ、すげぇ可愛い!」などとうっかり言ってしまった同期は後でケビンにボコボコに殴られた。
ケビンは「マジでふざけんな!」と内心毒づきつつ舞踏会に参加した。そんな内心ではあったが、4男3女いる辺境伯の末っ子である彼は、姉達の振る舞いを思い起こしながら舞踏会での令嬢を演じ切っていた。
そんな時にケビンはふと庭園で、隣国からの刺客と対峙する第二王子ティムとその護衛達を目撃し、バルコニーからドレスのままで飛び降りて太ももに隠してあった短剣で参戦したのだった。
そんな事情を知る、国王と王妃と第一王女ヘレンは、いかに第二王子ティムを傷つけずに、彼の初恋をなかったことにするか、苦心していた。
結果、ケビンは第二王子ティムに見つからないようにと、故郷の辺境の守護へ異動となった。入隊当初から第一希望が辺境の守備兵だった彼にとっては、願ったり叶ったりの部署転換だった。
そんな一方で第二王子ティムは諦め悪く、王城のメイドたちに「剣ダコのある令嬢を知らないか?僕の初恋の相手なんだ」と聞いてまわっていた。
メイド達は良かれと思って噂を広めた。善意の噂は、ねずみ算式に拡散され、あっという間に国中に広まった。
国王が「ただの噂にかまっていられない」と無視して、否定しなかったせいもあり、噂はエスカレートした。
そして、いつの間にか『この国で剣技が1番強い女の子が、第二王子ティムの婚約者に選ばれるらしい』という噂がまことしやかに囁かれる様になった。
王子に見合う年頃の令嬢を持つ親達は、こぞって娘に剣を習わせた。
果ては平民の女性から年齢高めの貴族令嬢まで剣を習い始め、剣の講師は大繁盛となった。
1年ほど経ったころ、大儲けした剣の講師が主催で『女性限定の剣闘会』が開催されることになった。そして、主賓に第二王子ティムが呼ばれる事となったのだった。
***
「明日は女性限定剣闘会が、開催されるんだろ?」
第一王子リアムは、人払いした自室に招いた第二王子ティムに話しかけた。
「そうですよ。僕が主賓だそうです。主賓というか、景品というか·····」
苦笑いで言い淀む第二王子ティムに、第一王子リアムは笑いかけた。
「すべてお前の目論見通りだろう?ヘレン姉上と生まれてくる第二王女のために女性騎士の制度を作りたくて、お前が初恋の演技したんだんだよな?国の慣習を変えるのは困難だが、ブームを巻き起こせば後は容易いからな」
「やはり兄上には、すべてお見通しだったのですね。無益な国の慣習など、肥溜めに捨ててしまえばいいのに。父上も、ヘレン姉上を守るためにもっと国の慣習を変えていく努力をして欲しいものです」
急に大人びた雰囲気で話し出した第二王子ティムを見て、第一王子リアムはやれやれと肩を竦めた。
「そう言ってやるな。父上はやるべきことが山ほどあるから、手が回らないのだろう。·····お前の狙いはあの初恋の演技で、ヘレン姉上の婚約者候補に決まりかけていたケビンを遠ざける意図もあったのか?」
「さすが、兄上!そこにも気づいて頂けましたか!父上ときたら、ちょうど辺境伯と繋ぎをつくりたかったからと言って、ケビンを婚約者にしようとしてたんですよね。イケメンだからヘレン姉上も喜ぶだろうと思ってたみたいですが、大間違いですよね。姉上は騎士団長みたいなゴリマッチョが好みなのに·····」
プンスカプンと頬を膨らませた第二王子ティムを見ながら、第一王子リアムは苦笑いをした。
「ケビンはなぁ、イケメンだが性根が気に食わんよな」
「ですよね!ヘレン姉上の占いポーズを初めて見た時、彼ドン引きしてましたもん。その時点でないわーって思いましたもん。それに比べ、騎士団長なんて、ヘレン姉上のあのポーズは痛くないのだろうかと心配して、自分も両親指を鼻の中に突っ込んで、抜けなくなって大騒ぎした逸話がある人ですからね」
「騎士団長は今24歳だから年齢的にも大丈夫なラインだし、俺の進言通り話は進みそうだぞ。姉上と騎士団長は両片思いの仲だから、今後の進展は早いだろうよ」
そう言って、第一王子リアムは紅茶を一口飲み一息つくと、銀髪をかき揚げて、第二王子ティムを睨んだ。
「·····それにしても、あの朝食の席での発言に、お前がケビンに本気で恋してるのかと一瞬、焦ったぞ。事前に俺に相談しておけよ。同性婚の承認を得るための数々の困難が、俺の頭を駆け巡ったぞ」
「心労かけてしまい、すみません。同性婚ですか·····同性婚はこの国では、時期尚早でしょうね。もっと価値観の多様性を受け入れられる土台が出来てから出ないと、公に認められるのは絶対難しいですよね。僕は多様な価値観が認められる国に兄上と共に変えていきたいと思ってます。女性の社会進出を促したいのもその為です。今回はその布石です」
第二王子ティムがスラスラと自分の考えを話すと、第一王子リアムはため息をついた。
「本当にお前は、俺の前でだけは10歳とは思えない賢さだよな。お前が王位に着いた方が良いのではないかと、時々思うよ。幼くアホな第二王子のフリするのはそろそろ止めてはどうだ?その方が、色々動きやすいだろう」
第一王子リアムの提案に、第二王子ティムは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「絶対、嫌ですよ!兄上には表舞台に立って頂き、僕は正攻法では上手くいかないことを、後ろから小細工して突破口を開く役を担いたいんです!王位について、表立って賢く対応している僕なんて、虫酸が走ります!僕は周囲から軽んじられる位が、心地良いんです!」
「軽んじられるのが心地よいとは·····弟がドMに育ってしまい、兄さんは悲しいよ」
第一王子リアムがよよと泣き真似をすると、第二王子ティムはニヤリと笑った。
「僕は、ドMではないですよ。逃げられると追いつめたくなるタイプですし、健気に頑張ってる女性とかが好みですから、どちらかと言うとSだと思いますよ」
「もうMでもSでも、お前が幸せならどっちでもいいよ。それにしても、お前の婚約者選びはどうするんだ?家格的にはゾフィ嬢が釣り合うが·····お前この前の舞踏会でゾフィ嬢から逃げ回ってたもんな。彼女では不服か?赤髪は苦手か?」
第一王子リアムの問いかけに、第二王子ティムは紅茶を一口飲みため息をつくと言った。
「赤髪は嫌いではないのですが、追いかけられると逃げたくなる性分なもので·····ゾフィ嬢とまともに話したことないんですよ。でも彼女、僕がいくら素早く姿をくらませても、いつの間にかすぐ側に追いかけてくるんですよね。ドレスでのあの素早さは賞賛に値しますが·····彼女は剣ダコとは程遠い白魚のような手の持ち主でしたから、僕の運命の相手ではなさそうです」
「確かに、ヘレン姉上の占いは当たるからなぁ。じゃあ、明日の剣闘会で運命の相手が見つかるかもな。この国の現状では王族と平民の婚姻は厳しいかもしれないが、男爵家以上の家格の女性なら問題ないぞ」
「きっと男爵家以上の令嬢は剣ダコ出来るほどは訓練してないと思うので、無理な気がします·····」
第一王子リアムが肩を叩くと、第二王子ティムは少し残念そうな声で言ったのだった。
***
剣闘会当日、国王に引き止められたりしたため、遅れて会場に第二王子ティムは到着した。
彼が到着した頃には既に準決勝第2組目が始まっていた。
準決勝は平民の女性同士の戦いであるようで、第二王子ティムは「やはりな」と思っていた。
日頃から家の手伝いで家事や育児をし、重い荷物を持って生活している平民と、本より重いものを持った事がない貴族令嬢では、筋肉の付き方が違うのだ。
筋トレ不足のご令嬢が勝ち抜ける訳が無いし、そんな根性あるご令嬢がいるとも第二王子ティムは思っていなかった。
試合はおでこと胸元の小さな皿を剣で割った方が勝者となる。
準決勝の、平民の女性達の剣技の腕が予想以上に高く、第二王子ティムは驚いた。「これならば、王女付きの女騎士団員をすぐ任命出来そうだ」とほくそ笑んでいると、決着がついてガタイの良い茶髪の中年の女性が勝ち上がった。
いよいよ決勝戦が始まると思い、第二王子ティムは剣闘場を見て固まった。
見覚えがある赤髪の少女が乗馬服のような姿でサーベルを提げて姿を表したからだ。
まさかゾフィ嬢が決勝戦に上がれるほどの腕前を身につけてるとは夢にも思わなかった第二王子ティムは、あんぐりと口を開けて決勝戦を見守った。
試合開始後は茶髪の平民女性からの重い剣撃に、力負けしていたゾフィ嬢だった。しかし、次第に茶髪の女性の太刀筋を見抜き始めて、避け始めた。そして、茶髪の女性からの大ぶりの一撃を素早い身のこなしでかわし、そこから跳躍して大きく上に剣を振りかぶり、相手の額の皿を割ったのだった。
荒い息で汗まみれ泥まみれのゾフィ嬢が、第二王子ティムには眩しく見えた。
優勝トロフィーを渡す係を仰せつかった第二王子ティムは、間近で見て、やはりそのご令嬢がゾフィ嬢であることを認めて、改めて驚いた。
そして、トロフィー授与の際に当たった彼女の手を見て、ゾフィ嬢の白魚のような美しかった手が剣ダコだらけになっていることに気づいたのだった。
その途端、自分のために身を粉にして頑張ってくれたゾフィ嬢への愛おしさが胸から溢れ出してきた。
「僕のために·····こんなに剣ダコ作るほど、剣を頑張ってくれた君を愛おしく思うよ」
第二王子ティムがそう言いながらゾフィ嬢の手をとると、彼女は急に顔を真っ赤にして「別に王子のために剣を頑張ったのではありませんわ。剣が好きだから頑張っただけなのです」とモゴモゴ言い出した。
そんなゾフィ嬢を見て、第二王子ティムは
『確かにきっと剣を習ってみたら楽しかったから、こんなに短期間で強くなったんだろう。でも、きっと親に俺の婚約者に選ばれるように頑張るよう言われたから、舞踏会では自分を追いかけていただろうに·····僕から迫られると急にツンデレになるとか·····ヤバい。可愛すぎる。ツボだ!』と、悶えていた。
そして、その衝動のまま第二王子ティムはゾフィ嬢の前に跪き「僕の婚約者になってください!」と宣言した。
息を呑み様子を見守る観衆の中、ゾフィ嬢は顔を真っ赤にしてフリーズした後、頷いた。
そして闘技場は、割れるような拍手と歓声で包まれたのだった。
その後、国王は40代後半になるとすぐ第一王子リアムに王位を譲り、隠居した。
リアム国王の治世は、とても安定し発展した。
それは、リアム国王が賢王であったこと、穏やかで賢い王妃と手を取り合い安定した国政を行ったお陰と言われている。
リアム国王自身は、謙虚な人柄なので自身の功績は誇らず、「賢王」と褒められると、謙遜して頭をかきながら言うのだった。
「俺が賢王と言って貰える働きが出来ていたとしたら、それは妻が陰で支えてくれているお陰ですよ。それに、国が安定しているのは、ヘレン姉上と騎士団長の夫妻が占いの力と武力で国防を固めてくれたお陰です。·····何より国が発展したのは、俺が正攻法で行き詰るといつも突破口を開いてくれていた弟のお陰ですよ」
しかし、リアム国王のその言葉に周囲は「いつものんびりぼんやりで『昼行灯』と呼ばれていて、何か行動したと思えば『万博を開催しよう』などと、いつも突拍子もない提案ばかりするティム王弟殿下が何をしたと言うんだ!?」と首を傾げるばかりだった。
昼行灯と呼ばれたティム王弟殿下は、老後になっても妻と仲睦まじく暮らした。妻の剣ダコを愛おしそうに撫でる王弟殿下と、顔を赤らめて手を引っ込めようとするその妻ゾフィの様子がよく目撃されたという。
リアム国王の治世で、この国1番のベストセラーとなった本は『剣振りかぶり姫』である。
その内容はゾフィ令嬢と第二王子ティムの物語である。いつしかこの国では、『灰かぶり姫』ではなく『剣振りかぶり姫』が、少女達のバイブルとなった。
魔法使いの助けで幸せを掴むのではなく、日々の努力と鍛錬で幸せを掴んだ令嬢の話を何度も聞いて育った少女達はやがて成長して、あらゆる分野で成果をあげるようになった。
そして、その活躍により国は大きく末永く発展したと言い伝えられている。
~おしまい~
10歳の第二王子ティムが朝食の席で発した言葉に、その場は凍りついた。
その言葉に、国王と王妃と16歳の第一王女ヘレンはフリーズした。14歳の第一王子リアムだけは、面白そうに皆の様子を眺めながら食事を続けている。
国王は眉根を下げながら、怒ったような口調で言った。
「女性の身で剣を使うなど·····そんなみっともない、不作法な女はダメだ!」
国王の言葉に、第二王子ティムはふわふわ巻き毛の金髪を乱して首を振り叫んだ。
「嫌だ!僕の初恋なんだ。諦めない!父上だってこの舞踏会で婚約者を見つけるように僕に言ってたではありませんか!」
意固地になり始めた第二王子ティムに、王妃が自分の大きなお腹を撫でながら、諭すように言った。
「女性は、今の私のように妊娠して活発には動けなくなる時が来るわ。そのご令嬢に剣で守ってもらいたくて、傍にいて欲しいと考えているのなら、それは難しいと思うわ」
第二王子ティムは、妊婦である王妃には強く反発できず、大人しく言い返した。
「それは分かっています母上。私は、彼女に守って欲しいと思っているのではないのです。彼女の剣に惚れたのではなく、転んだ僕の手を引っ張って起こしてくれた時に触れた、彼女の剣ダコに惚れたのです。前時代的でお堅いこの国で、女性の身でありながら剣の鍛錬を日々行ってきている·····そんなストイックさに惚れたのです」
第二王子ティムからの思わぬ反論に王妃が黙ると、今度は金髪をウェーブの第一王女ヘレンがにこやかに話しかけた。
「ふふふ、まだ10歳なのに、難しい言葉を沢山話せるようになったのね。いいわ。お姉ちゃんが特別に貴方の運命の相手を占ってあげる」
第一王女ヘレンはおもむろに両手の親指を、鼻の穴の中に突っ込んだ。一見マヌケにも見えるポーズだが、これは彼女が未来視する時の必要動作なのだ。
10分後、両親指を鼻の穴から引っこ抜き、第一王女ヘレンは眉根を下げながら言った。
「少しだけ見えたわ·····貴方の運命の相手は·····手に剣ダコがある相手だわ」
その言葉に、国王と王妃は頭を抱えたのだった。
***
この国には100年に1度、未来視の能力を持つ王女が生まれる。だが、未来視を出来るのはこの国の王族にまつわる、ちょっとした情報だけである。
例えば、王妃のお腹に今いる子供は女の子であるとか、国王は何歳で禿げ始めるとか、そんな程度である。そして、彼女自身にまつわる情報は一切占えないのだ。
しかし、噂とは大きくなりがちなもので『未来を知ることが出来る王女を手に入れよう』と、隣国から刺客が送り込まれるようになった。
舞踏会に第一王女ヘレンを狙った刺客が参加するという情報を掴んだ国王は、王女に護衛をつけることにした。
しかし、この国の慣習では舞踏会で未婚女性のすぐ側には男性の護衛はつけられない。男性護衛は壁の傍で、控えていなくてはならないのだ。
そして、女が剣を持つ事は、はしたないと言われているこの国では、女騎士は一人もいなかった。
苦肉の策で考えられたのは小柄な男性騎士を女装させ、舞踏会中の第一王女ヘレンの警護についてもらう事だった。
そんな中で白羽の矢が立ったのは、最近、第一王女付き護衛になったケビンであった。
彼は女装の命令に、とても抵抗した。ケビンは自分が小柄で女顔である事に、誰よりもコンプレックスを感じてきたからだ。
しかし、王命との事で逆らう事が出来ずに、ケビンは泣く泣く女装して、ご令嬢として舞踏会に参加したのだった。
「あれ、ケビンか?うっわぁ、すげぇ可愛い!」などとうっかり言ってしまった同期は後でケビンにボコボコに殴られた。
ケビンは「マジでふざけんな!」と内心毒づきつつ舞踏会に参加した。そんな内心ではあったが、4男3女いる辺境伯の末っ子である彼は、姉達の振る舞いを思い起こしながら舞踏会での令嬢を演じ切っていた。
そんな時にケビンはふと庭園で、隣国からの刺客と対峙する第二王子ティムとその護衛達を目撃し、バルコニーからドレスのままで飛び降りて太ももに隠してあった短剣で参戦したのだった。
そんな事情を知る、国王と王妃と第一王女ヘレンは、いかに第二王子ティムを傷つけずに、彼の初恋をなかったことにするか、苦心していた。
結果、ケビンは第二王子ティムに見つからないようにと、故郷の辺境の守護へ異動となった。入隊当初から第一希望が辺境の守備兵だった彼にとっては、願ったり叶ったりの部署転換だった。
そんな一方で第二王子ティムは諦め悪く、王城のメイドたちに「剣ダコのある令嬢を知らないか?僕の初恋の相手なんだ」と聞いてまわっていた。
メイド達は良かれと思って噂を広めた。善意の噂は、ねずみ算式に拡散され、あっという間に国中に広まった。
国王が「ただの噂にかまっていられない」と無視して、否定しなかったせいもあり、噂はエスカレートした。
そして、いつの間にか『この国で剣技が1番強い女の子が、第二王子ティムの婚約者に選ばれるらしい』という噂がまことしやかに囁かれる様になった。
王子に見合う年頃の令嬢を持つ親達は、こぞって娘に剣を習わせた。
果ては平民の女性から年齢高めの貴族令嬢まで剣を習い始め、剣の講師は大繁盛となった。
1年ほど経ったころ、大儲けした剣の講師が主催で『女性限定の剣闘会』が開催されることになった。そして、主賓に第二王子ティムが呼ばれる事となったのだった。
***
「明日は女性限定剣闘会が、開催されるんだろ?」
第一王子リアムは、人払いした自室に招いた第二王子ティムに話しかけた。
「そうですよ。僕が主賓だそうです。主賓というか、景品というか·····」
苦笑いで言い淀む第二王子ティムに、第一王子リアムは笑いかけた。
「すべてお前の目論見通りだろう?ヘレン姉上と生まれてくる第二王女のために女性騎士の制度を作りたくて、お前が初恋の演技したんだんだよな?国の慣習を変えるのは困難だが、ブームを巻き起こせば後は容易いからな」
「やはり兄上には、すべてお見通しだったのですね。無益な国の慣習など、肥溜めに捨ててしまえばいいのに。父上も、ヘレン姉上を守るためにもっと国の慣習を変えていく努力をして欲しいものです」
急に大人びた雰囲気で話し出した第二王子ティムを見て、第一王子リアムはやれやれと肩を竦めた。
「そう言ってやるな。父上はやるべきことが山ほどあるから、手が回らないのだろう。·····お前の狙いはあの初恋の演技で、ヘレン姉上の婚約者候補に決まりかけていたケビンを遠ざける意図もあったのか?」
「さすが、兄上!そこにも気づいて頂けましたか!父上ときたら、ちょうど辺境伯と繋ぎをつくりたかったからと言って、ケビンを婚約者にしようとしてたんですよね。イケメンだからヘレン姉上も喜ぶだろうと思ってたみたいですが、大間違いですよね。姉上は騎士団長みたいなゴリマッチョが好みなのに·····」
プンスカプンと頬を膨らませた第二王子ティムを見ながら、第一王子リアムは苦笑いをした。
「ケビンはなぁ、イケメンだが性根が気に食わんよな」
「ですよね!ヘレン姉上の占いポーズを初めて見た時、彼ドン引きしてましたもん。その時点でないわーって思いましたもん。それに比べ、騎士団長なんて、ヘレン姉上のあのポーズは痛くないのだろうかと心配して、自分も両親指を鼻の中に突っ込んで、抜けなくなって大騒ぎした逸話がある人ですからね」
「騎士団長は今24歳だから年齢的にも大丈夫なラインだし、俺の進言通り話は進みそうだぞ。姉上と騎士団長は両片思いの仲だから、今後の進展は早いだろうよ」
そう言って、第一王子リアムは紅茶を一口飲み一息つくと、銀髪をかき揚げて、第二王子ティムを睨んだ。
「·····それにしても、あの朝食の席での発言に、お前がケビンに本気で恋してるのかと一瞬、焦ったぞ。事前に俺に相談しておけよ。同性婚の承認を得るための数々の困難が、俺の頭を駆け巡ったぞ」
「心労かけてしまい、すみません。同性婚ですか·····同性婚はこの国では、時期尚早でしょうね。もっと価値観の多様性を受け入れられる土台が出来てから出ないと、公に認められるのは絶対難しいですよね。僕は多様な価値観が認められる国に兄上と共に変えていきたいと思ってます。女性の社会進出を促したいのもその為です。今回はその布石です」
第二王子ティムがスラスラと自分の考えを話すと、第一王子リアムはため息をついた。
「本当にお前は、俺の前でだけは10歳とは思えない賢さだよな。お前が王位に着いた方が良いのではないかと、時々思うよ。幼くアホな第二王子のフリするのはそろそろ止めてはどうだ?その方が、色々動きやすいだろう」
第一王子リアムの提案に、第二王子ティムは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「絶対、嫌ですよ!兄上には表舞台に立って頂き、僕は正攻法では上手くいかないことを、後ろから小細工して突破口を開く役を担いたいんです!王位について、表立って賢く対応している僕なんて、虫酸が走ります!僕は周囲から軽んじられる位が、心地良いんです!」
「軽んじられるのが心地よいとは·····弟がドMに育ってしまい、兄さんは悲しいよ」
第一王子リアムがよよと泣き真似をすると、第二王子ティムはニヤリと笑った。
「僕は、ドMではないですよ。逃げられると追いつめたくなるタイプですし、健気に頑張ってる女性とかが好みですから、どちらかと言うとSだと思いますよ」
「もうMでもSでも、お前が幸せならどっちでもいいよ。それにしても、お前の婚約者選びはどうするんだ?家格的にはゾフィ嬢が釣り合うが·····お前この前の舞踏会でゾフィ嬢から逃げ回ってたもんな。彼女では不服か?赤髪は苦手か?」
第一王子リアムの問いかけに、第二王子ティムは紅茶を一口飲みため息をつくと言った。
「赤髪は嫌いではないのですが、追いかけられると逃げたくなる性分なもので·····ゾフィ嬢とまともに話したことないんですよ。でも彼女、僕がいくら素早く姿をくらませても、いつの間にかすぐ側に追いかけてくるんですよね。ドレスでのあの素早さは賞賛に値しますが·····彼女は剣ダコとは程遠い白魚のような手の持ち主でしたから、僕の運命の相手ではなさそうです」
「確かに、ヘレン姉上の占いは当たるからなぁ。じゃあ、明日の剣闘会で運命の相手が見つかるかもな。この国の現状では王族と平民の婚姻は厳しいかもしれないが、男爵家以上の家格の女性なら問題ないぞ」
「きっと男爵家以上の令嬢は剣ダコ出来るほどは訓練してないと思うので、無理な気がします·····」
第一王子リアムが肩を叩くと、第二王子ティムは少し残念そうな声で言ったのだった。
***
剣闘会当日、国王に引き止められたりしたため、遅れて会場に第二王子ティムは到着した。
彼が到着した頃には既に準決勝第2組目が始まっていた。
準決勝は平民の女性同士の戦いであるようで、第二王子ティムは「やはりな」と思っていた。
日頃から家の手伝いで家事や育児をし、重い荷物を持って生活している平民と、本より重いものを持った事がない貴族令嬢では、筋肉の付き方が違うのだ。
筋トレ不足のご令嬢が勝ち抜ける訳が無いし、そんな根性あるご令嬢がいるとも第二王子ティムは思っていなかった。
試合はおでこと胸元の小さな皿を剣で割った方が勝者となる。
準決勝の、平民の女性達の剣技の腕が予想以上に高く、第二王子ティムは驚いた。「これならば、王女付きの女騎士団員をすぐ任命出来そうだ」とほくそ笑んでいると、決着がついてガタイの良い茶髪の中年の女性が勝ち上がった。
いよいよ決勝戦が始まると思い、第二王子ティムは剣闘場を見て固まった。
見覚えがある赤髪の少女が乗馬服のような姿でサーベルを提げて姿を表したからだ。
まさかゾフィ嬢が決勝戦に上がれるほどの腕前を身につけてるとは夢にも思わなかった第二王子ティムは、あんぐりと口を開けて決勝戦を見守った。
試合開始後は茶髪の平民女性からの重い剣撃に、力負けしていたゾフィ嬢だった。しかし、次第に茶髪の女性の太刀筋を見抜き始めて、避け始めた。そして、茶髪の女性からの大ぶりの一撃を素早い身のこなしでかわし、そこから跳躍して大きく上に剣を振りかぶり、相手の額の皿を割ったのだった。
荒い息で汗まみれ泥まみれのゾフィ嬢が、第二王子ティムには眩しく見えた。
優勝トロフィーを渡す係を仰せつかった第二王子ティムは、間近で見て、やはりそのご令嬢がゾフィ嬢であることを認めて、改めて驚いた。
そして、トロフィー授与の際に当たった彼女の手を見て、ゾフィ嬢の白魚のような美しかった手が剣ダコだらけになっていることに気づいたのだった。
その途端、自分のために身を粉にして頑張ってくれたゾフィ嬢への愛おしさが胸から溢れ出してきた。
「僕のために·····こんなに剣ダコ作るほど、剣を頑張ってくれた君を愛おしく思うよ」
第二王子ティムがそう言いながらゾフィ嬢の手をとると、彼女は急に顔を真っ赤にして「別に王子のために剣を頑張ったのではありませんわ。剣が好きだから頑張っただけなのです」とモゴモゴ言い出した。
そんなゾフィ嬢を見て、第二王子ティムは
『確かにきっと剣を習ってみたら楽しかったから、こんなに短期間で強くなったんだろう。でも、きっと親に俺の婚約者に選ばれるように頑張るよう言われたから、舞踏会では自分を追いかけていただろうに·····僕から迫られると急にツンデレになるとか·····ヤバい。可愛すぎる。ツボだ!』と、悶えていた。
そして、その衝動のまま第二王子ティムはゾフィ嬢の前に跪き「僕の婚約者になってください!」と宣言した。
息を呑み様子を見守る観衆の中、ゾフィ嬢は顔を真っ赤にしてフリーズした後、頷いた。
そして闘技場は、割れるような拍手と歓声で包まれたのだった。
その後、国王は40代後半になるとすぐ第一王子リアムに王位を譲り、隠居した。
リアム国王の治世は、とても安定し発展した。
それは、リアム国王が賢王であったこと、穏やかで賢い王妃と手を取り合い安定した国政を行ったお陰と言われている。
リアム国王自身は、謙虚な人柄なので自身の功績は誇らず、「賢王」と褒められると、謙遜して頭をかきながら言うのだった。
「俺が賢王と言って貰える働きが出来ていたとしたら、それは妻が陰で支えてくれているお陰ですよ。それに、国が安定しているのは、ヘレン姉上と騎士団長の夫妻が占いの力と武力で国防を固めてくれたお陰です。·····何より国が発展したのは、俺が正攻法で行き詰るといつも突破口を開いてくれていた弟のお陰ですよ」
しかし、リアム国王のその言葉に周囲は「いつものんびりぼんやりで『昼行灯』と呼ばれていて、何か行動したと思えば『万博を開催しよう』などと、いつも突拍子もない提案ばかりするティム王弟殿下が何をしたと言うんだ!?」と首を傾げるばかりだった。
昼行灯と呼ばれたティム王弟殿下は、老後になっても妻と仲睦まじく暮らした。妻の剣ダコを愛おしそうに撫でる王弟殿下と、顔を赤らめて手を引っ込めようとするその妻ゾフィの様子がよく目撃されたという。
リアム国王の治世で、この国1番のベストセラーとなった本は『剣振りかぶり姫』である。
その内容はゾフィ令嬢と第二王子ティムの物語である。いつしかこの国では、『灰かぶり姫』ではなく『剣振りかぶり姫』が、少女達のバイブルとなった。
魔法使いの助けで幸せを掴むのではなく、日々の努力と鍛錬で幸せを掴んだ令嬢の話を何度も聞いて育った少女達はやがて成長して、あらゆる分野で成果をあげるようになった。
そして、その活躍により国は大きく末永く発展したと言い伝えられている。
~おしまい~
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素敵な感想、有難うございました!