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第一章:理不尽から始まる探偵業
第五話 国と教会と聖女の関係
しおりを挟む腹の中に残っていた現状への苛立ちをハァと吐き出してから、教会の扉を潜る。
あったのは、礼拝堂だ。白い床に白い壁、白い天井はとても高く、他に飾りけはない。だからこそ、祭壇の金の装飾が厭に目を引く場所だった。
装飾はあるが、それ程豪勢なものではない。十字架と聖杯などの道具が金であるのみで、それも数えるほどしかない。三色のステンドグラスが窓を彩っているが、色といえばそのくらいだ。礼拝をしに来たのだろう平民たちの服装も含め、『清貧』という言葉がしっくりくる光景がそこにはあった。
入ったはいいが、この先どうすればいいのだろうか。礼拝する気のない俺が行き場に迷っていたところ、後ろから「どうされましたか?」と声を掛けられる。
振り返ると、そこにいたのは薄緑の長い髪を低い位置でくくった奴だった。男か女か分からない。俺がそういった機微に疎い事もあるし、白い修道服が体のラインを隠している事も理由にはあるが、分からないくらいには中性的な姿形と声の持ち主だ。
「あ、いや、王城から左せ……いや、配属される予定なのだが」
左遷、と言いかけて止めたのは、自分の職場をそんなふうに言われればいい気はしないだろうと思ったからである。
望んだ事ではもちろんないし、長居するつもりも毛頭ないが、しばらくはいなければならない場所だ。妙な諍いは起こさない方がいい。
言った後で「こんな事を言っても分からないか」と思ったが、返ってきた反応はそんな俺の予想を覆した。
「あぁ、朝にやってきた使者の」
「使者?」
「えぇ。今日豪勢な馬車に乗ってやってきた城の使いが、『聖女・アイーシャに護衛騎士をくれてやるから感謝しろ』というような事を言い置いていきまして」
私が対応したのですよ。そう言った彼はニコリと微笑み「ご案内します」と先を歩き始める。
それについていきながら、俺は背に向かって問いかけた。
「今日の朝って、そんな急に言われるものなのか」
「他にはどうか分かりませんが、教会に対しては大抵そうですよ。いつだって国は、自分たちの事情でこちらを振り回す。アイーシャの件だって」
そこまで言った緑髪の人物は、ハッとしたように口元を押さえる。
アイーシャとは、たしかここにいる聖女の名前だった筈だ。
現在確認されている聖女は世界にたしか七人だったと思うが、我が国にいるのは一人だけ。そうなれば、流石の俺も吟遊詩人の謳い文句くらいは知っている。
――その乙女、月の光をも反射する艶やかな銀色の髪を揺らし、高貴な紫と高魔の証たる黄色のを携えて、正義の鉄槌を下す者。
笑顔を絶やさぬ『銀百合の乙女』は、万人を慈しみ癒し給う一方で、『触るなキケン』とは誰が言ったか。正義神・アストライヤーの逆鱗に触れし悪人には容赦なき罰を下す、神の代行にして執行人。
そんな一節から始まる詩がどこまで事実に即しているのかは知らない。城下の王都でたまに起きる爆発はすべて聖女のせいだと聞く一方で、そのくせ日常品を買いに城下に降りても、その形跡はまったくない。
一方で、教会の話は出ない王城で、聖女の話が聞こえてきていた事は事実でもある。結局のところ王都内の治安維持は俺たち騎士ではなく憲兵たちの領分である事もあり、「よく分からない」というのが実際のところだが。
国は教会だけじゃなく、聖女も冷遇しているのか……?
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