2 / 5
第一章:理不尽から始まる探偵業
第二話 左遷
しおりを挟む
すべての始まりは一か月前。無駄に豪奢な謁見の間に人生初の呼び出しを受けた事だった。
白い大理石の床に、俺の視線を強制的に導くように敷かれた、一本の深紅のカーペット。その先に、ただ金の王冠を頂いてふんぞり返っているだけの男が、俺を上から見下ろし告げた。
「第一騎士団所属・ユスティード。貴様には、本日付けで聖女・アイーシャの専属護衛騎士を命ずる」
他人に命令し慣れた声が「聖女はこの国にとって政治的・宗教的・軍事的に大切な存在であるから云々」などと建前を述べているが、俺は絶対に騙されない。
どんなに言葉を飾ろうが、どんなに威厳のある声で言われようが、突き付けられた結果は変わらない。
――俺は国に、捨てられた。
そうでなければ、聖女付きになど、教会配属になどなる筈がない。
教会がこの国で権力を持っていたのは、もう百年も前の事だ。
当時の教会は、国の権力を簒奪しようとして失敗し中枢への影響力を失った。今や、律儀に神なんていう不確かなものを信仰している平民たちのためだけに、形だけ残されている組織に過ぎない組織だ……というのは、この王城内では知らぬ者など中々いない。
それこそ、騎士団でも「平民上がり」とよく揶揄されていたような、俺の耳にまで届く程度には。
王城に勤める貴族は多い。そのせいか、王城での勤務に一種のステータスを感じている者の大抵が、教会やそこにいる者たち――いわゆる脱落者たちを見下している。
そんな場所に何故俺が、実力だけでこの国最強を謳う精鋭ぞろいの第一騎士団第三位にまで上った人間が、出向を命じられなければならないのか。
……いや、分かっている。理由は簡単。この国の有力貴族の息子を、先日剣で打ち負かしたからだ。
そんな事程度で、平民である俺は貴族からこうも簡単に、僻地への左遷以上に最悪な環境へと置かれる事になるわけだ。
ふざけるな。
奥歯をギリッと噛み締める。手が震える程に、強く拳を握り込む。
今すぐにでも先日の一件についてこの場で抗議し、正義がどちらにあるのかを説いてやりたい。そういう事実がある上でこの決定なのかと、揶揄したい。
しかしそれはできない。なんせ今俺の目の前にいるのは、この国の権力をほしいままにし、一貴族の小さな私怨如きで国の戦力を追放するような傲慢なアホ――この国の最高権力者・国王なのだから。
“今代の王は特に己の利に貪欲で、そのためになら国の不利益も人を切り捨てる事も厭わない。そんなアホに、命まで奪われてはつまらないぞ”
俺が頑なに「国を守る騎士になる」と言って聞かず、ついには故郷を出て王都に行くと決めた時に、すべてを笑い飛ばすようなあの爽快な笑顔で師匠は俺にそう言った。
俺は別にいい。どうにでもなる。
でもそんな王なら見せしめに、俺の故郷や師匠にまで手を出すかもしれない。だから、動けない。
俺は、人の努力を身分一つでなかった事にできる権力が嫌いだ。それを振りかざす権力者なんて、もっと嫌いだ。
が、それでも自分が守りたい者を危険に晒す事になるくらいなら。
「……謹んで拝命いたします」
怒りと苛立ちを噛み殺しながら返事をすれば、唸ったような声が出た。
もしこの声が、俯いて隠しているつもりの表情が不服なのだとしたら、もうどうにでもすればいい。
だって今の俺に、目の前の男に対して払える敬意は、もうこれ以上ないのだから。
白い大理石の床に、俺の視線を強制的に導くように敷かれた、一本の深紅のカーペット。その先に、ただ金の王冠を頂いてふんぞり返っているだけの男が、俺を上から見下ろし告げた。
「第一騎士団所属・ユスティード。貴様には、本日付けで聖女・アイーシャの専属護衛騎士を命ずる」
他人に命令し慣れた声が「聖女はこの国にとって政治的・宗教的・軍事的に大切な存在であるから云々」などと建前を述べているが、俺は絶対に騙されない。
どんなに言葉を飾ろうが、どんなに威厳のある声で言われようが、突き付けられた結果は変わらない。
――俺は国に、捨てられた。
そうでなければ、聖女付きになど、教会配属になどなる筈がない。
教会がこの国で権力を持っていたのは、もう百年も前の事だ。
当時の教会は、国の権力を簒奪しようとして失敗し中枢への影響力を失った。今や、律儀に神なんていう不確かなものを信仰している平民たちのためだけに、形だけ残されている組織に過ぎない組織だ……というのは、この王城内では知らぬ者など中々いない。
それこそ、騎士団でも「平民上がり」とよく揶揄されていたような、俺の耳にまで届く程度には。
王城に勤める貴族は多い。そのせいか、王城での勤務に一種のステータスを感じている者の大抵が、教会やそこにいる者たち――いわゆる脱落者たちを見下している。
そんな場所に何故俺が、実力だけでこの国最強を謳う精鋭ぞろいの第一騎士団第三位にまで上った人間が、出向を命じられなければならないのか。
……いや、分かっている。理由は簡単。この国の有力貴族の息子を、先日剣で打ち負かしたからだ。
そんな事程度で、平民である俺は貴族からこうも簡単に、僻地への左遷以上に最悪な環境へと置かれる事になるわけだ。
ふざけるな。
奥歯をギリッと噛み締める。手が震える程に、強く拳を握り込む。
今すぐにでも先日の一件についてこの場で抗議し、正義がどちらにあるのかを説いてやりたい。そういう事実がある上でこの決定なのかと、揶揄したい。
しかしそれはできない。なんせ今俺の目の前にいるのは、この国の権力をほしいままにし、一貴族の小さな私怨如きで国の戦力を追放するような傲慢なアホ――この国の最高権力者・国王なのだから。
“今代の王は特に己の利に貪欲で、そのためになら国の不利益も人を切り捨てる事も厭わない。そんなアホに、命まで奪われてはつまらないぞ”
俺が頑なに「国を守る騎士になる」と言って聞かず、ついには故郷を出て王都に行くと決めた時に、すべてを笑い飛ばすようなあの爽快な笑顔で師匠は俺にそう言った。
俺は別にいい。どうにでもなる。
でもそんな王なら見せしめに、俺の故郷や師匠にまで手を出すかもしれない。だから、動けない。
俺は、人の努力を身分一つでなかった事にできる権力が嫌いだ。それを振りかざす権力者なんて、もっと嫌いだ。
が、それでも自分が守りたい者を危険に晒す事になるくらいなら。
「……謹んで拝命いたします」
怒りと苛立ちを噛み殺しながら返事をすれば、唸ったような声が出た。
もしこの声が、俯いて隠しているつもりの表情が不服なのだとしたら、もうどうにでもすればいい。
だって今の俺に、目の前の男に対して払える敬意は、もうこれ以上ないのだから。
1
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。

誰にでもできる異世界救済 ~【トライ&エラー】と【ステータス】でニートの君も今日から勇者だ!~
平尾正和/ほーち
ファンタジー
引きこもりニート山岡勝介は、しょーもないバチ当たり行為が原因で異世界に飛ばされ、その世界を救うことを義務付けられる。罰として異世界勇者的な人外チートはないものの、死んだらステータスを維持したままスタート地点(セーブポイント)からやり直しとなる”死に戻り”と、異世界の住人には使えないステータス機能、成長チートとも呼べる成長補正を駆使し、世界を救うため、ポンコツ貧乳エルフとともにマイペースで冒険する。
※『死に戻り』と『成長チート』で異世界救済 ~バチ当たりヒキニートの異世界冒険譚~から改題しました
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

聖獣達に愛された子
颯希
ファンタジー
ある日、漆黒の森の前に子供が捨てられた。
普通の森ならばその子供は死ぬがその森は普通ではなかった。その森は.....
捨て子の生き様を描いています!!
興味を持った人はぜひ読んで見て下さい!!

「次点の聖女」
手嶋ゆき
恋愛
何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。
私は「次点の聖女」と呼ばれていた。
約一万文字強で完結します。
小説家になろう様にも掲載しています。

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる