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第一話 聖女の鉄槌
しおりを挟むある邸宅の豪奢な執務室で、いつもの温厚さをすっかり棄て去った聖女は、犯人をまっすぐ見据えていた。
ガラス玉のように透き通った美しい瞳は、何も見ていないかのようで、すべてを見通しているかのようにも見える。
護衛騎士の俺でさえこの小柄で年下の彼女を恐ろしく感じる程に、彼女の存在感が肥大化しているように思えるのだから、よっぽどだ。
それが放出している魔力とやらのせいだと言われればそうであるような気がするし、降ろしている神の力とやらのせいだと言われれば、そうなのかもしれない。
まぁ魔力もなければ神も知らないただの騎士である俺からすれば、今分かるのはたった一つ。今この場では、この女が最も強いという一点だけである。
「手がかりを集め、推理をし、私が導き出した答えを神が『是』と認めました。正義の神・アストライアーの代行者である私の前で、正義にそぐわない嘘は、たった一秒の目くらましにもなりません。貴方の罪を、神はすべて見透かしています」
彼女が犯人に示した左手の甲には、両翼を背負う剣の聖痕が強い黄金色の光を放ち、浮かび上がっていた。
彼女が一歩踏み出せば、全身が純白の光を放ち始め、修道服の白を、蔦状の水色光がシュルリ、シュルリと浸食していく。
その様は、神など信じていない俺でさえも、思わず信じてしまいたくなるくらいには、神々しくて神秘的だ。
――その乙女、月の光をも反射する艶やかな銀色の髪を揺らし、高貴な紫と高魔の証たる黄色のを携えて、正義の鉄槌を下す者。
以前どこかで聞いた聖女・アイーシャに関する吟遊詩人の唄の一節を、今更ながらに思い出す。
初めて聞いた時には「大袈裟な」と呆れたその唄は、普段の彼女を知るにつれ「観客たちに求められるままに脚色に脚色を重ねたのだろう」と思わせる内容だ。しかし今は、吟遊詩人があぁ唄った理由がよく分かる。
今の彼女は、善人に慈悲を与える一方で、今正に悪人には容赦のない罰を下そうとしているその様は、神の代行にして執行人と呼ばれるに相応しい。
それこそ、街の人々から「常に笑顔を絶やさない優しい『銀百合の乙女』」として慕われている普段の彼女とは違って。
それこそ、美しくも気高く誰をも側に寄せ付けない今の彼女は『触るなキケン』と呼ばれるに相応しい。
この世のどれほどの人間が、彼女の本当の姿を知っているのだろうか。ふとそんな事を考える。
どれほど彼女が人知を超えた力の行使者であったとしても、彼女はただの人間だ。十六歳の女でしかない。
本当は強くて、弱くて、優しくて、頑固な、どんなに多くの人々から賞賛を向けられていても、神に選ばれた人間であっても、どこか危なっかしさの残る、俺のたった一人の護衛対象だ。
「悔い改めなさい」
そんな言葉と共に、彼女の後ろにそびえ立っていた水柱がグニョンと大きく形を変えた。拳を握り込んだその大きな腕が大きく振りかぶり、目の前の犯人を床ごと砕いた。
神の代行者による鉄槌。破壊力の凄まじい一撃が大して怖くも脅威にも思わないのは、おそらく自分に向けられていないからだ。
アイーシャは絶対に、『懺悔者』以外は傷つけない。そういう信頼があるからである。
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