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第2話 目的地には、チキンが一緒
しおりを挟む家は川崎、職場は水道橋。
渋谷なんて通り道ですら無い。
なのに何故仕事帰りにこんな所までやってきたのかというと、答えは簡単。
ここに用事があるからだ。
既に何度も通った馴染みの道を歩く。
日が落ちてきて、涼しい風がソヨリと吹いた。
お陰で気分が良くなって、足取りは軽く鼻歌も混じる。
そんな時だった。
後ろから、低い声に「圭大(けいだい)」と呼ばれたのは。
足を止めて振り返ると、こちらに向かって歩いてくるTシャツジーパン姿の男が居た。
ひょろ長くて筋肉なんて付いてない、一見頼り無さげな男だ。
「お疲れ」
俺がそう応じると、彼も俺に「おー、お疲れ」と言った。
そして「なぁ見て」と言わんばかりに、手に下げた小さなコンビニ袋を掲げてみせる。
「今そこでチキン買っちゃった!」
「お前なぁ……ついこの間『太った』って落ち込んでたくせに」
「だって欲しくなっちゃったんだもん」
仕方ないじゃん。
そう言いながら追いついてきた男に向かって、俺は思わず苦笑した。
そして。
「だから太るんだよ、アホめ」
「何だとっ?! このアホめ!」
そんな軽口を叩きながら、どちらともなく歩き始める。
目的地は一緒である。
それが互いに分かっているから、会えばこうして当たり前のように合流する。
それはいつもの事だった。
「っていうか、平日定時上がりのこの時間帯に私服とか。もしかしてお前仕事クビにでもなったのか?」
「そんな怖い事言うなよな、納期終わって時間空いたから普通に有給だっつうの」
「なぁんだ、つまんねぇの」
「おいコラ圭大」
学生時代からの繋がりが、2人にこんな気安いやり取りをさせる。
そんな中、思い出したかの様に彼が言った。
「なぁ、今日は皆来れる日だっけ?」
「あぁ。久々だよな」
「確かに」
もう俺たちも、いい加減大人だ。
揃わないから家に押しかけようぜ、なんて事はしない。
しかし、だからといって欠けた顔ぶれに寂しさを覚えくなった訳じゃない。
やっぱり全員揃うとしっくりくるし、それを喜ぶのは当然だった。
そんなやり取りをしていると、いつの間にか目的地はすぐそこだった。
と同時にまた1人、見知った姿に気が付いた。
それで前が見えるのか。
そう思わず疑いたくなるような長い前髪に、無精髭を生やしたその男は、何やら右ポケットを弄(まさぐ)っている。
「あ、野井だ」
「多分タバコ吸おうと思って出てきたんだなアレは。中、禁煙だし」
この建物の中に喫煙所は無い。
分煙化が進み喫煙者の肩身が狭くなった今、この場所でもタバコスペースは入り口脇に置かれた申し訳程度の灰皿一つだけになってしまっている。
だから「大方、着いたもののまだ皆揃ってないしヤニ切れて耐えられないしで、一旦外へと出てきたのだろう」なんて予想は簡単につく。
そしてそれは、おそらく当たりなのだろう。
だって彼は今正に、ポケットから取り出したタバコを咥えてそこにライターを寄せたのだから。
そんな彼に「よー」と声を掛けてみると、その声でやっと彼がこちらに気付いた。
そしてすぐに呆れたような顔をする。
「片やキチッとセットした頭にオーソドックスな黒スーツの男、片や寝起きかと思うくらいの無造作ヘアーにTシャツジーパン姿の男。ミスマッチにも程があるぞ」
「それは今日一日会社をズル休みしたコイツに言ってくれ」
「だから有給だって言ってんじゃん!」
プンプンという擬音が付いてもおかしくないくらいの声を上げたヒョロ長男に、俺はスイッと手を出した。
「じゃぁソレくれよ。そしたら前言撤回してやる」
俺、仕事終わりで結構腹ペコだったんだ。
そんな風に言葉を続ければ、彼はまず差し出した俺の掌を見て、それからソレと示されたものへと視線を向ける。
視線の先にあったのは、先程掲げたあの小さなコンビ二袋だ。
それを把握し、彼はコテンと首を傾げる。
「一つしか無いのに、一体どうやって分けろって?」
「分ける必要なんて無い、そのままくれれば」
ほらよこせ。
そこまで言われて、彼はやっと自分が何を要求されているのかに気が付いた様だった。
そしてすぐさま「鬼め!」という悲鳴を上げる。
隠すように守るようにチキン入りの袋を胸元へと抱きしめる辺り、どうやら譲ってくれる気は皆無らしい。
そんな現実を残念に思っていると、野井が今度はため息を吐く。
「……なぁ、お前らさ。俺の前でイチャイチャするの、辞めてくれない?」
「「別にそんなのしてないわ」」
思わず反射的に言葉を返せば、まさかの綺麗にハモってしまった。
「お前の脳みそ腐ってんのか」
「いくら仕事柄でもその妄想は絶対現実にはならないやつ!」
今度はそれぞれに答えたが、要約すれば答えは「No」。
野井から見れば息ぴったりの様に見えるかもしれない。
そう思えば案の定、彼からジト目が向けられていた。
こりゃダメだ。
だってコイツの仕事は小説家で、火のない所に煙を立たせて創作の原動力にするような奴なのだ。
そしておそらく、彼の脳内にはもうストーリーが出来上がっている。
世界は既に、一人歩きを始めてしまったのだ。
それを今否定した所で、おそらく俺達に勝ち目は無い。
ならば、取るべき選択はただ一つ。
「で、他のヤツ等は?」
即時撤退に尽きるだろう。
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