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第3話 それは正に、『人外』と形容するに相応しい(2)

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 彼は開かれたご神体入れの扉の前で胡坐を掻き、膝の上に頬付けを付いてこちらを見ていた。

 最初は眠そうな、それでいて無関心な、まるで景色を漠然と眺めているような散漫さがある瞳だった。
 しかしそれがゆっくりと私に焦点を合わせ、ピクリと反応を見せる。
 そしてすぐに彼は口角を上げ、揶揄うように口を開いた。

「――なるほど、お前『視える』ヤツか」
 
 と。


 低くてちょっと甘さも持った、これまたどこか人を惹きつける様な声だった。
 そんな彼に惚けていると、今度は「おや」という顔になりスッと姿勢を中腰にする。

 瞬間。

「――っ!」

 私は驚き身を固くした。
 当たり前だ、ピョンッと跳ねて一瞬で距離を詰めたのだから。
 5メートルはあっただろう距離を、実に軽い身のこなしで。

 
 私のすぐ前にある賽銭箱の淵にㇳッと音を立てて着地した彼と時間差で、長い袖がふわり重力に倣う。

 中腰になって私の顔を覗く彼は『余裕綽々』としか言いようがない。
 口の端から覗く犬歯は鋭くて、歯というよりは牙という感じだ。


 そんな彼が「何だぁ? お前」と、片眉を上げた。
 
 ちょうど目の高さが合うからそれだけでも顔が近いのに、更に顎を掴まれ引き寄せられれば、ほぼゼロ距離までの近さになった。

 乱暴過ぎるその行動は、少なくとも初対面の男性が女性にしていい扱いじゃない。
 が、彼はこちらの意志などまるで歯牙にも掛けていない。

 金色に煌めくその瞳は、こうして目の前で見ても美しく不思議な光を醸し出していた。
 が、彼はその瞳に私が映しながら、私なんて見ていない。
 彼の目は、まるで私の奥にある『別の何か』を観察するような目だ。

「鈴で俺を呼んでおいて、賽銭までしておいて。そのくせいつまで経っても願い事を言わねぇから『変な奴だなぁ』と思ったら……」

 息がかかるような近さで放ったその声は、きっと誰もが「邪険にされた」と思うだろうものだった。
 しかしそれは、あくまでも聴覚のみに頼った場合の事である。
 今目の前にいる彼を見ればこれまた誰もが、間違いなく『違う』と分かった事だろう。

「俺は例えば家内安全とか、そういう『平穏な願い』を叶えたい神なんだよ。だってのに……」

 案の定、ついに言葉にまで隠しきれない情が顔に滲んだ。

「――そんな物騒なモノを祓ってもらいに来た訳か」

 そう言って、彼はまるで肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべたのだ。

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