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第八話 いつかのどこかで
しおりを挟む「ねぇ凛音《りんね》ぇー、準備できたぁー?」
玄関から、そんな声が聞こえてくる。
いつもそうだ。
彼はいつも、楽しみな事がある日はこうして早々と準備をすませ、玄関から私の名を呼ぶ。
「ちょっと待ってー」と言いながら、急かされるままに室内をバタバタと歩いた。
荷物は既に玄関にある。
自分のバックだけをひっつかみ、姿見の前で一度止まってパッパと髪を直しながら最後に自分を省みる。
動きやすいジーパンに、薄紫色のシフォンのトップス。
その上からベージュの春用コートを羽織り、装いは『春のアクティブお出かけコーデ』。
いつもはあまりしないネックレスやイヤリング女子力を高め――って、気合の入っている自分を見るのは少し気恥ずかしいような気分にもなる。
彼と結婚して、もう7年目。
だけど未だに彼との生活は、まるで弾むように楽しい。
最初の出会いはバイト先のケーキ屋で、お客さんとして訪れた彼に、初対面で「俺、君の事を幸せに出来る自信があります!」なんて言葉で告白された。
その勢いと初対面でそんな事を言う彼を、普通ならば警戒する。
それでも「じゃぁ、お友達から……」なんて答えで繋ぎ止めたのは、何となく彼を嫌いになれなかったからである。
別にビビビッと何かが来たわけじゃない。
でも何故か、彼となら大丈夫なんじゃないかと思えてしまったのだ。
それから彼を知っていく内に、優しくて、だけどちょっと頑固ところもある彼に惹かれていった。
やがて正式に告白にOKを出し、お付き合いして結婚した。
今でもこうやって一緒に外に出かける休日は、胸が弾んで踊ってしまう。
もう40も手前なのに年甲斐もなく、などとはどうか言わないで欲しい。
私だってそういう自覚は一応あるのだ。
「凛音《りんね》ぇー?」
「あー、はいはい、もう出来た! っていうか、どれだけ楽しみにしてんのよ。毎年の事じゃない」
「何回目だって楽しいものだろ? だって河原でお花見バーベキューデートだよ?」
「デートって」
「じゃぁ他にどういうのさ」
「うーん……、デート?」
「ほら見ろよ」
リビングから玄関にまっすぐ伸びた廊下の先に、彼を背中を認めてつつ小首を傾げて答えると、振り返った彼と目がかち合った。
その顔には、目尻の皺も厭わないクシャッとした満面の笑み。
それでいて口調は揶揄うように弾むのだから、何だか無性に負けた様な気分になってくる。
どうしてこんな「おじさん」と呼んでいい年なのに子供みたいな顔をする旦那を「可愛い」なんて思っちゃうのか。
そんな風に思うもののこればっかりは、可愛く見えるんだから仕方がない。
そしてそんな今が幸せなんだから、もうどうにも手に負えない。
段々と「もうそんな事はどうでもいいや」と思えてしまう相手なんだから、多分もう手遅れなのだ。
彼の隣にやってきて、スニーカーに足を入れて紐を結ぶ。
すると立ち上がった彼が「よっこらせ」と大きなカバンを肩に下げた。
中には折り畳み式の、バーベキュー道具が一式入っている。
もうずいぶんと年季が入った代物だけど、ずっと大事に洗って干してメンテナンスして使い続けているヤツだ。
対する私が肩に下げているトートバッグの中身はというと、封の開いた割り箸や紙皿、タオルも数枚入っていた。
「にっくにくぅ~♪」
「肉だけじゃなくて野菜もちゃんと買うからね?」
「えー?」
「えー、じゃないわ。もう、口尖らないの。子供じゃあるまいし」
そう言って笑いながら、玄関の扉へと手を掛ける。
ガチャリという音と共に開いた先にあったのは、朝の日差しとふわりと香る春である。
天気予報の晴れを裏切らない、文句なしの快晴だ。
行楽日和、バーベキュー日和、川遊び日和、日向ぼっこ日和。
最早全ての日和である。
「早く行こうっ!」
振り返ってそう彼を急かせば、呆れ顔で「待たされてたのは俺なんだけど?」と言い返された。
でもだって、そんなのしょうがないじゃないの。
「女の子は準備に時間がかかるものなのよ? それにその……」
この先を、一瞬、言うかどうか悩む。
もしかしたら「年甲斐もなく」と思われるかも。
そう思って言い淀んだが、結局イベントの気に充てられて普段はあまり言わないような事を口走る。
「せっかくデートなんだしさ? ちょっとでも可愛くしたいじゃん……」
いつだって私を笑わせて、怒らせて、いじけさせてくれる彼に、私が好きでいる彼に、私だってちょっとは「可愛いな」って思われたい。
そんな欲が、控え目な主張になって出た。
するとそれに、彼にしてはかなり珍しい反応が返ってくる。
「え、何ソレ可愛い」
真顔だ。
いつも笑うか揶揄うかいじけるかの彼が、真顔でそんな事を言う。
真顔なのに、何故だろう。
いつにも増して一層恥ずかしく思えるのは。
そんな風に思えてしまえば、頬にカッと血が集まる。
「かっ可愛いって、何よソレっ!」
フンッと顔を大きく逸らせば、彼が「あっれぇ~?」と素早くからかい体制に入った。
「もしかして照れてる? え? 自分から言っといて?」
「あぁーっ、煩いなぁー!!」
「煩いはちょっと酷くない?」
そう言って笑う彼から目を逸らし、「早く行くよ」と彼を急かす。
今度は不満の声は無く「はーい」という間延びした回答が返って来た。
~~Fin.
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