5 / 8
第5話 素朴な疑問、からの勘違い
しおりを挟む長い前髪の隙間から深海のような瞳を覗かせて、イアンはまるで観察するかの様に殿下を見据える。
そしてしれっとこう言い放った。
「ナタリーから『食べて良いよ』と許可を貰っていたもので」
「それでも俺が所望したのだっ、普通は残しておくだろう!」
「それはそれは、気が回らず申し訳ありません」
殿下の言葉に、イアンは平坦な声で謝罪する。
しかしそこに謝意なんてものは感じない。
だから更に殿下が声を荒げる事は最早必然だっただろう。
更に頭に血が上ったというのが顕著に分かる様な顔で、殿下は大きく息を吸った。
しかし。
「ところで殿下――何故わざわざこんな所に?」
吐き出す直前に先にそう言われ、殿下の息がグッと留まる。
何だろう、何か後ろめたい事でもあるのだろうか。
反射的に与えられた問いに答えようとして言葉を止めた殿下の目が、今は何だか所在無さげに泳いでいる気がする。
「私達以外には誰も居ないし何も無い中庭ですよ? ここは」
イアンがそう続ければ、「そっ、それは……」と言いながら殿下はまるで囲い込まれた後で何とか逃げ道を探そうとしている羊の様な感じになっている。
そんな彼に、イアンが「あぁ」と呟いた。
「もしかして、何かご用事があってたまたま通りかかったとか……?」
「っ! そ、そうだ! 偶々だ!」
現れた逃げ道に、殿下は素早く頭を突っ込む。
すると、イアンは「ふむ」と考えるてこう言った。
「では、早く用事を済まされた方が良いと思いますよ。この通り残念ながらクッキーはもうありませんし、急がなければ用事が済む前に休憩時間が終わってしまうかもしれません」
ここで得られるものはもう無い。
イアンが親切にもそう教えてあげると、殿下は口早で「あ、あぁまぁそうだなっ」と言い、何故か私の方を向く。
「ナタリー・グランモニカ、次はすぐに寄越すんだ! 俺だって暇じゃ無いんだからなっ!」
嫌である、絶対に。
と、いうか。
「またここに来る予定があるのですか……?」
そんな言葉が口から出たのは、ただの反射からだった。
さして相手に興味があったという訳ではなく、知りたかった訳でもなく。
所謂「売り言葉に買い言葉」……ではないが、ただ疑問に思った事を聞き返しただけである。
しかし、流石に自分から聞いておいて全く興味が無い事を大っぴらに示すのも、初対面の相手に対して失礼である。
だから一応考えて、彼が度々ここを通る理由について一つだけ思い当たった。
そして、出した答えに苦言……というか「もう来ないでください」という気持ちを引っ付けて、そんな風に言葉を返した。
「そんなに頻繁に補修プリントを取りに来なければならないのなら、どうぞ一子爵家令嬢の私になどは構わず、殿下のお勉強をなさってください」
そしてついでに、ニッコリと微笑んでおく。
1
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
竜神に愛された令嬢は華麗に微笑む。〜嫌われ令嬢? いいえ、嫌われているのはお父さまのほうでしてよ。〜
石河 翠
恋愛
侯爵令嬢のジェニファーは、ある日父親から侯爵家当主代理として罪を償えと脅される。
それというのも、竜神からの預かりものである宝石に手をつけてしまったからだというのだ。
ジェニファーは、彼女の出産の際に母親が命を落としたことで、実の父親からひどく憎まれていた。
執事のロデリックを含め、家人勢揃いで出かけることに。
やがて彼女は別れの言葉を告げるとためらいなく竜穴に身を投げるが、実は彼女にはある秘密があって……。
虐げられたか弱い令嬢と思いきや、メンタル最強のヒロインと、彼女のためなら人間の真似事もやぶさかではないヒロインに激甘なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:4950419)をお借りしています。
悪女と言われた令嬢は隣国の王妃の座をお金で買う!
naturalsoft
恋愛
隣国のエスタナ帝国では七人の妃を娶る習わしがあった。日月火水木金土の曜日を司る七人の妃を選び、日曜が最上の正室であり月→土の順にランクが下がる。
これは過去に毎日誰の妃の下に向かうのか、熾烈な後宮争いがあり、多くの妃や子供が陰謀により亡くなった事で制定された制度であった。無論、その日に妃の下に向かうかどうかは皇帝が決めるが、溺愛している妃がいても、その曜日以外は訪れる事が禁じられていた。
そして今回、隣の国から妃として連れてこられた一人の悪女によって物語が始まる──
※キャライラストは専用ソフトを使った自作です。
※地図は専用ソフトを使い自作です。
※背景素材は一部有料版の素材を使わせて頂いております。転載禁止
氷の公爵の婚姻試験
黎
恋愛
ある日、若き氷の公爵レオンハルトからある宣言がなされた――「私のことを最もよく知る女性を、妻となるべき者として迎える。その出自、身分その他一切を問わない。」。公爵家の一員となる一世一代のチャンスに王国中が沸き、そして「公爵レオンハルトを最もよく知る女性」の選抜試験が行われた。

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ
青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人
世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。
デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女
小国は栄え、大国は滅びる。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる