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第2話 殿下、食い下がる
しおりを挟むそんな心の声が現実の音声にならなかった事は、この休憩時間でおそらく1番の幸運だったのだろうと思う。
だってコイツは、残念な事にこの国の王太子なのだ。
もし口を滑らせたら、余裕で不敬罪に処されてしまう。
しかし、そんな風に安堵できたのも、ほんの束の間だけだった。
「いえ、結構です」
「……何?」
言ってしまって、思わずパシッと自分の口を押さえたくなった。
貴族令嬢としてよろしくない所作だったし今更なのでそうしなかったが、大失言だ。
それは機嫌悪そうに声を低くした殿下を見れば一目瞭然。
さっきはせっかく読み込めたのに、何で本音が出てしまうのか。
そんな風に自分の口を呪いたくなるが、ちょっと言い訳させて欲しい。
だって仕方がないじゃ無いか。
私は早く、静かで平穏な休憩時間に戻りたいのだ。
しかし、そんな願いは残念ながら天には届かなかったようである。
横柄な片眉が控えめに見てもピクリと釣り上がっている。
(流石にちょっと無礼過ぎたか)
そんな風に思ったが、口に出した事はともかくとして、そう思った事自体は全く後悔していない。
そもそも、だ。
普段何の関わりも無い令嬢に向かって、最初に「俺に食べてもらえるなんて光栄だろう?」と言わんばかりの強奪文句を告げたのは、何を隠そう殿下の方でなのある。
謝罪なんてするもんか。
「――殿下は今お一人でしょう? 毒味役も置かずに誰が作ったとも分からないものを食すのはお止めになった方が良いかと思います」
不躾な言動に加え、そもそもこちらは何よりも大切に思っている『穏やかな休憩時間』を邪魔されたのだ。
素っ気なくなってしまうのは仕方がない事だったろう。
私は、失礼な言葉遣いにならない様にだけ注意しつつ、ニコリと笑ってそう言った。
しかしこれで、相手も引き下がるだろう。
だって、幾ら物腰は失礼の無い様にしていても、結局答えは「拒否」なのだ。
不躾でも令嬢に断られて食い下がるなんて事、流石に殿下もしないだろう。
だって階級社会に身を置く者として、そんな風に諦め悪く令嬢に詰め寄る様な真似、とっても恥ずかしい事なのだから。
だから。
(よし、じゃぁ私はまた読書に戻って――)
なんて、安心しながら視線を落としかけたのに、だ。
「問題ない。毒見は隣のヤツが既に済ませている様だしな」
そう言って、あろうことか彼は手を出して「さぁ寄越せ」と要求してきたのだった。
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